【感想・ネタバレ】永田鉄山の総力戦のレビュー

あらすじ

総力戦の時代、日本にどんな選択があったか

昭和史に新たな光をあてる!

昭和10年、人事抗争の末、陸軍省内で殺害された陸軍の最高頭脳、永田鉄山。彼が挑んだのは「国を守るための戦争か、戦争のための国家か?」という総力戦のパラドックスだった。その永田の国家総動員体制論と、国家観として、正面からぶつかったのが美濃部達吉「天皇機関説」であった。
トランプの関税外交ひとつとっても、国家と国家が、経済、政治、外交など
総力でぶつかり合う「総力戦」は、実は現代の世界にも通じる難問にほかならない。総力戦の時代、日本にどのような選択があり得るのか?

〈ひとたび総力戦が開始されると、国家の存続、国民の安全のためには、その国の軍事、経済、政治、社会生活、文化などのすべてを動員して戦わなければならない。これが「総力戦」の出発点のはずである。ところが、総力戦を前提とすると、「国民と国家を守るための戦争」であるはずのものが、「戦争のための国家」へと反転してしまう。それは、「国家総力戦」自体がもつ不条理の反映でもあった。国家の全てを賭けて戦わなければ生き残れない、という過酷な現実にいかに対応するか、という難問が、永田のテーマだった。〉(「はじめに」より)

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Posted by ブクログ

戦争のやり方が大きく転換する契機になったと言われる第一次世界大戦。人類が登場してから様々な理由で人は争いを続けてきたが、この大戦では、殺傷力の高い大量破壊兵器や近代的な戦車、飛行機による空からの攻撃(当然命中率は今ほど高くなく民間人にも被害が出る)などが登場した。同大戦に於いては期間も4年と3ヶ月の長期に渡り、世界中の国々が連合国とドイツを中心とする同盟国に分かれて戦いが続く。その犠牲者の数は、死者数が戦闘員900万人以上、非戦闘員700万人以上、負傷者が2,000万人と、それまでの戦争を遥かに凌ぐ死傷者がでている。ちなみに使われた砲弾は、13億発。これは日露戦争で使われた砲弾の500倍にも上という。日本は連合国側に加わっていたものの、欧州が主戦場となったため、大きな被害は被っていないが、この世界大戦が大きなインパクトを与えた事は想像に難くない。その日本に於いて軍隊が強いだけでは、その後の戦争に勝つのは難しく、国家のリソース全てを賭して戦う必要性にいち早く気付いたのは、本書に登場する永田鉄山や関東軍の石原莞爾である。彼らは当時の軍隊の在り方だけでなく国民が総出で戦争協力する必要性を訴え、科学技術力の発展、工業生産力の拡大、そして国民の意識自体を変革する必要性を説く。これが国家総力戦のベースになる考え方である。
前述の永田にしろ石原にしろ当時の帝国陸軍の軍人であるが、国家を戦争のために変革する為には、軍部だけでは実現できないから、次第に政治への介入を強め、日本が劇的に軍国主義に変わる契機を作ったと言っても良いだろう。特に本書の主題となっている永田鉄山はその中心的な役割を果たしており、彼の考え方がその後の太平洋戦争に至る流れに大きく影響を及ぼした事は言うまでもない。そうなると結果的には悪い方向性を作った張本人=悪人的なイメージになるが、世界大戦を経験した当時の各国では、そうしなければ自国を守り、混乱する世界の中で生き残ることは出来ない。それにいち早く気付いた人物という事である。永田自身も自分が進める施策が国家を守る為に必要であるとは言え、力をつける事でより軍事的に世界へ打って出る力(戦争をするための力)になり得る事にも気づき、そのジレンマに悩む事になる。
そしてその道は平坦なものではなく、皇道派と統制派の権力争いや、美濃部達吉による天皇機関説事件、要人暗殺など苦難に満ちた歩みとなっていく。それらは何も天皇を中心とした強力な国家づくりの為には必要だったといえるかもしれないが、急激に変わる国家体制はそれに見合う犠牲も出し続け、結果的には自らも職務中に暗殺されるなど、劇的な運命を辿った人物である。今なお永田が生きていればその後の歴史の流れが大きく変わったと言われる程、ある意味で神格化された人物である。
永田を取り扱う書籍は多くあるが、本作の筆者である川田稔氏は帝国陸軍のキーパーソンとなった人物個人にフォーカスした多くの作品を出しており、歴史背景と人物の関わり合いをわかり易く描いた物が多く読み易い。今年は戦後80年という節目の年であり、そこで永田を扱った作品を出したというのも大きな意味を感じる。永田が何に悩み、どの様にして強い日本を作ろうとしたのか、それを知る意味は大きい。それが右傾化していると言われる現代の政治を眺める時にも何か大きな参考になるだろう。永田の前に永田なし、永田の後に永田なしと言われる大人物ではあるが、日本という国の在り方を中長期に考察し、平和を希求する国民の1人として、こうした書籍に触れる事は大切だ。そして、読者の中に大きな印象を残す事にもなるだろう。

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2025年10月26日

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