あらすじ
深夜3時42分。母を殺した娘は、ツイッターに、
「モンスターを倒した。これで一安心だ。」
と投稿した。18文字の投稿は、その意味するところを誰にも悟られないまま、放置されていた。
2018年3月10日、土曜日の昼下がり。
滋賀県、琵琶湖の南側の野洲川南流河川敷で、両手、両足、頭部のない、体幹部だけの人の遺体が発見された。遺体は激しく腐敗して悪臭を放っており、多数のトンビが群がっているところを、通りかかった住民が目に止めたのである。
滋賀県警守山署が身元の特定にあたったが、遺体の損傷が激しく、捜査は難航した。
周辺の聞き込みを進めるうち、最近になってその姿が見えなくなっている女性がいることが判明し、家族とのDNA鑑定から、ようやく身元が判明した――。
髙崎妙子、58歳(仮名)。
遺体が発見された河川敷から徒歩数分の一軒家に暮らす女性だった。夫とは20年以上前に別居し、長年にわたって31歳の娘・あかり(仮名)と二人暮らしだった。
さらに異様なことも判明した。
娘のあかりは幼少期から学業優秀で中高一貫の進学校に通っていたが、母・妙子に超難関の国立大医学部への進学を強要され、なんと9年にわたって浪人生活を送っていたのだ。
結局あかりは医学部には合格せず、看護学科に進学し、4月から看護師となっていた。母・妙子の姿は1月ころから近隣のスーパーやクリーニング店でも目撃されなくなり、あかりは「母は別のところにいます」などと不審な供述をしていた。
6月5日、守山署はあかりを死体遺棄容疑で逮捕する。その後、死体損壊、さらに殺人容疑で逮捕・起訴に踏み切った。
一審の大津地裁ではあくまで殺人を否認していたあかりだが、二審の大阪高裁に陳述書を提出し、一転して自らの犯行を認める。
母と娘――20代中盤まで、風呂にも一緒に入るほど濃密な関係だった二人の間に、何があったのか。
公判を取材しつづけた記者が、拘置所のあかりと面会を重ね、刑務所移送後も膨大な量の往復書簡を交わすことによって紡ぎだす真実の物語。
獄中であかりは、多くの「母」や同囚との対話を重ね、接見した父のひと言に心を奪われた。そのことが、あかりに多くの気づきをもたらした。
一審で無表情のまま尋問を受けたあかりは、二審の被告人尋問で、こらえきれず大粒の涙をこぼした――。
殺人事件の背景にある母娘の相克に迫った第一級のノンフィクション。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
2018年の母親殺害事件、衝撃のノンフィクションの文庫化。著者と、加害者である娘の手記による共著。犯罪は正当化できないが、絶望の果てに肉親に手をかけた背景と、勾留を経て初めて知る愛情の姿が胸に迫る。
Posted by ブクログ
娘側にどうしても同情してしまう。
私の家庭はなにかを強要されることはなかったし、やりたいことをやりたいだけやらせてもらえる家庭だった。この本の両親に愛がないって言う訳じゃないけど育った家庭の両親が私の両親で恵まれていたなと思った。家族旅行は年に1回近場ではあったし、そこまでお金がある家庭でもなかったのに、自分を卑下することもなく、友達の会話に遅れを取ることもなく楽しく生活することができていた。その物事がおきた原因には、人の感情の動きがあるのは当たり前だけど、裁判長があかりの苦しみを導き出せたのは大きかったんだなと思った。裁判官は人を裁く仕事だと思ってたけど、人を救う仕事でもあるんだなと思った。
Posted by ブクログ
タイトルにもあるように『母という呪縛 娘という牢獄』は母に縛られ続けた約30年間の苦しみを一人抱えた娘。そして上に立つ人間であることを強制し、期待を裏切られ、理想とは違う娘に30年間囚われ続けた母。互いが互いを縛り、囚われ続けていた。
この作品は、孤独であることの恐ろしさを示し、高崎あかり氏が「理解すらされない」「この苦しみは私以外誰もしていない」と思ってしまったところに今回の事件を招いた原因があるのではないかと感じる。
そして「良かれと思って」という好意的な行動であっても、決して関係性を良くする潤滑油として働かないことを強く示しているなと感じ、妙子さんのように娘のためにしている行動に「期待」や「見返り」を求めてしまったから、あかりさんにとっての「呪い」、妙子さん自身にとっても「苦しみ」を与える結果となってしまったのだと感じた。
この世には人間の生存本能のブレーキを超え、自ら命を絶ってしまう人がいる。そんな人たちに「生きてて良いんだよ」「あなたの苦しみを理解したい」「寄り添いたい」と伝えられる人でありたいなと強く思った。
Posted by ブクログ
思わず一気読みしてもた。
もちろん娘は「可哀想」なんだけど、ただ毒親だから母親は殺されても仕方ないとか娘は悪くないとかいう括りもできない。
邪推でしかないんだけど、見栄の張り方とか完璧主義で監視に固執する様子からお母さんも定型ではなく、苦しんでたんじゃないかな。
あと結構娘に同情的な意見多いけど、逃避行動とはいえ平気で嘘をつく倫理観とか、どこまで矯正して社会復帰できるかは気になるところ。もちろん娘にはこの先自分の人生を大切に幸せに生きてほしいけども。
そして、どれだけ母に虐げられても感謝の気持ちは残ってるし恨みきれないのが家族のしがらみの良いところでもあるし悪いところでもあるなあ。家庭内の問題は中々社会的支援やセーフティネットに繋がれないのを痛感する。
匿名
殺害された母親の側の気持ちはわからないし、
娘のしたことはもちろん決して許されることではないのだけど、
娘はどうすればあの環境から逃れることができたのだろう…?
そう思うと、心が苦しくなる。
Posted by ブクログ
2018年に実際に起きた、熾烈な教育虐待の末に娘が母親を殺害した事件を題材にしたノンフィクション作品。
現在服役中の娘・あかりさんと著者が数多くの文通を重ね、あかりさんの生い立ちから9年にも及ぶ浪人生活、犯行に至る経緯、裁判、そして服役中の現在までが描かれている。
あかりさん本人の文章で語られる心情や、母娘のLINEのやり取りは非常に生々しく、思わず目を背けたくなる場面も多い。
もちろん、殺人という行為が許されるものではないことは大前提だ。しかし、「いずれ私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと今でも確信している」という言葉からは、想像を絶するほど壮絶な日常が伝わってくる。
母親を殺害した後も、息を吹き返して叱責されることを恐れ、完全に死を確認するまでその場を離れられなかったこと。高校時代の恩師へ助けを求めた際も、警察への相談を勧められながら「問題になるから」と断ってしまったこと。そうした描写からは、あかりさんがいかに母親の「呪縛」に囚われていたかがうかがえる。
本書の中で語られる「世の中の家庭は、この問題を内包しているのではないか」という著者の言葉も印象に残った。この事件は決して特殊な家庭だけの問題ではなく、多くの家庭が程度の差こそあれ同じ危うさを抱えているのではないかと考えさせられる。
また、本書を通して強く感じたのは「理解されることの救い」だった。父親や裁判に関わった人々、刑務所で出会った人たちなど、あかりさんの境遇を理解し支えようとする人々の存在に何度も胸を打たれた。誰にも理解されないと思い続けてきたあかりさんが、少しずつ他者との繋がりを取り戻していく様子は、本書の中で数少ない救いのように感じられた。
犯行後の2018年1月20日午前3時42分にTwitter(現X)へ投稿された「モンスターを倒した。これで一安心だ」という言葉は現在も残されている。その投稿には、出所後の人生を応援する温かい言葉が数多く寄せられていた。
本書を読み終えた今、私もあかりさんにはこれから誰かの期待や支配ではなく、自分自身の人生を歩んでほしいと願わずにはいられなかった。
Posted by ブクログ
【作品から受けた印象】
わずかな光も通さない、黒くて、厚い雲・・・
暗雲に覆われているような、母と娘が過ごした年月に目を背けたくなった。
でも、この本を手に取った以上、私たちは最後まで読み進め、真実を知る必要がある。知ることで、自分や誰かを助けることに繋がるかもしれないから。
【感想】
ページをめくる手が重い。
本を読んでいて、こんな感覚になるのは初めてだった。
娘が母親を殺めた凄惨な事件。
当時、事件の背景として大きくクローズアップされていたのは、母親による教育虐待と9年にも及ぶ医学部受験の強要だった。
その衝撃的な報道に、心を痛めたのを覚えている。
本書は、この凄惨な事件を描いたノンフィクション作品だ。そして、帯に印字されているように「衝撃の実話」である。
当初私は、通勤電車で読もうと考えていたが、あまりにも重く辛い内容に、早々に本を閉じ、休日に読むことを決めた。
読み進めながら、「フィクションであったらいいのに・・・」と何度願っただろうか。
ページをめくる手がだんだん重くなる。
読んでいると、様々な問題が浮き彫りになり、四方八方から私に質問を投げてくる。
とっても疲れる。
でも、著者の冷静な筆致が、ページをめくる手を止めさせない。
母から「死ね」、「死んでくれ」と言われたら、どんな気持ちになるだろう。
あかりさん(仮名)は、何度もSOSを出していたのになぜ誰も救い出せなかったのだろう。
もし私が、あかりさんの父親だったら、国語教師だったら、友人だったら、手を差しべて救うことができたのだろうか?
私が、母親の夫や母だったら、叔母だったら、友人だったら、近所に住んでいたら、この違和感に口を出すことできただろうか?
そして、母と娘を、無理矢理にでも引き剥がすことが私にできるのだろうか?
仮に全てできたとする。でも、第三者である私が介入したことによって、さらに事態が悪化してしまうのではないだろうか?
もしかしたら問題を先延ばしにするだけで、遅かれ早かれ起きてしまう事件なのではないか?
陳述書の「いずれ、私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信している」の言葉のように・・・
いくら考えても答えは出ない。
自分の無力感に苛まれる。
でも、考えることはやめたくない。
本書は様々な気持ちを与え、次々と質問を投げかけてくる作品だった。
ただし、重く辛い内容ではあったが、読み終わった後は、見える世界が大なり小なり違ってくるはずだ。
その結果、自分自身を守ることが出来たり、大切な誰かを傷つけずに済むかもしれない。
誰かを助けたり、守ることが出来るかもしれない。
本書に書かれていることは、決して対岸の火事ではないのだ。
だからこそ、一人でも多くの人に本書を読んで欲しいと思い、星を5つ付けさせていただいた。
家族関係に悩む人、悩んでいない人、大人、子供、そういったフィルターは一度取っ払って、一人の人間として読んで欲しい。
最後になるが、私が本書を読んでいて一番辛かったのは、あかりさんが看護学生として学んだ解剖の知識を、母親を殺める際に活かしてまったことだ。
学んだ知識を看護師として、将来はオペ看として活かして欲しかった。
あかりさんは、自分の感情を正確に言語化できる聡明な方で、辛い経験をしてきた分、きっと多くの患者さんに寄り添って、癒すことができた人だったと思う。
本来は人を救える人だったからこそ、とても残念でならない。
でも、時間を戻すことはできないのだ。
私は冒頭で、本書のことをわずかな光も通さない暗雲に覆われているようだと例えている。それほど暗い事実が描かれている。
しかし逮捕後、父、裁判長、弁護士、同囚、刑務官、著者、読者との出会いや繋がりにより、暗雲に一筋の光が差し込んでいるようだった。
その光を失わないよう、出所後は自分の人生を生きてほしいと切に願う。
Posted by ブクログ
親の役目とは一体なんだろう。
1番の理解者になることではないのは知ってる。
1番の支援者になることでもない。
1番の相談相手になることなのではないだろうか。
私自身は親に何一つ不満はなく、むしろ甘え続けて伸び伸びと育ててもらった。本当に感謝をしているし、大好きな両親だ。
一度だけ親に理解されることなく泣いたことがある。理解されると思っていたから。でも、そんなことは絶対にない。理解したい、理解されたいと思うのは人の常だろう。
どんなに素晴らしい親でも本当に理解することはできない。
本書を通じて色々な感情が蠢いた。
今、幸せな人ほど読んでほしい。
あかりの心の声を聞いてあげてほしい。
親子の対話を諦めてほしくない。
もう、どうにもできないことがあるのだと。
Posted by ブクログ
毒親とか衝撃とか、そんな言葉で片付けてよい内容ではないと思いました。著者のジャーナリズムに心から敬意を評します。
裁判官や弁護士の言葉、そして父親の支えによって気持ちが変わったというのが何より救いだと感じたし、最も印象に残りました。雑居房での生活で信頼できる人々に出会えたことも彼女の心を変えているのだと思いました。
犯してしまった罪が消えることはないですが、裁判官の言葉のとおり、第2の人生ではご自身の人生を生きてほしいと思います。
Posted by ブクログ
読んで最初に思ったのは、家庭とは閉ざされた空間なんだなということでした
外から見ても中では何が起こっているのかわかない
そこが辛く苦しい環境なら、自力でそこを出ていくことが出来ない立場なら、まさに牢獄なんだろうなと思いました
親子の関係はとても複雑で、双方に愛がないわけでは決してない、むしろ愛しているがゆえにお互いを縛り、気持ちを過剰にぶつけてしまうものなのかなと感じました
新聞やテレビで事件を知ると、母親を殺めてしまった娘や娘を異常なまでに支配してしまった母に嫌悪感を抱くだけですが、この本で詳細な事実とその時の辛さや焦燥を知ると、本当の意味でその事件を知ることが出来て自分の今後の考え方や生き方にさえも影響を受けると思います
衝撃的な事件をただ事件だけの存在にしておかない、すごく価値のある本だと思います
Posted by ブクログ
やっと読めた。
あかりさんの行動。テストの点や回数券偽造などはきっと追い詰められて判断力が低下してたからなんだろうと思った。
その低下の原因である母も同様に感情が激しく気分の上下が大きい。
どうしたらこの状況から逃れられたのだろうか。これは辛い。
あかりさんには新しい自分の人生を始められるように願ってます。
Posted by ブクログ
ゆーなちゃんに勧めてもらった本。
僕が内容が重い系シリアス系が好きと言ったら勧めてくれた。当の本人は苦手だったと言っていたが
僕自身、本を読む理由が自分の感情のアップダウンを経験できるから面白いと思う派。普段の生活で感情の起伏が大きくなることがあまり無いため、感情が揺さぶられることを求めて本を読む。
本作品は、主人公が母親を殺害しその経緯を物語るエピソード。
本を読む前に、僕も過去親からの過度な期待を背負い大学受験に取り組み、母親が嫌いになり、母親に不幸になって欲しいと願った時期もあった。
そんな自分の過去と共感できるのではないかと、内心ワクワクしながら本を読む。
しかし、本の主人公当事者は想像を遥かに上回る親の呪縛があり、自分はまだ易しかったんだな。甘かったんだなと痛感した。
読んでて2度と読みたくない殺人のシーンは特に印象的。また、母親の管理に苦しむ描写などは、読んでてドキドキして楽しめ、一息で読みきってしまった。
内容こそ単調な気はしたものの、僕の好きなジャンルだったのでギリ5。ジャンルが違えば、4かな?
Posted by ブクログ
「第9章 あなたは嘘を言っている」の中に書いてある、捜査機関が取り調べの際に使ったとされるセリフ。
> 絶対にありえないよ
> 普通 ~ することじゃないんだよ。
> 大事に可愛いがられてたんだな。
> 心を持っているって確信したよ
> 僕には分かるんだ。あなたを信じてる。
こんな的外れな"決めつけ"を言われたら、私も馬鹿馬鹿しくなって話す気持ちは消え失せる。こんな手法が有効なセオリーとして使われているのだとしたら、捜査機関が想定しているのは、あくまで一般的な倫理観を持った犯罪者なのだ。
あかりが控訴審の前に真実を話そうとした理由については「大津地裁の裁判長との出会い」が大きいと本の中でも触れられているけど、これまでにあかりがうけた扱いを振りかえってみても、急な心変わりはどうにも釈然としなかった、本の記述では理解できなかったのであかりが何度も読み返したと書かれている「一審の判決文」を探して読んでみた。
判決文は裁判判例検索サイトで「平成30(わ)293 大津地方裁判所」を検索すると読むことができる。
当然だけど、私はあかりではないのであかりの気持ちを想像するということは、私が理解しやすく、納得できるストーリーを組み立ててしまうことになる。
判決文を読んだとて「何故、判決文があかりの心を変えたのか」本当のあかりの気持ちはわからないけど、判決文を読んで気付くことは(ア)だの(1)だの記号が挟まれた文章は、判例を読みなれない素人には読み難いということ、そして、判決文には事件当時の事実と思われることしか書かれていないということ。
25ページの判決文の中にはわかりやすい物語は書かれていない。
もちろん、事件の背景を想像する裁判官の主観が反映されているのだろうが、判決文には証拠の積み重ねが淡々と書かれているだけだ。
この事実の羅列はとても無機質だけど心地がよい。
あかりは母親も含めて、他者の物語を押し付けられることにウンザリしているのじゃないだろうか。
判決文とは、あかりにとって、自分のことを物語化せずに書き連ねてある初めて見た文章だったのかもしれない。
読書サイトで本書のレビューを見ていると社会の方も概ねそれぞれが納得できる物語として消化している。一般社会も捜査機関もやっていることはほとんど同じだ。あかりの弁護人も寄り添っているように見えているが、あかりが殺害を認める陳述書を手渡したら「(殺人を)認めるんや」と驚いていた。弁護士にしても作戦として作り上げていたストーリーと違ったのだろう。
こんなに物語化した社会に出てきたら、あかりは上手くやっていくのはしんどいだろうな。事実だけを見てくれる人はとても少ない。社会に受け入れてもらう為には、皆が納得しやすい物語を見せていくしかない。それは相当しんどいだろうな。
と、私は自分なりのストーリーを組み立てる。
Posted by ブクログ
「モンスターを倒した。これで一安心だ」
「医学部9浪」の母娘に起こる殺人事件。
事件はニュースで知ってはいたが、詳細は知らなかった。
文庫化され、目を引く帯を見て、購入し読み始め、
自分にとっては現実離れした小説のような話で、
最後まで一気にページをめくった。
Posted by ブクログ
私の親もどちらかと言えば「教育ママ」と呼ばれるタイプの人で、あかりの母親ほどは厳しくないけど似たような期待を感じたことがあった。
母から感じた「どこまでも追いかけられる恐怖感」を、この本を読みながら思い出した。
あかりの母親がここまで娘に執着してしまう理由に「孤独」があったと思うけど、私の母親も故郷を離れ友達もいない状態での子育てで、似たような孤独を抱えていたんだと思う。
私も2年前に双子の娘を産み、母となった。
今度は母親側として、この悲しい物語を繰り返さないようどう娘達と関わっていくか日々考えていきたい。
Posted by ブクログ
教育虐待についてはその事例を紹介しながら、原因や解決策を述べている本はたくさんある。しかし、虐待そのものだけをストーリーとして書いている本は少ない。なぜ教育虐待が蔓延るのか。そのときの子どもと親の関係はどう変化していくのか。最終的にどのような気持ちで服役をするのか。事例の簡単な紹介ではわからない教育虐待の過程について知ることができた。教育虐待について知りたいのであれば、他の本と一緒に必ず読むべきものだと感じた。
Posted by ブクログ
衝撃的なノンフィクション。
単純に母親が悪いとか娘が可哀想とかそんな次元ではない、読んでからこの辛い事件のボトルネックをずっと考えさせられる手記でした。
理解して理解されることで人は変わる、そんな言葉が印象的でしたが、逮捕後のあかりさんにあったような出会いが、理解の輪が、あの頃の二人だけの世界で苦しみ続ける親娘にあれば、何か変わっていたんじゃないかなぁ。
Posted by ブクログ
この本を読んでまず思ったのは、私はたまたまこんな家庭環境に生まれずに済んで、頭もそれなりによく生まれてきてよかったな、ということだった。我ながら身も蓋もない感想だが、正直そう思った。
娘の境遇は気の毒だと思う一方で、あまり感情移入はできなかった。判決についても、懲役10年は妥当だと思う。供述を読んでいると、自分に都合のいい物語を作るのが上手い人なのかなという印象を受けたからだ。
また、遺体の解体について最後までよく分からなかった。過程があまりにもグロテスクだった。母親から受けた仕打ちへの同情と、遺体を解体していく描写から受ける嫌悪感が最後まで頭の中で両立せず、読後も強い違和感が残った。どれだけ悲惨な生い立ちがあったとしても、この部分だけは簡単には飲み込めなかった。
一方で、私は母親の側にもある程度共感してしまった。もちろんやっていることは行き過ぎているし、結果的には娘の人生を大きく歪めてしまい、自業自得のような面も否めない。でも、「子どもには苦労してほしくない」「少しでも良い人生を歩んでほしい」という気持ち自体は、多くの親が持つものだろう。
むしろ、自分が将来親になったとき、善意のつもりで子どもの人生に過剰に介入してしまわないだろうか、と少し怖くなった。その意味では、反出生主義の人たちが言う「親は子どもの人生に責任を負いきれない」という感覚も、少し分かったような気がした。
読んでいる途中から、この娘は自分を可哀想に見せるのが上手い人なのかなと思っていた。すると裁判のくだりで、弁護士から「初公判では何かしてやったりという顔で被告人質問に答えていた」と評される場面が出てきて、ああ、自分だけがそう感じていたわけではなかったんだなと思った。
もちろん私は被告本人を知るわけではなく、本当の内面は分からない。しかし、本を閉じたとき、数年後にこの人が社会へ戻ってくることに対して、少なからぬ不安を覚えたのは事実である。
Posted by ブクログ
人を殺めるのは絶対によくない。
でも、自分が同じ立場だとしたら常識を保てるか自信がない。
現実は本を読み終えたばかりの今よりもっと壮絶だったと思う。
過去を振り返りながら語るので冷静さも文章には含まれていると思う。
苦しかった彼女の人生を簡単に想像はできないけど、罪を認めた気持ちを読んで泣いてしまった。
彼女のこれからの人生は笑顔で溢れる人生であってほしい。
Posted by ブクログ
読まなければよかったとは全く思わないけれど、今までの中で群を抜いて感情に揺さぶられた読書体験だった。人を理解すること、人に理解されること、少なくとも全く理解されなかった人生ではなかったから、今の私があると思う。自分のことを理解してくれようとする人が存在するということの尊さを改めて実感できる一冊だったし、人を完全に理解することはできないけど、理解しようと努めることは自分の中でしていきたいと思う1冊でした。
Posted by ブクログ
あかりさんがどのような思いで母からの虐待を受けながら生活し、殺害に至るまでの状況がすごく鮮明に書かれていて、読みながら「このような事件がこの現実で起きたのか。」と、まるでフィクションのような出来事が記された小説だった。この小説で印象的だった、モンスターを倒した。ツイートを実際に見てみると、その後も変わらず日常の起こった出来事をツイートしていて、事件なんか怒っていないんじゃないのか?ぐらい他の人と変わらない様子でとても困惑した。この小説を読みながら考えていたことは、この過酷な生活は、どちらかが死なないと終わらなかったのか?他の選択肢はなかったのか?とずっと考えていた。今、自分がこんなことを考えていても、事件当時のあかりさんの心情は僕には理解をすることができない。とても考えさせられた小説だった。
Posted by ブクログ
私ももし同じ境遇に立っていたら、同じ悲劇を起こしてしまう精神状態になってしまうしまうかもしれない。それくらい母と娘の9年間は衝撃的だった。一時は母と娘との平穏な生活が連想される場面もあったものの、それは叶わなかった。
医師や助産師に固執する母に娘の幸せを願う心はなかったのだろうか。30歳頃まで母親に束縛され、自由が全くない生活。想像しただけでも恐ろしく、可哀想だけでは収まらないくらい言葉に言い表せない。
読み終わった後、Xにて娘あかりの当時の呟きが残っており、そこには多くの声援が残されていた。
あかりが釈放後、呪縛から解放された本当の自由な世界を生きてほしいと強く願っている。
Posted by ブクログ
グロい。とにかくグロい。
自分のお母さんが母親でよかったと、心底感謝する他ない。この事件がノンフィクションであることに驚きが隠せないし、最後の裁判官の言葉が感動的だった。
Posted by ブクログ
31歳の娘・あかりの手記と著者の取材をもとに、母を殺害した背景について迫ったノンフィクション小説。
あかりが母から精神的に追い詰められる様子に、読み進めるのが辛かった。
「娘の将来を思う母」と「母に応えようとする娘」だったのが、相手を殺すか自分が死ぬしかない状態になってしまうとは、どこで間違えてしまったのだろう?
教育に時間やお金を使うのが当然のようになった今、ちょっとしたズレが積み重なればどの家庭でも起こり得ることだと思う。
あかりがこの事件についてや、これから先自分の人生で何ができるかを考え続けているラストに、少し救われた気持ちになった。
Posted by ブクログ
二日に分けて読んで、二日とも大泣き。教育虐待という言葉に心当たりがある人は読めないだろうこれ。
どうやって読めば良いのか分からないまま涙を垂れ流し、でも最終的に、死にもせず、殺しもせず、真っ当に生きてきた自分を誇った。これはこれで一つのカタルシスで、この本の意義なのかな、と思うなど。
Posted by ブクログ
母は何を求めていたのか
精神的監禁みたいなものなのかなぁ
意外とこっそり自由にできる部分も(内緒で願書出したりとか隠しスマホ持ったりだとか)あったような気がするけど、かといって母が存在したままではそこから旅立つこともできなかったのかな
全然違う環境だけども自分の母娘関係を振り返ってしまった…自分は大丈夫かなと確認してしまうよね
ずっとずっと認めて欲しかったんだね…存在を否定されることの辛さを痛感して自分は誰のことも否定しないようにしようと思った
Posted by ブクログ
気になる事件だったので読んでみたけれど
娘が牢獄の中でずっと苦しんでいたんだなってことはよく分かりました。母を殺すことが唯一の救い。悲しい事件。
ただ、何が母をそうさせたのか、父親はどんな関係だったのか、祖母の価値観と母の成育歴とか、そのあたりをもうすこし掘り下げられてたら良かったと感じた。それにしても、たくさんSOSを出してたのに、どこかで救えなかったのかな。