あらすじ
ある日、少年の頭上でボールが割れた。音もなく、粉ごなになって。――それが異常の始まりだった。強い“意志”の力に守られた少年の周囲に次々と不思議が起こる。その謎を解明しようとした美しきテレパス七瀬は、いつしか少年と愛しあっていた。初めての恋に我を忘れた七瀬は、やがて自分も、“意志”の力に導かれていることに気づく。全宇宙を支配する母なる“意志”とは何か? 『家族八景』『七瀬ふたたび』につづく美貌のテレパス・火田七瀬シリーズ三部作の完結編。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
今までにない読書体験だった。
ラストにとんでもない視点が提示されて、初めて本当の意味でタイトルの意味がわかる。
七瀬は『エディプスの恋人』を演じさせられる為にこの世に再創造された存在である、ということに気づくなんて読者の誰も想像できなかったんじゃないかな。
智広の身勝手に超能力を信頼している人間性に個人的にはずっと注目していたし、七瀬がそれとどう向き合うのか、そして七瀬が一人の人間として、「火田七瀬」として、自分自身とどう向き合うのか楽しみにページを繰っていたわけだけど、ここに帰着させるのかという。
最初は超自然的ミステリー的な始まり方なんだけど、後半の展開がすごい。
七瀬が頼央(智広の父親)から話を聞き終わった後に、アイドルグループが体育館でライブをしていて、隠し芸という名の子供じみた茶番を知性のある男観客が大盛り上がりで本気で感動している姿を見るシーンも素晴らしい。
七瀬がそれを見て思うシーンが以下。
七瀬ははっと座席から身を浮かし、中腰のままでまじまじと周囲を見わたした。これは現実なのか。夢ではないのだろうか。それとも現実そのものが夢のさほど変わらぬのであろうか。自分たちにとっての現実とは宇宙の対極に存在している「彼女」の夢の舞台、その舞台上での、「彼女」によって紡ぎ出された幻のようなうたかたの群像劇なのか。今、七瀬の急激な動作にも、彼女の方を向く者はひとりもいず、観衆はすべて熱狂し、歓声をあげ、舞台に向かって拍手している。非現実感が七瀬をとり巻き、彼女は自分の存在が根抵から切り崩されていくような恐ろしいほどの不安に苛まれ、またしてもじっとしていることができなくなってしまった。(p.259)
演目に従って、茶番劇のようなパフォーマンスをするガールズ・グループの舞台を見て、彼女は自分のいる世界を疑い始める。女の「性」としての役割を消費して、知性ある男たち観客のために茶番劇を演じるアイドル・グループを見て、七瀬は自分自身が置かれたこの現実世界すらも、この夢現な舞台と同じなのではないか?と。
彼女は会場を抜けて、雑踏を歩き続ける。自分自身の存在を確かめる、自分のいる足元が現実であることを確かめるために。
しかし、その疑いは遂にラストシーンで確信に変わってしまう。確実に死を迎えた仲間たちの再創造とその消失を決定的に悟ってしまった七瀬は、自分でマリオネットとして『エディプスの恋人』を演じることに首肯した。
この劇を終幕させるために。
「意志」によって再創造された存在である主人公が、「意志」に逆らえない運命を悟り、「意志」に押し付けられる理不尽を受け入れて、『エディプスの恋人』を終わらせるために。
七瀬個人が女性であるからこそ、エディプスの恋人として選ばれて、その役を演じさせられる理不尽には本当に舌を巻いた。特に恋人として、女性として一番大切な破瓜の痛みさえ感じさせられず、代替させられてしまう理不尽はあまりにもえげつない。
筒井康隆にあっぱれ。伊達に文壇で好き勝手やってない。
にしても、自分はこの作品を単独作品だと思って読んでたんだけど、七瀬三部作の最終作ということに、読み始めてから気づいた。
最初のテレパスの描写とかわからんかった。
でも、この順番で読んでて良かったのかもしれない。
家族八景、七瀬ふたたびも当然読みます。
Posted by ブクログ
七瀬三部作の最終章。
前作では、超能力者の仲間たちが抹殺され、七瀬自身もかなり危険な状況で終わってしまった。
この本では、七瀬はある名門高校の教務課職員として働いており、前作からどのように生き延びたのか、暗躍する組織もまったく触れずに物語は進んでいくので、七瀬が主人公であるものの、スピンオフ的な作品なのかと思いながら読んでいきました。
(最後の方でその謎は解かれるのですが)
不思議な力で護られている高校生の香川智広。そして七瀬は自分の意思か何かの意思の力で智広と相思相愛の恋愛に堕ちていきます。(今まで男性を避けてきた七瀬がそうなることに少し嫉妬した)
さてさて、内容は詳しく書けないのと自分の表現力が弱いので終わりにしますが、香川智広の父の頼央が失踪した妻の珠子や智広との幸せな過去を顧みて話すシーンは何10ページもかけて書かれており凄い。そこからラストまで一気に読んでしまう迫力がありました。特に頼央と形を変えた珠子との性的シーンは麻薬的でとてもエロティックなもので、こういう感覚のまま死んだら人はなんて幸せなのかと本気で思ってしまった。(エロい自分だけかもしれないけど)
そして、手塚治虫の火の鳥に通じるような、壮大な宇宙的な発想、結末に感動しました。よかった。
Posted by ブクログ
七瀬3部作の最後の本
人の心が読める力を持つ七瀬
2作目の最後で生き果てたと思いきや、唐突に普通にある高校の事務員として働く七瀬から始まる
何だったんだろ?と思ったけど、それにも実は理由があった
神ともいえる意志が七瀬の人生を翻弄する
その意志は、全能の力を自分の夫と、特に息子のために使う
神なのに、ものすごく自分勝手で、親バカの極致ではないか
けど、中には嫉妬して相手を貶めたり、気に入らない物を殺したりする神もいる
それは神じゃなくて、大きな意志と呼ぶ方があってるのかもしれない
神について少し考えた一冊だった
Posted by ブクログ
久しぶりに壮大なSFの世界観に陶酔してしまった。筒井康隆先生はやはりSF御三家と称されるだけある。
「彼」を包括する"意志"というものは宇宙、言ってしまえばこの世の全てとも言えるだろう。非常に不確実で抽象的な存在である。同時に「彼」という一人の人間に向けられた母性でもあるということ。この、明白なコントラストに筒井康隆の色が感じられた。
記憶が薄れて来た頃にまた読みたい。
Posted by ブクログ
23歳の七瀬が生きているのを見て、理由は分からないが助かったんだ!と半信半疑で見守っていたら、まさかこんな展開になるなんて。シリーズを超能力者の話として読み始めたため、三作目の視点の壮大さは意外だった。面白かった。
でも超能力を持って生まれた者の行く末として、最後までとても悲しい道が用意されていて、読み終わった後どんよりしてしまった。結局七瀬は幸せになっていない。やはり私は彼女に幸せになってほしかったのだと思った。
愛し合う二人の間に割って入る母親という存在が正気じゃなくて、読んでいて気が狂いそうだった。七瀬はもっと怒っていいのだけど、観察者であり理性的で賢い七瀬は自身の感情をぶつけることがあまりない。これがまた悲しいなと思う点だ。
人間ひとりひとりに意志などなく、全知全能の存在が人間を操っているだけだとしたら、やはり人間はショックを受けるのだろうか。
Posted by ブクログ
『七瀬ふたたび』のラストからどうなって本作に繋がったのか疑問に思いながら読み始めるも、次第に、そんなことは忘れ読み進める。ラストでなるほど納得の理由でうまく前作と繋がった。これにはまんまとやたれたという感じ。図形的な文章表現も出てきて前衛的。他の小説では見たことがない「赤字の文字」は極北と言えるのではないかと思う。
Posted by ブクログ
テレパスである火田七瀬は、私立高校の事務員として、突然存在する。彼女自身、現在の自分に疑問を持たない。彼女は、ひとりの男子高校生に興味を持つ。彼の周囲では、たびたび不思議な現象が起こる。そして、理由もわからぬまま、少年に惹かれていく。
彼の父親と会い、彼を巡る強い意思の存在を知ることになる。それは、かつて少年の母親だった女性の意思だった。母親は、選ばれし大宇宙の支配者となりその意思は宇宙に偏在しているのだった。
少年の母親の意思は、七瀬の肉体を一時的に支配して、息子と肉体関係を持つ。その刹那に、七瀬は宇宙意思の感覚を経験する。そして、七瀬によるその世界観の表現となる。
壮大なファンタジーに行きつき、好みが分かれそう。人は、何者かの支配下にあり、支配者は時間と空間を操る。大きな意思に反して、息子への愛には固執する。ギリシア神話のエディプス、実の母親と知らないとはいえ結婚してしまう悲劇を、息子に背負わせる。七瀬は、息子に与える為、その生も愛さえも操られる。
家族八景の火田七瀬が、この最終作の世界観でラストを迎えるとは。