あらすじ
弾圧の時代をユーモアと文才で生き抜く男達。百年前の大逆事件後、編集プロダクションと翻訳会社を兼ねた活動家の拠点を創ったのが堺利彦。幸徳秋水、大杉栄との交流など新しい視点から明治の社会主義を描く。第62回読売文学賞[評論・伝記賞]受賞。講談社創業100周年記念出版。
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Posted by ブクログ
苦境を笑いとばし、文で闘う堺利彦の抵抗の精神
大逆事件以降、社会主義運動は「冬の時代」を迎える。その時期に、翻訳・編集会社「売文社」を興し、運動の資金稼ぎを行った堺利彦を描く一冊だ。幸徳秋水、大杉栄、荒畑寒村らキラ星に比べると履歴も地味だし、これまで論じられる機会の少なかったが堺利彦だろう。本書は初の堺についての本格的な評伝であり、著者・黒岩比佐子さんの遺作でもある。
若き日の堺は無頼放蕩の繰り返しだ。遊ぶために「文」を書く。しかし万朝報に入社し社会主義へと目覚めていく。大逆事件では連座を免れるが、仲間たちの死刑執行後、その遺体を引き取るのは堺だった……。
冬の時代に堺は売文社を立ち上げる。これは今で言う「編集プロダクションの先駆的なもの」。ここを拠点に堺は同志たちに仕事と居場所を提供し、機会をうかがうことになる。あらゆる運動が苛烈な弾圧をうけたとき、転向したり自暴自棄になったりすることが世の中にはあまたある。そして戦前日本の「革命家」は生活までもが「アナーキー」だし、思想を優先するがゆえに、生活は従属的なものと位置づけられるフシが濃厚だ。しかし堺は敗北の事実を冷静にうけとめる。必要なことは後始末と未来への着実な展望だからだ。思想云々よりも、仲間を励ましながら煉瓦を積み上げるような堺の冷静な振る舞いとその歩みには一種の感動を覚える。
本書を読むと驚くのは堺がどこまでも「文」と「ユーモア」の人間だったということだ。想像力をたくましくすれば作家として名をなしていたかもしれない。苦境を笑いとばし、文で闘うその抵抗の精神は人間的魅力に溢れている。
最後に著者の史料精査はハンパない。これは是非、本書を手にとって刮目して頂きたい。
追記:尊敬する先輩が教えてくださったのですが、「常にユーモアの精神で抵抗する軌跡」とは、「そして、それは、黒岩比佐子さん自身の精神と通じます」とのこと。黒岩さんの著作はこの一冊がはじめてです。少し読んでみようと思います。