あらすじ
病気じゃないけど、体力がない。労働する元気も恋愛する元気もない――。
SNSで「虚弱エッセイ」が話題沸騰の著者による
「虚弱体質」のリアルをつづる、新世代のサバイバル・エッセイ!
・21歳で身体にガタがきた
・仕事がないからじゃなくて、体力がないからお金がない
・眼鏡をかけたら不眠症が治った
・世界の中心が膝になった
・そもそも本当に虚弱なのか
・面前DVと場面緘黙症
・愛よりも健康が欲しい
・生理のない女になりたい
・ずっとスタートラインを目指している
ほか
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
『虚弱に生きる』
こちらもSNSで話題になっておりましたので読んでみました。何度も過去の自分だったり、突然眠気に襲われる友だちのことを思い出しながら読み進めました。今は割と元気なので(元気すぎるとよく言われる)そうでもないが、体力がなかった頃の自分が読んだら「分かる!!」ってなっていただろうなあと思った。
というか、今とても健康に過ごせているのは環境を変えたこと(ひとり暮らし)や私に対する否定と暴力がまったくないことが要因かもしれないなあと思った。そして著者と同じく筋トレを始めたことで自信を持てるようになったことがきっかけに元気になったと思う。
あまりにも眠すぎて制服を着たままよく寝ていた中学生の頃。「寝てばかりいないで勉強しろ」と教科書を投げつけられたことを思い出した。今でもいろんなことに気を遣ってしまう自分がいる。元気すぎるけど、本当は元気なふりしてとても疲れているんだよね。そうでもしないとさ、生きていけないから。
Posted by ブクログ
わかる。何となく常にだるい、常に具合悪い。健康であることが幸せなの、本当にわかる。わかるよ~わかるよ~とサクサク読んでしまった。
様々な手法を試しててえらいなと思う。私もラジオ体操、始めようかな
Posted by ブクログ
著者の虚弱体質による人生と、辛かった経験から、それを受け入れ共に生きる覚悟が知れた。後半の「でもお前早稲田出てるじゃん」に対するアンサーが秀逸だった。また、「お前も虚弱体質ならこの著者のように努力しろ」に対するアンサーも良く、エッセイ本であるが、元気が出た。
Posted by ブクログ
面白かった。心にグッときた。
こんなに体力がなくて、あちこち痛くて、でも原因不明で、ひとりで生きてる人っているんだ(しかも若い)と衝撃を受けた。
しかし、自身の不調への向き合い方が本当に実直で、だからこそ本当に心に刺さるというか、頭が下がるような気持ちになった。
著書の中で、自身へ向けられる心無い意見(学歴やこの病気ではないか?などの推測)をひとつひとつ丁寧に検証し潰していき、自分の体と向き合って、より良い(健康)な肉体を手にいれるために、さまざまなことを実践し続ける姿勢が本当に感服する。なんというか、こんなに色々なことが不自由なのに、変に拗れていないというか捻くれていないというか、実際のご本人はどうかはわからないが、少なくとも著書やインタビュー記事などを読む限りでは、誠実さが伝わってくる。
自分以外の虚弱な人たちへの気遣いなどからも著者の優しさが伝わってくるし、誠実に正直に書かれているエッセイだなと思った。だからこそとても良い本だと思う。
私自身は年齢とコロナ禍によって心身を壊して、今も現在進行形でいまいちを引きずってるけど、背筋が伸びるような気持ちでこの本を読んだ。
自身の虚弱に屈せず、他者をひがまず(羨んではいるけど)、読んでいて身が引き締まるエッセイだった。
この本はかなり売れていて、著者の生活にもだいぶ変化が出てきているようなので、その辺のことをまた1冊本でも書いて読んでみたい。
Posted by ブクログ
虚弱でありながらもなんとか生活していくために試行錯誤をした経験を綴ったエッセイ。
体力お化けでなければ、何かしら参考になる部分はあるような気はする。
自分と比べてみて「そこは私の方が動ける」と思ったり「週一くらいで人と会う体力あるんだ」とびっくりしたり。体力や気力の分布も人それぞれだなぁと感じた。
20歳前まではそこそこ動けていたようで、子供の頃の環境が成人後に及ぼす影響の大きさに考えさせられる(それだけが原因ではないかもしれないけど)
Posted by ブクログ
握力の数値とか数々の数値で見ると、そこまでではないが、私もクラス、学年で体力がビリの方で、体育を呪っている側なのでとても共感ができるような気がしている。
筋トレなどをしてもなかなか数値の上がらない著者の場合にこういうこともあるのかと思ったりした。だが、確かに努力している。
三十を越えてからでも更に健康に近づいてくれることを願ってやまない。
Posted by ブクログ
副題かと思っていたら、ペンネームだった。
そんな「絶対に終電を逃さない女」さんの病弱エッセイだが、想像の数倍不調な日々が記されていて驚いた。
自分も持病の関係で早くから不調が頻発しているので、共感する点が多かった。
だが、筆者の健康への貪欲さは並ではなく、虚弱と向き合い、付き合って行く術を模索する姿は見習わないといけないと感じた。
あと、読んでいて心因性の不調の多さに、こちらまでがっくりきた。つくづくストレスは万病の元すぎる。
匿名
わかる
私自身、とても体力がなく、体調を崩しやすい。なにが原因なのかはわからなくて、だけどそれをなんと呼ぶのか…虚弱って呼んでもいいのかな?そう思えた。
私も自分をもっと大事にしたい。
Posted by ブクログ
私は20代の頃から疲れやすく、少しでも無理をするとすぐに心身に不調をきたす。人並みに頑張れない、人並みに働けないというコンプレックスは常に抱えていた。だがこの本を読んで、上には上がいるのだと驚嘆した。この方の「虚弱」ぶりは私の想像を絶する。こんなにも大変な思いをして毎日を過ごしている方がいるのかと、涙が出た。読んでいたら、心なしか体調が悪くなってくるような気がしたほどだ。
現状のところ、彼女の「症状」に具体的な病名はついていない。障害者手帳は持っているそうだが、障害年金は受け取ることができないそうだ。親との関係は、身体中にできたイボの治療費を出してもらえる程度には良いが、幼少期に場面緘黙症を訴えても取り合ってもらえず暗い青春時代を送る要因になった程度には悪い。体力がなく仕事が受けられないため、年収100万にも満たない収入で細々と公営住宅に暮らす。専業作家として食えているのではなく、「書かなければ生きていけない生き物」と自身を形容する。当然、将来の見通しは暗い。
本人曰く二十代後半を健康に捧げてきたが、多大な時間とコストをかけて健康維持に取り組んでも、常人と同じスタートラインにも立てないやるせなさ。あまりに救いのない事実の羅列が続き、気持ちが鬱々としてくるが、決して悲観してばかりというわけでもない。自身の身体をある程度コントロールできるようになったことで、窓から差し込む日の光を見て幸せだと感じることができるようになったという記述には心を打たれた。
本書をただ「大変だなぁ」、「自分より大変な人もいるんだ」で終わらせるべきではない。たとえば「体育の呪い」の章は非常に示唆に富んでいる。以前こちらでも「体育がきらい」という本を取り上げたが、体育が苦手な人が、大きなハンデを負ってしまう問題がここにある。
運動音痴にとって「恥晒し大会」でしかない運動会。学校で友達や教師にバカにされることは日常茶飯事だったが、著者の場合は、運動会を見にきた祖父母にまで執拗に揶揄われ深く傷ついたことから、ますます運動から遠ざかっていく。
体育教育の構造の問題や、デリカシーのない言葉がきっかけで、幼少期に体育嫌い→運動嫌いになった子どもが、筋力や体力が不足したまま大人になり、最終的には「体力をつけるための体力がない」状態に堕とされてしまう。子どもの頃にちゃんと運動ができていれば、今こんなに苦労しないで済んでいるんじゃないかという、体育への恨みは消せない。
また、彼女のような「名前のつかない不調」を抱えた人々が社会から弾かれてしまっている現状も大いに問題だ。「体力がないと時間がない」のだということは、元気な人にはあまりピンとこないが、非常に重要なことだ。私もこうして言語化されているのを見て初めて気がついた。
体力がない人は、普通に暮らせる健康を維持するだけでも大量の時間とコストがかかり、だから働けないし、本を読んで勉強したり知識をインプットすることすらままならない。時間がないから、仕事があっても受けられない。フリーランスにまったく向いていないのに、フリーランスとして生きていくしか選択肢がない。
彼女は生きることを諦めないでいてくれて本当によかったと思う。しかし、終章に彼女自身も書いているように、彼女がしているような涙ぐましい努力は、すべての「虚弱」の人々ができるものではないし、やるべきと押し付けるべきものでもない。
体力や精神力には大きな個人差があり、努力ができること自体が先天的な才能=ギフトなのだとつくづく感じさせられた。体力がなくて頑張れない人や、もっと言うと性格の問題で努力が苦手な人でも、もう少し気楽にのんべんだらりと生きていけるような包容力のある社会だったらいいなと思うが、難しいんだろうか。
努力ができる才能を持った人が、自身が積み上げてきた努力に対する対価を手放さない限りは、なかなか難しいんだろうと思う。格差は開く一方なので、少しばかりは自分の得たアドバンテージを弱者に分配してくれてもと思うが、頑張ってきた自負のある人には、それがギフトだと感じることが難しいんだろう。私も、体力がない人は可哀想だと思うが、怠け癖があって頑張らない人は自業自得だと思ってしまうもんな。
Posted by ブクログ
この年になって、健康と体力ってほんと大事なんだなと痛感。冷静で客観的な著者の眼差しから、体力という観点から物事を見直すことができる。にしても著者さんほんとすごい。ご本人必要に迫られての結果とおっしゃりそうだけど、ここまで徹底的に突き詰めるのもなかなかできることじゃない。中年以降で体を壊すのは体力を前借りしてるだけという考えもとっても同意。ほんとみんな、からだ大事に生きましょう
Posted by ブクログ
体育の呪いの章を大いに頷きながら読んだ。
しかし、私は著者と反対だった。私は動体視力と反射神経が恐ろしく悪く、パワーゴリ押しだったのだ。
正反対にも関わらず、体育に対する感情がここまで一致するものかと驚いた。
私も大人になってから、自転車や山登りなど、自分の特性に合った運動を楽しめるようになったが、いまだに体育は呪っている。
Posted by ブクログ
共感できるとこ沢山。
でもこの方は凄く自分の身体を理解しようとしてて偉い。
私も何かしら悪く、天気悪い日も体調悪くて、神経系が弱いのか迷走神経反射や三半規管もおかしい、血液検査をするが異常無し。何なんだろうと思ってもこの方のように出来てない、一生懸命自分を理解しようとしたり、運動も毎日少しずつ頑張って、食べ物にも気を遣って………凄いですよね。年齢は全く違うけど見習おう。面白かった。確かに早稲田は驚いた。応援してます。
Posted by ブクログ
ベルソムラってそんな副作用あるのか、と知った。あと自分コントロールしてる感覚は大事だよね。自炊がそれに入るのか、となんか納得。夜間低血糖ってなんだろう?場面緘黙のことも初めて知った。話したいのに話せない苦しみ。ASDの社会的イマジネーション。シスジェンダー、ルッキズム。
ここまで虚弱だと大変だけど、「あの大学の文学部なんて虚弱でも卒業できる」に先輩である私も、とっても共感。
おもしろかった。
Posted by ブクログ
虚弱体質な作者の虚弱にまつわるエッセイ
私自身は虚弱体質では全くないけれど、年齢を重ねるうちに徐々に体の衰えを実感していっており、共感できる部分もいくつかありました。しかし、レベルが桁違いだなと読み進めるごとに思いました。
身体にできたイボ……私も足の裏に一つできたことがあり、治療が痛かったなあ同じだなあと思いましたが、そんな思いは一瞬で掻き消されました。全身にイボ3,000個越え……レベルが違う。あのイボたった一個でも存在感を放っていて不快だったというのに。しかも多すぎて液体窒素の治療が間に合わずレーザーで焼き切る治療だとは。
私の、分かる私もそういうことある〜という共感を遥かに凌ぐ虚弱っぷりでした。子供の頃から何かしら体調の悪い人の人生ってこんな風なのだなと少し見せていただいた気になりました。
それは決して高みの見物ではなくて、さして健康に気を遣っていない私は、健康に少しでも近づこうと日々健康に気を遣って生きている作者とどこかのタイミングで逆転する可能性が十分にあり、戒めなくてはなという気持ちになりながら読みました。
そう分かっていても、これから健康に気を遣って生きていくかと言われれば、やらないんだろうなと思う辺り、分かっていてもやらないで過ごしていた作者と同じだなと共感します。頭で理解することと身を以て実感することは別だとひしひしと感じます。
Posted by ブクログ
2026/03/03 - 2026/04/16
この本を手に取ったのは、私が1995年生まれ、虚弱体質だったことに起因する。SNSで拝見した時、「私以外にもこんな人がいるのか」「健康を喉から手が出るほど渇望する同年代がいたのか」と肩の力が抜けた気がした。
私は中学生で昨日までできていたことが急にできなくなった時、起き上がれなくなってしまった時、本当に苦しかった。みんなと同じことができない自分、思い通りにいかない体が本当に本当に悔しく、憎かった。勉強も、運動も、生活も、全て取り上げられてしまった。それも自分の体が自分を裏切る形で。
ここから私の虚弱人生は現在まで続いている。鞭を打って、頑張って、人並みを遂行しようとすると体が壊れてしまう。
つまり持続可能な範囲で生きるしかない、と自覚したのは24歳になる年だった。そこから「普通」を諦め、自分なりに出力を調整し生きる日々は、かなり、難しかった。しかし、今、そこそこハンドルをうまくにぎり、徐行した後にしっかりとブレーキを踏めるようになってきた。
そんなときに、この本を読んで、「ああ、私のやってきたことって無駄じゃなかったな」「一人じゃなくて、わりといるなら不幸でもなんでもないな」「やれることをやって持続可能な範囲で生きていこう」と改めて思った。
この本には、著者が本来なら世に出すことがなかったかもしれない、極めて個人的な内容が書かれている。身を切って書いてくれたあなたの勇気が、私というささやかな読者の一人を肯定してくれました。ありがとうございます。そんな気持ちになる本だった。
Posted by ブクログ
きちんと食べること、適度に運動をすることを大切にしたい。
生活をきちんとしたら他者からのケアを欲しなくなるというのが学びでした。
漠然とした1人で生きることの不安も、もう少しきちんと生きたら消えていくのかな?
土日寝てばかり…と自分の体力のなさを嘆いていたけれど、働けるだけ体力に恵まれていないとは言えないなあと思いました。
Posted by ブクログ
SNSで見かけて興味本位で読む。
私も体力ないし疲れやすいし、なんか共感するかも〜とか思ってたらとんでもない。予想の10倍…いや30倍くらいの虚弱でございました…申し訳ございません…。
著者の方は同情なんてして欲しくないと思うが、それにしてもあまりに生きづらそうで、特に読み始めは「かわいそう!!」ってなってしまった…。けど健康というスタートラインに向かって努力して、幸せに目を向けるその現在の生き方、姿勢がとっても素敵だなぁと思ったのだった。
Posted by ブクログ
虚弱体質な作者によるエッセイ。
以前、丁寧な暮らしを発信している人は「意識が高いからそうしている」ように見えるけれど、本当は丁寧な暮らしでなければ保てない人達なのかも、という言葉を目にしたことがある。
それはこの作者のような人なのかもしれないな、と思い出した。
健康になろうと努力する中で、道端に咲いていた花が可愛い、といった些細なことでも幸せに感じられるというのは美しいことだと思う。
Posted by ブクログ
SNSで健康界隈の人たちが読んでたから買ってみたんだけど虚弱=特に病気はないけど体力がないことについて80000字も書かれていてすごい熱量だったし、ちょっと面白かった。
問題→仮説→行動→振り返り
を健康を獲得するために全力でやっていて健康じゃないことで別の卓越したスキルを獲得しているのが面白かった。
健康法とかは一切書いてないんだけど、絶対的に不利な状況下でどうやって生き抜くか淡々と書いてあるのでマインドセットの意味でも参考になる。
年が増えるにつれて健康がこの世で最も大事だという確が強まっているし、周りの大切な人は全員もれなく健康でいて欲しいと祈るばかり。
Posted by ブクログ
私自身も体力がなく、体調も崩しやすいので普段気をつけることが多く参考になるかな?と思い読んでみました。
はじめは、わー!大変だ!とスラスラ読めてましたが、だんだんと単調というか読む流れが止まってしまいました。でも強く生きていこうと思えました。
Posted by ブクログ
俗に言う「44才の壁」にブチ当たり、
ふつうにちゃんと暮らすことのむずかしさを
ちょっと感じる今日この頃。
タイトルをみて「わ、わたしのこと?」って
目が合って、すぐ読んだ。
そしたら、ちょっと想像を超える虚弱体質な著者さんがそこに。
虚弱過ぎてノーマルに労働できない(つまりお金もない)方が、生き延びるためのルーティンをトラエラで確立されていらっしゃるところに敬服したよ。「できない」って開き直ったり、言い訳にしないの、かっこいい。
余談ですが「絶対に終電を逃さない女」って
サブタイトルかと思ってのだけど、
作家名だったとは!
人生折り返しの年齢、
納得できる自己形成をしていこうと思うのでした。
Posted by ブクログ
想像以上の虚弱!
病院行っても悪いところが見つからず、なかなか人に理解されないのはきついだろうな。
自分も体を壊してから健康がいかに大切か実感したので、若い著者の苦労が少しは分かるつもり。
Posted by ブクログ
身体的に体力が無いと様々な弊害があるのだな、そういう世界もあるのだなと気付かされる内容だった。
特に場面緘黙症と面前DVという部分では、自分にも心当たりがあり、幼少期に受ける影響は大人になっても大きく関わるのだなと改めて思った。
また、私も虚弱側に分類される人間であり、身体的体力にはそこそこ自信があるが精神的体力が本当に無い。そのような場合でも食事管理を始める、ラジオ体操やストレッチを取り入れるなど、セルフケアに転身させることで“健康”に近づけるのだなと本書から勇気を貰った。
この本を読んで“虚弱”とは何なのか、そこから見える世界はどのようなものなのか、多様性が問われる時代だからこそ、多くの人に読んでもらいたい。
Posted by ブクログ
健康が当たり前だと、健康になるために新しいことをはじめた際に「これをやったら調子が良くなった」という実感すら湧かないのだが、虚弱体質だとそういった効果のあるなしも分かるのだという新たな気づきがあった。
Posted by ブクログ
“人並みの限界と比べてはいけない。みんなこのくらい普通にやってるんだから、 などと思ってはいけない。「みんな一日八時間働いてるんだよ?」などと誰かに言われても、関係ない。人から見たら滑稽なほど浅瀬だとしても、それが確かに私の限界なのだ。
体力の限界というのはきっと、想像を絶するほどの個人差があるのだろう。”(p.85)
Posted by ブクログ
絶好調で毎日過ごしている人ってどのくらいいるのだろう?自己管理だけでそんなことできるのだろうか?無理してるつもりはなくとも辛い毎日を送るのは相当しんどいだろうな。わたしも1ヶ月に1、2回しかない、今日どこも痛くない、しんどくないという日を特別に思って生きていくことにする。
Posted by ブクログ
私も著者と同年代で、20代後半から丸一日健康で過ごせた日がないと思うくらい体調管理の難しさ、健康に生きることの難しさを感じている。前半は著者の虚弱エピで、想像を遥かに超えてきたので、なるほどと思ったが、1人で生きていくことについてどう自分に諦めをつけていくかには激しく頷いた
Posted by ブクログ
読んでいたら自分も少しは身体を大切にしようという気になってきて、ずっと気になっていた目の健康のために(目を使う趣味しかない)、家用の良い眼鏡を買おう…と決意した。
自分も仕事や自分の行動が原因で身体を痛め、日常生活がままならなくなったことがある。
痛みがあると、生活が不安に支配される。
何も考えずに普通に動けていた日々がどんなに幸せだったかその時に実感した。
著者の、「世界の中心が膝になった」はめちゃくちゃ分かるなあと思った。怖いよね膝の痛み。歩けなくなる…?この年で…?!と恐怖し、マシになった今でもストレッチはできるだけ毎日するようになった。不調時の恐怖を忘れられない。
Posted by ブクログ
話題の虚弱エッセイ。仕事するにも、恋をするにも、子育てするにも、オシャレするにも体力がいる。
自分も著者を見習って、もう少し自分を大切にしようと思った。