あらすじ
東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎、かつて仕事をともにした闇社会に生きる男。木崎は彼に、こう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」――運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして、社会から外れた人々の切なる祈りとは……。その男、悪を超えた悪――絶対悪VS天才スリ師の戦いが、いま、始まる!!
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「掏摸」という言葉は、「獏」の文字に似ているからか、まるで動物の名前のように見える。この小説は、生活のための掏摸ではなく、掏摸という行為そのものに生きる男の話だ。無意識に取り、変装資金のために取り、愛する人が死んだ悲しさで手当り次第に取る。これはいわば「掏摸」という動物ではないか。
まず興味を惹かれるのは、華麗なる掏摸の技術の数々。標的探しから証拠隠滅まで、ルポルタージュのように闇の世界が描かれる。一般市民は身近に潜む危険にぞっとし、思わず財布の所在を確認してしまうだろう。
また、感情を排除した淡々とした描写が、読者を物語の深みへ引きずり込んでいく。財布を抜き取る手先の微細な緊張まで伝わってきて、その手を相手につかまれた瞬間は本当に身の毛がよだった。主人公の行いは、善か悪かで言えば間違いなく悪である。それでも読み進めるうち、彼のミッションの成功を我がことのように手に汗握って祈るようになってしまう。もちろん、自分の財布は鞄の底へ押し込みながらだけれど。
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Posted by ブクログ
うーん、何とも言い難い読後感。結局、語り手の「僕」は、いい人だった。最後に投げた血だらけの五百円玉が、彼の命を救ってくれることを願わずにはいられない。
「……お前、ボール投げるの得意か」
「……わかんない」
「あのつまらないガキより速く投げろ」(p164)
「俺は、遠くに行かなければならないから、もう会えない。……でも、つまらん人間になるな。もし惨めになっても、いつか見返せ」
僕がそう言うと、子供は頷いた。子供は僕の手を握ることはなかったが、帰る途中、コートの端をもう一度つかんだ。
「取りあえず、服を買え。……ちゃんとした服を」(p165)
「僕」は、スリという行為を「あらゆる価値を否定し、あらゆる縛りを虐げる行為(p158)」だと言い、「入ってはいけない領域」に指を伸ばすことに快楽を感じる。その一方で、自分のやっているスリが、ただの犯罪であることをよく分かっている。だから、母親に万引きをさせられる子供を見て、真っ当に生きろと言う。
子供にスリの技術を教えるとき、無意識に物を盗んでしまう「ピック症」という病気があることを「僕」は教える。
「若年認知症の一種とか、色々言われてるが、謎が多くて不思議だ。なんでそうやって無意識になった脳が、物を盗む行為に出るのか。なぜ盗みでなくちゃいけないのか。……何か根本的なことがあると思わないか」(p82)
「僕」は、知らない間にスった記憶のない財布がポケットに入っていることがある。彼自身がまさしく、無意識のうちに物を盗んでしまう「ピック症」なのである。
彼が思った「根本的なこと」が何なのかは分からないけれども、意識にのぼることもなく人から物をスれることが、彼を危険な世界に導いて、最後に殺されるという運命に至る。そういう意味では、彼の人生にとってスリは、たしかに「根本的な」何かだった。
スリという形でしか生きられなかった男は、そのようにしか生きられなかったからこそ、その生き方がいかに暗い生き方なのかを知っている。だからこそ、「まだやり直せる」子供には、「万引きや盗みは忘れろ」と語る(p163)。
とっても、「僕」は、どんな真っ当な大人よりも、本当に教育者だと思う。
Posted by ブクログ
木崎のような権力者、命令に従うしかない主人公、そして守られなければ生きられない子供。作中に並ぶ三者は、世界に埋め込まれた見えない階層を象徴しているように感じられた。生まれた場所で人生の輪郭が決まり、抗う術も与えられない世界。その冷たさの中で、人はどこまで「自分の意思」を保ち、貫けるのか──という物語だと思った。
あの子供には良い人生を送って欲しいな、、
Posted by ブクログ
今までの自分の読者傾向をもとに、チャットgpt から強烈におすすめされて本だったが、微妙だった。確かに、木嶋とその組織の正体が謎である終わり方もいいと思うし、むしろこの小説にミステリー要素を求めるのはナンセンスなのだろうが、それは読んだ後にわかることで、若くて刺激を求めてしまう自分にはどうしても物足りなかった。やっぱり、主人公の過去、組織の正体、社会体制、構造反転など壮大なものを期待してしまった。この小説の冒頭の私小説的な件も「しゃべり始めたな」と正直思ってしまった。あとがきも真っ直ぐな言い訳を聞かされているようで惹かれなかった。自分は寡黙の美学のようなものを作者や芸術に求めてしまうのかもしれない。
Posted by ブクログ
普通に面白かった。
スリを覚えて実行して、結局は木崎に刺されてどうなったのかな?助かった?あの子供は施設に行けたのかな??
続きがあるみたいなので読まなければ。
Posted by ブクログ
どんよりした雲が漂ってそうな雰囲気があった。
読後感が良かったのと、文章量も多くないし読みやすかった。
主人公の生活を遠いところからに盗み見しているような感覚。淡々と物語が進んでいき、あっけなく終わる(死んだかわからないが)のが妙に現実味があって面白かった。
スリの描写が上手かった。
最後のところも気になるけど明かされないのも良いと思った