あらすじ
人生の中盤戦になり、これからどう生きていこうか悩んでいませんか? でも、ただ悩んでいても何かを決断することはできません。だからこそ、自分を見つめなおして、よりよく生きるための術をたった一人で考え切る。マルクス・アウレリウスなどの哲学者たちの言葉には、人生のヒントが詰まっている。これまでもこれからも私は私のままで生きていくために必要なことがこの一冊にある。
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Posted by ブクログ
『自省のすすめ』
この本を手に取ったのは、自分がどこまでを反省し、どこからを受け入れるべきなのか分からなくなっていたからだった。
社会人になってからの数ヶ月は、手術や再会、新しい職場や同期、上司との出会いなど、多くの変化が一度に押し寄せた時間だった。その中で、自分自身を保つことに精一杯になり、いつの間にか福岡にいた頃の自分から離れていく感覚があった。
一人の時間を大切にしたいだけなのに、人を避けているように見られることもある。仕事の話に囲まれる毎日の中で、自分のための余白は少しずつ失われていった。
そして何より苦しかったのは、人に優しくできなくなっている自分だった。
以前なら自然にできていた気遣いや思いやりが出てこない。人との距離を取りたくなったり、人と関わることに疲れてしまったりする。そんな自分を見て、「冷たい人間になってしまったのではないか」と考えていた。
けれど、この本を読みながら気づいた。
本当に人に無関心になった人は、自分が優しくなれないことに苦しんだりはしないのかもしれない。
私は変わってしまったのではなく、自分を保つことに精一杯だっただけなのだと思う。
社会人になってからは評価される機会も増えた。その中で、いつの間にか他人からどう見られるかを気にし、自分自身もまた人を評価するような目で見ていることに気づいた。
それが本当に嫌だった。
大学四年生の頃、悩みながらも手に入れた価値観があった。人と比べるためではなく、自分の人生を生きるための考え方があった。だからこそ、それを簡単に失いたくなかった。
そして、この本を読んで最も大きな気づきを得た。
私は未来のために生きすぎていた。
転職のことも、将来の目標も、何かを成し遂げた先にこそ価値があると思い込んでいた。
一年の終わりに「よく頑張った」と思えること。
誰もが驚くような成果を出すこと。
それが人生の意味だと思っていた。
だから今という時間を、未来のための準備期間としてしか見られなくなっていた。
けれど、本当にそうだろうか。
手術の説明を受けるまでの不安な時間、人生が当たり前ではないと実感したあの時、自分が後悔したのは成果が足りないことだっただろうか。
違った気がする。
私は本当は、もっと今を生きたかったのだと思う。
ピアノも、水彩画も、読書も、本当は誰かに評価されるために始めたものではなかった。
自分が心から好きだから続けていたものだった。
それなのに、いつの間にか上手くなることや認められることが目的になり、純粋に楽しむ心を忘れかけていた。
そして、そのことは人との関わりについて考える時にも同じだった。
私はこれまで、大切な人との関係についても未来ばかり見ていたのかもしれない。
また会えるだろうか。
これから先どうなるのだろうか。
そんな答えの出ない未来に心を向け続けていた。
もちろん、今も不安はある。
けれど、本当に大切なのは未来の結果だけではないのだと思う。
今はまだ連絡もなく、これから先また会えるかどうかも分からない。
それでも、その人の人生や選択を尊重したいと思う。
もし再び会うことができたなら真剣に向き合いたいし、会えなかったとしても、その人らしく幸せでいてほしいと思う。
以前よりも、「どうなるか」ではなく、「どんな気持ちで相手を想えているか」の方が大切だと感じるようになった。
そんなことを考えているうちに、自分の軸についても気づいた。
軸とは、順調な時に意識するものではなく、自分を見失いそうになった時に帰ってくる場所なのかもしれない。
人は誰でも迷う。
環境が変われば揺れるし、評価にさらされれば焦る。
それでも、「自分は何を大切にして生きたいのか」と問い直し、もう一度戻ってこられる場所がある。
それが軸なのだと思う。
多くのことを積み重ね、乗り越えてきた。
だから未来も常に前進し続けなければならないと勝手に思い込み、自分を苦しめていた。
けれど人生は、頑張ることだけが醍醐味ではない。
遠回りをしてもいい。
立ち止まってもいい。
楽しいことに時間を使ってもいい。
人に優しくできない自分を責め続けるのではなく、まずは自分の心を満たすことを大切にしたい。
自省とは、自分を裁くことではなく、自分を理解することなのだと思う。
今感じている苦しさも、自分らしさを失ったから生まれたものではない。
自分らしさを失いたくないからこそ生まれているものなのだと思う。
未来のためだけではなく、今のためにも生きたい。
誰かの評価のためではなく、自分の心が躍るものを大切にしたい。
そして、人を大切に思う気持ちや、自分が大切だと思ったものを大切にできる自分でありたい。
そんなことを考えさせてくれた一冊だった。
Posted by ブクログ
普段薄っすら思考していたことが明らかになっている点と新たな気づきや視野が広がった点がありすぎて大量にメモを取ることに…そしてずっと耳が痛い。繰り返し読む本にしたい一冊。参考文献も読みたい本だらけでした。
他者理解についての一文が響いたので載せます。
他人の中に入っていってその人の内面に触れ、魂を視き見ることではなく、その人の外側に立つしかできないことを謙虚に認め、その違いを肌で感じていく過程だったかもしれないといっている。
Posted by ブクログ
若いころと比べ、年齢を重ねるにつれて脈絡なく考えるケースが多くなってきました。
最初はキャリアや健康、親兄弟など家族のこと、しかしそこからスケールが徐々に広がり、今後の人生について考える機会もたびたび。
そんな中にあってふと出会ったこちらの著書はタイトルだけで刺さりました。
本書では一人になってじっくりと考える(自省)ためのヒントやポイントが記されています。
マルクス・アウレリウスの「自省録」を読んだことがあれば、そこから多くを引用している本書はとっつきやいでしょう(それ以外にもストア哲学をかじっていれば同様に感じるかもしれません)。
何か軸を設けて順序だてて書かれているというよりは、重要なポイントを取り上げて淡々と語られています。
そのためHow toというよりはエッセイのような感覚で読めます。
しかし淡々と描かれてはいますが、1文1文を読み解き、それに込められた意味を考えされられる文章です。
何となく哲学書のような趣があります。そのため一般的なビジネス書のように速読するのが難しい印象です(一般的ビジネス書は章立てや文章、色使いなど最大限読みやすく工夫されているので当然ですが)。
そのため休日の昼下がりや、平日の寝る前などにじっくりと読んでみて、岩に雨滴が染み込むように吸収する味わい方が適していると思います。
Posted by ブクログ
自省とは、困難から目を逸らさず考え抜くことだ。
まず問題を切り分ける。自分で対処できないことは考えなくていい。自分がすべき行動が、善か悪かを判断軸にする。
考え抜くために、タイパを手放す必要がある。電子書籍や音声読書は情報だけを抽出した結果だ。表紙、紙質、行間——作者が込めたものの何割が残るだろう。
そして、書く。言葉にすることで思考は抽象から具体へと再構築される。
何かの助けを求めすぎず、まず1人で対話しよう。
Posted by ブクログ
考えることをしていないかも、と思い手にした。内省の必要を感じているということだろう。
先日、若松英輔氏のお話を聞く機会があったが、同じことを言っていた。読書すること、書くことの大切さ。それをいかにも岸見一郎さんらしく、表現されていて、若松英輔氏との対比も手伝って、興味深く読んだ。
嫌われる勇気、アドラー心理学そのものが、過去を変えることはできないが今、これからは変えられる、だけどそれはやはり容易いことではないから厳しく言うね、というスタンス。自省することも大変なのだ。自分で考えたように思っても、それは本当に自分の考えと呼べるのか。誰かの意見に左右され、分かったつもりになって、自分の意見のようにしていないか。
私はちゃんと私の考えを持っているのだろうかと不安になる。そして、変わりたい、変えたいと思っているだけで、何も変わらないことを外部のせいにしがち、というのも痛いところをついてくるなぁ、と思いながら読んだ。今ひとつ、詰めが甘い自分を自覚。読書すること、生きることは大変だ。
自省録が読みたくなった。
Posted by ブクログ
考えるとはどういうことか、自分で考えることがなぜ必要か、考えるとはどのように行うのか。
日常で発生するあらゆる考えや、今後の読書の質が変わるような本だった。
『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を読んで、わたしにも先生がいればいいのに、と思った人はぜひ読んでほしい。
先生を自分の中に持てるようになる、かもしれない。
Posted by ブクログ
自省の方法が書かれいる本でない。ここ注意。
自省をしようと既に思っている人には不要。では、どんな人向きかと言われると「自省しない人向け」だが、そんな人が手に取るはずがない...
Posted by ブクログ
個人的には結構当たり前のことが書いてあって、あまり刺さり切らず。
最終章は、当たり前だけど言語化するのが難しいことをきちんと書いてくれていてとても良かった。結局「言語化までできるか」どうかは「考えてるだけ」からちょっと差別化されそう。
趣味が健康を自称しているが、俺と真逆の人間が「ほんとうに健康な人間」と書かれていて笑った。気をつけます。
「その病気のゆえに、少しでも身体に異常を感じたら、診察を受け、問題があれば、手遅れになる前に、必要な措置をとることができるだろう。こうして、病気であっても、身体からの呼びかけに反応する人は、ヴァン・デン・ベルクが逆説的にいうように、「ほんとうに健康な人間」(『病床の心理学』)になり得るのである。」P164
本書で出てきた、自省録より引用の良いフレーズ
「自分自身の魂の中よりも静謐で煩わしいものが少ない場所はない」P150