【感想・ネタバレ】小さき者へ・生れ出づる悩みのレビュー

あらすじ

妻を失い、新しく芸術に生きようとする作家の覚悟と、残された小さき者たちに歴史の未来をたくそうとする父性愛にあふれたある夜の感想を綴る『小さき者へ』。“君”という語りかけで、すぐれた画才をもちながらも貧しさゆえに漁夫として生きなければならず、烈しい労働と不屈な芸術的意欲の相剋の間で逞しく生きる若者によせた限りない人間愛の書『生れ出づる悩み』の2編を収める。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

特に、「生れ出づる悩み」について。

本書の表現は端的にいえば力強く鮮やかで、「板子一枚下は地獄」に表現される通りに6章の嵐の緊張感はすさまじいものであった。この場面が「肝腎の」自殺を図る場面の印象を薄めるほど(本多解説・124頁)だという説明には共感できる。その表現力が背後にあるからこそ、山に執着する「君」と重なって、自然のもつ偉大さに説得力を感じられた。

自分のやりたいことと、現実にやらねばならないことの矛盾を抱える「君」が、行動では勇敢な姿を見せていても、内心、現実に正面から向き合っている漁夫等には疎外感を覚えている。そのような葛藤する精神を地球から「生れ出でた悩み」としているが、世界の中の同じような悩みをもつ若者に対しても、「私」はただ、春を迎えられるよう祈ることしかできない。

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2023年09月16日

Posted by ブクログ

ネタバレ

●小さき者へ
私は有島武郎のこの二つの作品から、静謐と光を感じた。表現は繊細で情景が浮かんでくる。

「小さき者へ」は親の溢れる無償の愛が描かれている。
印象に残った部分①
〜お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或はいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。〜
これだけはっきりと親を踏み台にしろと言う深い愛情表現と、生きていく上での拠り所になる、深く愛されていたという事実を伝えるための部分。

印象に残った部分②
お前たちの母上は全快しない限りは死ぬともお前たちに逢わない覚悟の臍を堅めていた。〜略〜お前たちの清い心に残酷な死の姿を見せて、お前たちの一生をいやが上に暗くする事を恐れ、お前たちの伸び伸びて行かなければならぬ霊魂に少しでも大きな傷を残す事を恐れたのだ。幼児に死を知らせる事は無益であるばかりでなく有害だ。葬式の時は女中をお前たちにつけて楽しく一日を過ごさして貰いたい。そうお前たちの母上は書いている。
「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」
 とも詠じている。

子どもたちを思いやる深く、永遠に続く愛情。ここには、何かをやってやりたいというような、自己満足が混じる気配は一切ない。潔く、清らかだ。

印象に残った部分③
 小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
 行け。勇んで。小さき者よ。

最後の部分に光が見える。無条件で愛される幸せは何物にも代え難く、尊いものだと思う。自分自身が子として、また、子の親として、共感できるのは、自分もまた、恵まれているからであり、幸せだからであろう。


●生まれ出づる悩み
読み終わり、有島武郎のことを調べた。
木田金次郎をモデルとした本作。実際木田も漁業を生業としていたが、有島の死後、画家に専念。まさにこの作品の続きのようで、感慨深い。

生活か、夢か。
目の前の家族を支えるための生活が、
夢を選ぶことを悪のように感じさせ、また
自分の才能を自分自身が信じきれない思いもあり、
揺れ動く。

印象的な、少年との出会いの場面が好きだ。自分の絵を見せる少年の挑むような気迫と、対する「私」の緊張感と、絵に惹かれている気持ちや、絵に対する素直な反応が丁寧に書かれている。
時は流れて少年は青年になり「私」の目の前に現れた。少年は誰だかわからないくらいに見る面影もなく、漁業従事者として日々暮らす青年となっている。それでも自然に対する感受性が、未だに彼の根本であるらしい。

抜粋
パンのために精力のあらん限りを用い尽くさねばならぬ十年――それは短いものではない。それにもかかわらず、君は性格の中に植え込まれた憧憬どうけいを一刻も捨てなかったのだ。捨てる事ができなかったのだ。

土途中から、「私」が少年のこの10年を想像して執筆する場面になる。北国での厳しすぎる漁業従事者の様子が語られ、そこでは、一人芸術家の魂を持ちながら働く君が、漁業にも絵にも気持ちとしてはどちらともつかず揺れ動き、孤独を味わっている。

そして最後の9章は、すべての悩みを抱える「君」=読者に語りかける。魂の悩みは、考え抜き、答えは己が出すべきものであると。

抜粋
そして僕は、同時に、この地球の上のそこここに君と同じい疑いと悩みとを持って苦しんでいる人々の上に最上の道が開けよかしと祈るものだ。

君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。君の上にも確かに、正しく、力強く、永久の春がほほえめよかし‥‥僕はただそう心から祈る。

心の底から、すべての悩める魂に、春が来ると畳み掛けるようにしてエールを送り、最後を締める。


私がこの物語で考えたことは、凡人からすると羨ましいかぎりだが、才能ある創作者たちは、産み苦しむということだ。才能は自分で見つけても、またはだれかに見つけられても、必ずしも幸せに直結するものではなく、苦しみの始まりかもしれないということだ。歴史上振り返れば、幾人も幸せな一生には見えない天才たちが存在する。その天才たちが生み出した作品のおかげで、多くの人の心は震える。
改めて産み出す天才たちに敬意を払いたい。

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2021年02月25日

Posted by ブクログ

ネタバレ

青空文庫。
Eテレの「にほんごであそぼ」の「小さき者よ」の歌に心を打たれ、これが出典だと知って読んでみました。まず、自分の親に感謝の念がわき、そして自分はその親の子として、またわが子の親としてしっかりしなくてはいけないと思いました。一生懸命働こうと。
「小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れないものの前に道は開ける。 行け。勇んで。小さき者よ。」
「小さき者へ 十分人世は淋しい。私たちは唯そういって澄ましている事が出来るだろうか。お前達と私とは、血を味った獣のように、愛を味った。行こう、そして出来るだけ私たちの周囲を淋しさから救うために働こう。私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。」

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2012年06月14日

Posted by ブクログ

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『小さき者へ』は、妻を失った子供へ書かれた、筆者の複雑な心境が描かれている。
『生れ出づる悩み』は、芸術家として生きる決心がつかず、遂にはその夢を諦めたある漁師の、芸術に対する苦悩が描かれている。

どちらも中々暗いテーマを掲げているにも関わらず、文章に悲痛さを感じない。悩みや苦しみの中から、ほんの少しの希望を見出そうとする姿勢。人間が、自分の弱さの中から強さを見出す瞬間の苦悩が鮮やかに描写された作品であると感じた。

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2012年01月31日

Posted by ブクログ

ネタバレ

『小さき者へ』は、母を亡くした子供に対して、
母親の愛情を説き、生きることを肯定的に描く作品。
自身の父として愛情を持って生き抜くことの決心も窺える。

『生まれ出づる悩み』は老齢の主人公と青年の交流から、
主人公がその青年の生活と夢(芸術家)の葛藤を空想し、
その青年にエールを送る内容の作品。
ちらもメッセージを、子供に対して送っている形をとりながら
読者に訴える作風を取っている。

『生まれ出づる悩み』のラスト。
序盤で青年の乗る漁船がひっくり返った時も
執拗に「死にはしない」という言葉を口にした青年が
自殺を考える展開になった時は驚いた。
唐突に感じるが、生活を取る人間が、芸術を志向した人間に
豹変している瞬間の現実なのだろう。

どちらも有島武郎の愛情、相手に対する盲愛にも近い思い入れを感じる作品だった。
これだけ、生きること、生活の中で苦しくも逞しく生きる青少年を
標榜した作品を描きながらも、その有島武郎も結局は人妻と心中する。
他の作品も読んでみたいと思った。

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2013年11月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

久しぶりに温かくて、やさしくて、愛情に満ち溢れた文章に出会うことが出来た。
これはお父さんのバイブル、というよりも大事な人を持つ全ての人々のバイブルになりえるだろう。

愛の影には残酷な出来事がある。故に愛は深く、豊かなものになってくのだろう。

押し付けない愛。それが有島の子供に対する愛なんだと感じた。

「お前たちは遠慮なく私を踏み台にして、高い遠いところに私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながら、お前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、あるいはいたかという事実は永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。」

また有島自身が愛する妻の死によって大きく成長した。そしてそのことをありのままに語るということ、そこに誠実さが観られる。

「私は鋭敏に自分の魯鈍を見抜き、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。」

「私達はありがちな事柄の中からも人生の淋しさに深くぶつかってみることが出来る。小さなことが小さなことではない。大きなことが大きなことではない。それは心一つだ。」

「人生を生きる以上、人生に深入りしないものは災いである。」

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2012年05月04日

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