あらすじ
「人にもの問われても、ろくに返答もでけんような穏当な女」である主人公“おはん”は、夫の心がほかの女、芸妓“おかよ”に移ったとき、子供を身ごもったまま自分から実家に退いた。おはんとおかよ、二人の女に魅(ひ)かれる優柔不断な浅ましくも哀しい男の懺悔――頽廃的な恋愛心理を柔軟な感覚と特異な語り口で描き尽し、昭和文学の古典的名作とうたわれた著者の代表作。(解説・奥野健男)
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朝日新聞文学紀行の山口県である。それほど山口特有のものが出てきた印象はない。おはんという別れた女房とその息子の悟、及びあたらしく一緒になったおかよとその妹のお仙とのやり取りである。最後に悟が死亡する。女性が書いたとは思われない小説である。
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のらりくらりとした花屋の店の主人、前妻と今の妻への気持ちが、風のようにコロコロと変わっていく様の描き方・・・
すごいよぉ~。
男が誰かに告白しているような形式なんだけど、その文章はまるで散文で、川の流れのように、片流れの日本画の様。
もって回った京言葉も、なんだか雅やかです。
一人の優柔不断な男として、自分の気持ちに素直なんだけど、はたしてそれは世間や他人様に対してどうなのか・・・
まぁそこは置いといて、、
ハッと突然様変わりし、自分で自分の気持ちがわからない、そんな男の、、人間の不思議さ、心もとないいい加減さ、その気持ちに裏打ちされた無責任な行動が・・・なんだか悔しいけど愛しい、そんなお話でもあります。
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文句なしに、大好きな本です。
10年もかけて書かれているのに、最初から最後までブレていないのがすごい!!
関西弁に似た独特の語り言葉も、とても美しいと思います。
男性の声で、朗読してもらいたいです。
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いいなああ!!
文章がうますぎる!!
ひきこまれます。
しかし、おはん。
貞淑すぎ!貞淑すぎでしょ〜!?
愛人に夫をとられた妻おはん。7年ぶりに再会した夫に恨み言一つ言わないで抱かれる。何ー?!
男が再びヨリをもどそうと言い始めると愛人に遠慮してみたり、どうにも押しが弱い・・・こんなダメ男になぜっ!
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次回の読書会課題図書は、今年の後期朝の連続テレビドラマのヒロイン宇野千代さんの「おはん」。
宇野千代さん、お名前はもちろん知っていたけど、著作を読むのは初めて。
宇野千代さんへの勝手なイメージと、タイトルの女性の名前から、奔放な女性の一代記なのかと思っていたら、一人称で描かれる物語の語り手は、30代前半のうだつの上らないいわゆるダメンズ。
7年ほど前、女房(おはん)のある身で、はじめて馴染んだ芸妓にうつつを抜かし、それ以来、おはんは実家に戻されて、自分はその芸妓の家で半ばヒモのような生活をしている。長い間願っていた子どもは、タイミングの悪いことに実家へ引き戻された直後におはんのお腹にいることがわかった。それ以降の7年間、おはんとも生まれてきた我が子、悟とも会うことはなかったのが、ひょんなきっかけで再会し…という導入から物語が始まる。
100頁ちょっとの、それほど長いわけではない小説。物語中の時間の経過も、ある出来事が終わった後に振り返って語る2年弱といったもので、登場人物もそれほど多くないのだが、戦後すぐぐらいから綴られた文体が、今では馴染まない単語が頻発したり当たり前のように旧仮名使いの難読漢字がたくさん出てきてたいへん読みづらい。
この作品を作るのに、10年かかったらしいのだが、100頁強を読むのに昭和生まれではあっても令和読者のわたしは結構時間がかかった。
とは言え、退屈だったかといえばそうではない。
俗っぽいゴシップ的な話の筋ではあるものの、この優柔不断で浅ましい、女性の敵みたいな男の語り手の、フラフラと揺れる心の動きが、何故か憎めない。
いや、むしろなんとなく共感してしまうようなところもある。
思うにこの男性は、とても情が深い。
我が身可愛さの優柔不断であるとも言えるが、相対しているとどうしても目の前の相手に情が湧いて突き放せない。
7年間、けなげに貞操を守ってきたおはんにも、今の情婦であるおかよにも、稚い悟に対しても、その瞬間瞬間に哀れさ愛しさが溢れ出て動けなくなる。
うだつが上がらなくても、外部から眺めて最低な振舞いをするダメンズでも、
たぶんこういう男性はモテるのだ。
解説にもあったが、この物語を因果応報で語るこの男の倫理もとても興味深い。
確かにこの物語の「結」に至る伏線を「起」「承」のあたりから丁寧かつ、あからさまに貼っている箇所は読んでいて気になっていた。
最後の最後で、あの時ああしていた頃に…と振り返って懺悔する様は、残酷だが物語としてとても際立っている。
いやぁ…面白かったな。
昭和の恋愛観、めっちゃ見応えあるわー。
傑作であると言われる所以がわかる、
面白い恋愛古典小説でした。
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これは、加納屋を語り手に設定したことによって成功した作品だと思う。
物語として読むなら、正直なところ、どの登場人物にも共感できない。
でもこれが、エロスとアガペーについて書かれた寓話なのだとしたら?
おはんは、一心に加納屋の幸せを願い、加納屋の幸せこそが自分の幸せであると考えている。
一方、おかよは、加納屋の肉体を求め、とにかく自分のもとにとどまってくれることを望む。
そして加納屋は、そんな二人の間で、どっちつかずの態度を取り続ける。
でも、おかよとの生活をこのまま続けたい気持ちも、おはんと悟と親子3人で暮らしたい気持ちも、その瞬間においては本物なのだ。
本物だからこそ後悔し、悩み苦しむ。
もちろんそれは自業自得なのだけれども、そこに人間の本質というか、弱さが現れている気がする。
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主人公にもおはんにも怖さを感じます。
弱さの部分とか自分に嘘ついてそうなところとか。
主要人物では、おかよさんが一番好きというか安心できました。
語り口の柔らかい感じとか最近の本にはない情感とか好きです。
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別れた女房のおはんと別れる原因となったおかよとの間で揺れ動く男の話。
なんというか、男がダメ男すぎて困る。それを助けられるのがおかよみたいな女。でもおはんと再び会って、子ども(自分と血が流れている)と一緒に暮らしたいと思って実行に移すも、なんの因果かその子は死ぬ。それから、法要が終わるとおはんは消える。
ちゃんと決めろよ、筋通せよと突っ込みどころ満載。
最後は男の懺悔の1言で終わっている。
本当、最後まで悔いているならさっさと行動してくれ。
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男のずるさにいらつきながらも何一つ捨てられない気持ちに共感し、おかよの強い自我にあざとさを感じながらも一途さにあこがれ、おはんの怨まぬ姿に哀しさを感じながらも美しく目に映る。傍にいることをあきらめて男の永遠の女性になるなど、私にはできそうにもないけど。
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”(元)妻のおはん”と”愛人のおかよ”との間で揺れる、優柔不断なバカ男の話。
昔言葉なので多少読みにくさはあるが、男の語り言葉の柔らかさと美しさは秀逸。
こういうダメな男って、捨てられないんだよなぁ~と思いながら読む。おはんの気持ちはわからなくもないが、哀れでちょっと怖い。
子供のためと思ったことが、結局は死なせることになり、自らも男の前から姿を消してしまうことに。うそつき男を信じたばっかりに。
男もおはんも、おかよも欲深い人間だったが、一番欲が深かったのは、おはんだったのでは。
手紙だけ残し、姿を消すところも『私を忘れないで』と
念を押しているような感じで恐ろしい。
主人公の男も、おはんから男を奪ったおかよも、どうしようもなく業の深い人間なのですが、なぜだか私にはおはんが一番業深い女に感じられる。間接的とは言え、両親のごたごたのせいで小さな命を落とした息子についても、「亡うなりましたあの子供、死んで両親の切ない心を拭うてしもうてくれたのや思うてますのでござります」とさらっと言ってしまう怖さ。
どうしようもない人たちばかりなのに、なぜか感情移入できてしまう、宇野千代さんの名作だと思う。
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加納屋が“おはん”と“おかよ”へ揺れ動いた心情を語っている。
加納屋がおかよさんへ夢中になっている時、おはんは妊娠して子供を産んだ。
失ってから自分の気持ちに気づく。
わかったときにはもう遅い。
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元妻と現妻のあいだをいったりきたりする身勝手な男の話
身勝手のみならず、彼は人から悪く思われたくないばっかりに
口約束と、けじめの先延ばしを連発して
みんな不幸にしてしまうのだった
しかしこの小説では
人は弱いものなんだから、とそれらの不始末を
なんとなく仕方のないことのようにして流してしまっている
ある面では
バブル期以降のトレンディードラマを先取りしてもいるだろう
それを許せるかどうかは読者しだいだが
終戦直後の昭和21年いらい
坂口安吾の「堕落論」が絶賛されるその裏で
こういう、「子供よりも親が大事」の太宰治もかくやたる
罪深きものが書き継がれていた事実は
なかなか興味深い
ただし、同様のモチーフを扱ったものでは
女房の合理主義と、封建的なしきたりのあいだで板挟みになる男を
道化のように書き得た点で
やはり谷崎やオダサクのほうが優れているように思う
捨てられた妻と子供に
戦争で死んでいった者たちが重ねられているのだと仮定しても
この作品の場合、どう見ても終盤はご都合主義だしなあ
Posted by ブクログ
二人の女の間を男が情動で往き来する話。とにかくだらしない男の心理がありありと描かれている。
何故こんなにもと思うも、著者が恋多き方だったと知り納得。
二人の女からは一切恨みがましい表出がなかったのは不思議。私が汲み取れていないだけなのだろうか?