【感想・ネタバレ】棺桶まで歩こうのレビュー

あらすじ

歩けるうちは、人は死なない

長生きしたくないという高齢者が増えている。
不健康寿命が延び、ムダな延命治療によるつらく苦しい最期は恐ろしいと感じるからだ。
著者は2000人以上を看取った元外科医の緩和ケア医。
「歩けるうちは死にません」「抗がん剤をやめた方が長く生きる」「病院で体力の限界まで生かされるから苦しい」「認知症は長生きしたい人にとって勝ち組の証」「ひとり暮らしは、むしろ楽に死ねる」など「延命より満足を、治療より尊厳を」という選択を提唱。
医療との向き合い方を変えることで、家で人生を終えるという幸せが味わえるようになる!
2000人の幸せな最期を支えた「在宅」緩和ケア医が提言

病院に頼りすぎない“生ききる力”とは?

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Posted by ブクログ

ネタバレ

歩くスピードや歩幅で、その人の余命はほぼわかる。スタスタと歩ける人は、おおむね10年以上生きられるでしょう。イスから腕の力を使わずに立ち上がれる方なら、余命1年以上。立ち上がれない方は余命半年以内。ちょこちょことしか歩けない人は、余命数カ月、歩けない人は余命1カ月以内、というところです。
著者が見た患者の中には、体重30キロでもスタスタ歩いてた人がいた。ほとんど食べられず、栄養ドリンクを1日500cc飲むくらいで半年後、さらに25キロくらいまで痩せましたが、歩けていた。
歩くために必要な力は、実は「根性」と「気力」です。「がんばれる」ということは気力があること、つまり脳が若いということ。
「心がではなく、医学的に、科学的に『疲れる』とは、寝転びたい。立っていられない、自分の体をささえていられない状況。すなわち体幹の持久力が限界にきた状態です。30分間、背筋を伸ばして座っていられる人は、30分歩けます。3分しか背筋を伸ばして座っていられない人は、3分しか歩けない。
「食べられないから歩けない」と嘆く人が多いけれど、点滴で栄養を入れているから永久に歩けるわけではない。食事というのは栄養をとるためであるのと同時に、楽しむものでもあります。「楽しむ」のであれば、食べたいものを食べて吐いてもいい。タイヤがパンクしているのに、または、ガソリンをエンジンに送るパイプが詰まっているのに、いくらガソリンを入れても走りません。自動車ならその道理がわかるのに、対人間になると、「栄養、栄養」が始まる。
呼吸筋が弱ると、胸郭が大きくも小さくもなりにくい、つまり肺活量が下がるため、呼吸が浅くなり、息を吐き出す力が衰えてしまいます。大きく吸って、大きく吐く、それを短時間で一気にするのが咳です。呼吸筋が弱ると、弱い咳しかできなくなり、痰を吐き出すことができません。一般的にはこの状態を「誤嚥性肺炎」と呼びますが、「誤嚥性肺炎」は病気ではなく、死ぬ一歩手前の状態に名前をつけただけ。
もちろんすべてではありませんが、成功した人、裕福な人ほど寂しい亡くなり方をすることが多い気がします。女性で、こうした「成功者タイプ」だと、子どもが大人になっても何かと命令し、孫の育て方にまで口を出すというパターンがあります。子どもにとっては「いいかげん、もう関わらないで」と言いたくなる。高齢になって、子どもから絶縁された母親もたくさん見てきました。
なぜ、延命治療は患者を苦しめることになるのでしょうか。飛行機の例で説明します。そして飛行機がゆっくり燃料を使い切って軽くなって降りて着地するように、人間も食べ物をとらなくなりゆっくり着地、つまり死んでいくのです。それが自然ですし、つらくないのです。でもこういう「着地」は、多くの場合、日本では認められません。飛行機が、徐々に高度が下がってきてしまったとします。すると「危ない、これは燃料が足りないからだ」という理屈で、落下しないようヘリに吊られて、空中給油が始まる。「ヘリー機じゃダメだ。もう1機、もう1機」と、3機、4機、5機もつなげて吊られ、なんとか飛行機の高度を保つ。自分で飛ぶ力がもはやないのに、引っ張り上げられるからとても怖い。ついには翼がもげて墜落。たくさん給油していたので燃料は十分あり、よく燃えます。機体が熱い、苦しいとなって燃えていく。
死期が近づくと、患者は食べられなくなります。食べなくても3週間から1カ月くらい生きる人は多いですし、水も飲まずに3週間生きた患者さんも見たことがあります。もちろんトイレにも行かず、ずっと寝ているだけです。そうやって、穏やかに逝きました。多くの病院の医師は、患者が食べられなくなったら「点滴したほうがいい」と思っています。医師が思っているのですから、一般の人たちもそう言うでしょう。点滴して水分を入れると肺がむくみます。肺がむくむということは呼吸不全の状態になり、咳や表が出てくる。そして呼吸が「ゼロゼロ」してくると、「誤臙性肺炎です」と診断されます。レントゲン上は、肺が白くなります。こうして「誤職性肺炎」と診断された患者の家族には、時々「だったらせめて家で看取りたい」と考える方がいます。そして家に帰ると、8割くらいは肺炎が治ります。なぜなら肺炎ではなく、肺がむくんでいただけだからです。点滴をしなくなるから肺のむくみがなくなり、呼吸が楽になるのです。病院で内視鏡を見て「もう飲み食いはできません」「何か飲ませたら死ぬ」と言われた人でも、家に帰ると意識がよくなり、かなりの確率で飲み食いできるようになります。その後、なんと年単位でよみがえった方もいます。

内容の濃い、奥行きのある本だったと思う。2回読み返した。

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2026年08月08日

Posted by ブクログ

ネタバレ

緩和ケアの存在を初めて知った。好きなものを食べて、飲んで、好きなことをして、枯れるように亡くなっていく。最期まで目一杯生きて、自分の足で棺桶に入る。そんな希望があり温かい死生観に出会えた本でした。

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2026年08月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

死に方というタブーに触れつつも、「正しく恐れる」ことの大切さを教えてくれる一冊だった。世間はメディアが映す元気な老人ばかりに目を向け、多くの人が直面する苦しい老後から目を背けている。綺麗事ではないリアルな現実はけっして希望に満ちた内容ではないが、尊厳を失ってまでただ生き延びるのか、自分らしく死を迎えるのかという問いは、そのまま「どう生きるか」に直結している。

これまでは病気や怪我を治すだけの存在だった医師の役割も、これからは「正しい死に方に導く存在」へと変わってほしい。この分野の医療ももっと進んで、「萬田道場」のような存在がもっと増えてほしいと思う。

私たちは漠然と理想の「ピンピンコロリ」や経済的な豊かさを追い求めがちだが、本当に必要なのはそこではない。後悔しない最期を迎えるために、自分の死に様をよく見つめ直し、少しずつ心構えをしていくこと。それこそが、残された日々の生き方を豊かにするのだと強く実感させられた。

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2026年05月26日

Posted by ブクログ

ネタバレ

タイトルから、「歩くことは健康にいい」というウォーキングの勧めの本かと思っていたが、全く違った。

著者が、外科医から緩和ケア医になった経緯、人が生きるとはどういう事か、人の死はどう迎えるのが本人や家族にとって幸せなのか、大往生とは何かなど、正面から「生」に向き合う内容。

賛否両論あるだろうが、私は人は自然に近い形で人生を終えるのが一番苦しみが少ないと思っている。
なので、延命だけを目的とした治療を受けたいとは思わないし、長生きするより痛みなどが無い方が嬉しい。
若い人は、まだやりたい事があったり子どもが小さかったりで、たとえ辛くても少しでも長く生きる事に十分メリットがあるが、人生後半に入ったら、生きる事より死ぬ事の方が身近に感じる。

とはいえ、私自身、家での看取りは本当に幸せだったのか、ずっと迷いながら生きてきた。実際に亡くなった本人がどう思っていたかは今更知る術もないが、少なくとも私が「これでよかったんだ」と思う事が出来るようになった気がする。

ここ10年ほどで一気に家族を失ってしまったが、全てを家で看取れた訳ではなく、あまりにも早い進行で準備が間に合わず家に帰ることなく亡くしてしまった家族もいる。
もし、15年前にこれが出版されていて読む事が出来ていたなら、もっと違う対応が出来ていたと思うと、ただただ残念でならない。

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2026年05月18日

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