【感想・ネタバレ】感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのかのレビュー

あらすじ

資本主義と技術が五感を作り替えた! デパート、新素材、VRまで、我々の身体と世界の“感じ方”はどのように商品化されたのか。

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

プラスチックの件だけだと、軽めのポピュラーサイエンス本のような副題だが、割とがっつり感覚史とはなにかを辿っている。
題材選択の妙でいくらでも面白くなる学問領域であると思われるが、技術論やマクルーハンの述べるメディア論のようなあらゆるものに通ずる文化史としての面白みもある。

講義を受けたうえで自分の気になるテーマを掘り下げるような付き合い方が望ましいように思われた。

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2026年04月04日

Posted by ブクログ

感覚、匂いと差別
ジェンダー

単なるプラスチックの話でなく、
感覚は時代と共にアップデート、変化してきたというお話だった

感覚史には無自覚になりやすい

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2026年05月05日

Posted by ブクログ

唐突に「梅津寺パーク」(p.134)。著者紹介では特に出身地に触れていないが、どうやら私と同郷(あるいは、そうは言えずとも、松山で幼少期を過ごした)らしい。で、固有名詞を出しながら、特に本論に関係があるように見えない。不思議だ。

感覚史。「感覚」×「歴史」で語りうる範疇はとても多岐に渡るものらしく、副題にあげられた「プラスチックを「清潔」」云々は、全8章中の第4章「素材が変える感覚」の内容にすぎない。
本書で目についたキーワードを拾い並べるなら、都市やデパート食堂の「モダン」感覚、感覚科学と感覚の標準化、感覚体験の商品化(冒頭の「梅津寺パーク」など遊園地の話)、VRやAIのもたらす知覚変容、感覚の政治性…。でも、これらの中にはことさら“感覚”に組み込まなくてもいいような…と思う章もあったが(「感覚体験」って「体験」でよくない?)。

第7章「ヴァーチャルな感覚と身体」は、VRやAIが言及されるけれども、むしろVR以前の「パノラマ」(明治時代に流行したアトラクション)と「VR」との間の「ヴァーチャル」の違いに重きが置かれる。かつての「パノラマ」では、各人の身体ごと一つの空間に入り込み、複数人で共有する空間だったのが、個々人ごとにヘッドセットを着用し、現実の身体を脇において感覚だけ切り離して没入体験するものになり、「ヴァーチャル」と「リアル」の関係が変わるという話。
私が本書の目次に目を通した際に第7章に期待していた内容は、ここでは採り上げられていなかった。それについてここに書いておく(あくまで、本書にない内容。今後、これの本が出たらいいなという希望のメモ)。それは、「ヴァーチャル」と「リアル」の境界。映画草創期においては列車が近づいてくる映像に驚いて観客が逃げ出したりする状態だったのが、やがてはエセ心霊写真(つまり合成写真)を一瞥して見抜くようになり、CGで人間を造形すれば「不気味の谷」が気になるようになり、最近ではAIが生成した文章にそれとなく気がつくようになる、そんな感覚の変容について。これを歴史学的に分析する本が出たら読んでみたい(新書――でなくともよいが、私の予算で買えるもの――で。〇〇大学出版会とかが出す専門書では、ちょっと手が出ない)。

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2026年04月30日

Posted by ブクログ

ネタバレ

まずまず。
わかったようで、わかりにくい。
時代で騒音になったり心地よい音になったりする。火による照明が電気に変わるとき音がしなくなり一部では不評だったとは。現代は音にあふれている。

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2026年04月18日

Posted by ブクログ

感覚は自分の中の自然なものではなく、文化や社会の影響を存分に受けているという話が面白かった。そしてそれは、知らず知らずのうちに差別を生んでいるかもしれないということ。
例えば、においや言葉が自分と異なる人たちを差別する。他にも、ジェンダー差別の例では、「アナウンスやガイドの音声が女性なのはなぜか。女性が補助的な立場であることを助長しているのではないか」という話があった。これは思ってもみなかった。

「感覚に対する問いを持つことは、自分と異なる感覚をもった他者の存在を受け入れる想像力を育むことにつながる」とあったけど、本当にそうだと思った。


また、「視覚」や「触覚」として規定されているものは感じられるし理解もできるけれど、例えば第六感のようなものも、名前がついて感じ方の表現が言語化されたら、感じられるようになるのかな、と思ったり。


以下メモ
・そもそも「五感」として規定されている感覚も文化によって異なる。
例:ハウサ族は「視覚」「それ以外」の2つの感覚。

・感覚史では、身体を通じて知覚した感覚を人がどのように理解しているのか。その理解の仕方が、ある時、ある場所の社会とどのように関わっているのか。理解の意味づけをもとに社会を見る。

・感覚は主観的である一方で、時代や社会によって一定の感じ方が共有される。


・消費主義社会では、商品の差別化に感覚が使われる。
商品の標準化は感覚の標準化につながる。
大衆の感覚は鈍化し、より強い刺激を生み出す。


・ガラス、セロハン、プラスチックの発明
お店の変化:1対1の接客から、スーパー形式に
商品のパッケージとして中身が見える、嫌なにおいを防ぐことが重要。
新しい素材は近代性の象徴として認識される。

・感情商品:感情体験を生み出す明確な目的で構成され、そのために意識的に消費される財。消費者は「明確な感情」を買っている。
例)パック旅行:訪れるべきと販売されたものを、「訪れたい」と購入する。非日常でありながら安心感。


・感覚の政治性:感覚が差別や支配の手段として用いられてきた
におい:不快なにおいは野蛮、劣等の象徴
人種差別:肌の色やにおい、触覚、聴覚の感覚を通じて規定され、再生産される

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2026年02月06日

Posted by ブクログ

ネタバレ

"感覚の歴史に目を向けることは、自分とは異なる感覚を持った他者の存在を受け入れる想像力を育むことにもつながるはずである。"

私たちの感覚はデパートや建築、におい、音、商品など、資本主義によって無意識につくられているということ。
とても興味深くて勉強になり、面白かったです。
日常でふと、なんでこの素材は清潔に見えるんだろう?と考えてしまいそうです!

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2026年02月03日

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