あらすじ
兄秀吉を天下人に押し上げた豊臣秀長。
補佐役にとどまらず、一時は後継候補と目された実力者だった。
大河ドラマ主人公の実像に迫る。
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秀長の前半生は不明なことが多く、秀吉も謎だらけのよう。他の大名の兄弟にありがちな兄弟同士の争いがなく名補佐役、家康とも親密さが見えるところは、長生きしていればどうなっていたのか考えてしまう。
数多くの主君に仕えた藤堂高虎という人物に興味を持ちました。秀長の家臣で最も出世したようで、秀長亡きあとは秀吉、家康、秀忠、家光へ仕えたよう。秀長を支えた人たちにも興味深い。
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NHKの大河ドラマとは違った史実が実際の古書、手紙などから検証することで発見されている。その主な事で気になったのは、兄の秀吉に被り豊臣秀長の古文章などが少なく立証できなという。秀吉に仕える家臣は秀長の人柄に惹かれた者が多くその後秀吉の家臣(藤堂高虎など)になったと言う事実がある。秀長の性格としては実直で朴訥、温厚で、寛仁大度で太閤の欠点をよく補った、と言う。よって諸大名が秀長に依頼して太閤秀吉に取りなしを頼み、その安全を得たものが多かったともある。秀長(元服前は小一郎)で木下から羽柴、その後豊臣へと姓が変わる。元々は信長の直臣であった可能性が高く、木下小一郎として信長本陣の先陣の一人であり、1574年の長島一揆の攻めの時に名前が出ており、秀吉の直臣ではなく与力で秀吉とは距離をおいた別行動だったとある。秀長の活躍は但馬、播磨両国を平定したことが評価され、四国攻めでは秀吉に変わって軍勢の総大将として活躍、九州平定後には旧主の織田信雄、徳川家康などとの折衝するなど兄秀吉とは忠義を尽くし、北条攻めには参画できず51歳で没となる。
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兄・秀吉を天下人に押し上げた功労者・豊臣秀長。人材の乏しい秀吉の一族の中で、飛び抜けて有能な弟。割と有名な人なのに、資料が少なかったり分からない事が多かったりするみたい。この前読んだ『織田信忠』と同じ筆者なので、やっぱり筆者の気持ちが強くて…。とりあえず『豊臣家の人々』が読みたくなった。