あらすじ
病気じゃないけど、体力がない。労働する元気も恋愛する元気もない――。
SNSで「虚弱エッセイ」が話題沸騰の著者による
「虚弱体質」のリアルをつづる、新世代のサバイバル・エッセイ!
・21歳で身体にガタがきた
・仕事がないからじゃなくて、体力がないからお金がない
・眼鏡をかけたら不眠症が治った
・世界の中心が膝になった
・そもそも本当に虚弱なのか
・面前DVと場面緘黙症
・愛よりも健康が欲しい
・生理のない女になりたい
・ずっとスタートラインを目指している
ほか
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匿名
わかる
私自身、とても体力がなく、体調を崩しやすい。なにが原因なのかはわからなくて、だけどそれをなんと呼ぶのか…虚弱って呼んでもいいのかな?そう思えた。
私も自分をもっと大事にしたい。
Posted by ブクログ
最近体力が落ちてきた、何をするにも体力が……という思いが強くなったので読んでみたけれど、作者は生活に支障をきたすレベルの、というか障害に該当するほどの虚弱体質で、不便はありながらも問題なく日々普通に生活できるということは素晴らしいことだと気づいた。
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・時間が過ぎるのがあっという間、という感覚は誰しも持っているだろうが、私の時間は人一倍過ぎるのが速いと思う。たまに訪れる、睡眠時間七~八時間で眠気もなくどとも痛くない奇跡のような日は、時間の流れの運さに心底感動する。体感的とは一日が二倍くらいに増える。こう考えると、歳をとるほど時間の経過が速く感じるという現象は、体力の低下という要因もあるのかもしれない。
・体力の限界というのはきっと、想像を絶するほどの個人差があるのだろう。
・食事だけでなく、日常のふとした瞬間に幸せを感じるようにもなった。(略)それ以前は何に幸せを感じていたかといえば、お金か他人が必要なことばかりだったように思う。
・人間というのは「わからない」状態に耐え難い苦痛を感じるものである。治らないとしても、原因がわかるならまだマシだと思う。
・産まないと決めなければならないと思った。絶対に産みたくないというほどの強い意志は今もないが、生きたいという意志と、生きるべきだという信念は強くある。
・自分にとっての幸せの基準が定まり、世間一般的な幸福にまつわる価値観から距離を置くことができたというのもあるかもしれない。
・結婚したら、問答無用で祝福される。おめでとう。良かったね。そんな言葉をかけられるたびに私は、独身のまま無事に生き延びたもう一人の自分を想像し、誰にも祝福されないであろうことを悔しく思うだろう。だってそれも、めでたいはずなのに。
・私は、体力がなくても、お金を稼げなくても、独り身でも、それなりに幸せな女になってみたい。これが現時点で考えうる限り最も報われる形である。
・ときめきを成仏させるための買い物というジャンルがあるのではないかとこの時、思った。
・努力を尊ぶ価値観は否定しないが、「努力していて偉い」というのは往々にして、「努力しないのは怠惰」に転じる危険性を孕んでいる。
・甲本ヒロトの「幸せを手に入れるんじゃない。幸せを感じることのできる心を手に入れるんじゃ」という言葉をよく思い出す。
Posted by ブクログ
私も、自分のことを体力がないなーと思っていて、なんでみんなフルタイムで、しかも残業までして働けるんだろう?と思っていたけど、体力がないことにも当たり前にグラデーションがあって、私よりも体力がないって人もいるのか!と考えてみれば当たり前のことなんだけど、知れて良かった。
一番印象に残った箇所は、
モチベーションややる気がない仕事でも、周りから求められるならやるべき(ニュアンス)、みたいなことを著者が他の人から言われたって話が出てきて、そこはなるほどー!と思った。
ラジオ体操が手軽にできる健康的な運動ってことも、へー!っと思った。たしかに、小学生か中学生くらいぶりにラジオ体操を一部だけやってみたらめっちゃ疲れる。こんなキツイ運動だったっけ?とびっくりした。笑