あらすじ
たった一人の決意が、歴史を変えた。
張学良、そのとき弱冠、35歳。
西安で蒋介石の宿営地が襲撃された。張学良軍によるクーデターなのか。
蒋介石の生命については絶望視されるがーー
「西安事件」の真相を描く、心震える歴史法廷ミステリー
一九三六年。東京で二・二六事件の動揺も収まらないころ、世界に衝撃が走る。
「西安で張学良が蒋介石の身柄を拘束した」。張学良の目的は。蒋介石の安否は。
取材を進める朝日新聞の北村に陸軍大尉の志津は、天命の証、龍玉の話を始めるーー。
壮大なスケールで日中の近現代史を描く「蒼穹の昴」シリーズ第六部。
【解説・保阪正康】
二・二六事件と西安事件。1936年に起きた2つのクーデター事件をつなぐ見えない糸をたぐることによって、歴史の転換点を描いた傑作。命や名誉よりも大切な価値を知る者が真の英雄なのである。
――佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)
時代の求めに身を呈した軍人、記者たちが作り上げる重層の歴史ドラマ。国境を越えて連鎖する事件の決行者の役割を照射することで、見えざる大戦前夜の構図が浮き彫りになってくる。日中の若き軍人が訴えた「兵諫」の思想とは。
――保阪正康氏(作家・評論家)
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Posted by ブクログ
浅田次郎『兵諫』は、歴史の大きなうねりの中に生きた人間たちの「決断の重さ」を、静かで揺るぎない筆致で描き切った作品である。西安事件という一見すると政治史の一頁に過ぎない出来事を、単なる史実の再現に終わらせず、「なぜ人は武器を手にしてまで諫めようとしたのか」という根源的な問いへと昇華させている点に、本作の深い魅力がある。
登場人物たちは、英雄でも単なる悪でもない。祖国への忠誠、個人の信念、守るべき民への思いが複雑に絡み合い、それぞれが苦悩の末に選び取る行動には、容易に裁けない重みが宿っている。とりわけ「兵諫」という行為そのものが、暴力と理想の狭間で引き裂かれた選択であることを、読者に強く意識させる描写が印象的だ。
浅田次郎ならではの端正で骨太な文章は、歴史の空気を濃密に再現しつつも、決して読者を突き放さない。国家や思想が前面に出る場面であっても、常に人間の息遣いが感じられ、冷たい史観に陥らない温度を保っている。その抑制の効いた語り口が、物語全体に深い説得力を与えている。
『兵諫』は、過去を描きながら、同時に現代を生きる読者へと問いを投げかける作品でもある。正義とは何か、忠誠とは誰に向けられるべきものなのか──その答えを安易に示さず、読後に静かな思索の余韻を残す点に、本作の真価がある。歴史小説でありながら、人間の本質に迫る重厚な一冊として、長く心に刻まれる作品だと言えるだろう。
Posted by ブクログ
単行本を本屋で見て、これは買わなきゃと思いつつ、手に取らず。
遅ればせながら、文庫を購入。
蒼穹の昴から続く長い物語。今回は中国国民党と共産党軍との抗日民族統一戦線の成立が主題。「兵諫」という故事を持ち出して、張学良と蒋介石とのやり取りを浅田先生は解釈する。
基本は、陸軍の特務機関員である志津大尉、朝日新聞の記者の北村、ニューヨーク・タイムスのジェームス・ターナーの3人が狂言回し。
特に張学良の部下、陳一豆が裁判で貫き通した態度。その意味が明らかになる辺りが本署の眼目だろう。
全体的に、ハードボイルドを貫き通している文章だと思う。
(引用)
・日本陸軍の敵はソ連。海軍はアメリカ。と言うことは、天皇の軍隊には中国を敵としたメソッドがない。
・公正か不正かではない。信義にまさる法などあってはならない。それこそ蒋委員長の信義に反する、法の反逆ではありませんか。礼に対する、法の叛乱ではありませんか。
こうした短い文章がグサグサ刺さってくる。パッチワークがパチパチと嵌っていく快感は浅田先生の文章ならばこそ。
第七部「群青の夢」の刊行が決定と帯にある。心して待つばかり。