あらすじ
暗算は得意なのに、なぜ日本人に理数嫌いが多いのか。その原因には、歴史的・構造的な要因があるのではないか?
物理学の泰斗がそんな素朴な疑問から、古来、人間の文化・文明に欠かせない「数の知識」と日本人社会とのかかわりを、たどってみるとーー。
12進法を使って土木建築を行ったといわれる縄文時代、ピタゴラスの定理で平城京を作り、飛鳥時代に日本初の元嘉暦を生む。奈良時代には正確な計測が不可欠な班田収授の法を採用するも、平安時代には「金勘定はいやしい仕事」と一気に理数離れが起こるーー。江戸時代の寺子屋と算術教育、日本初のサイエンス・和算の誕生、明治時代の算術から算数への大変換、そして戦後の数教育まで、5000年超の通史を豊富なエピソードで活写。理数科は単なる技術を支える手段ではない。数理に対する関心と尊敬心が高まる、ユニークな数学読本!/解説:上野健爾(京都大学名誉教授 四日市大学関孝和数学研究所長)
筆者の言葉)
「歴史家は数学に興味を持たない人が多く、科学史家はそれぞれの専門を守っている。理系に身を置いてはいるが、数学や歴史学に素人の筆者が本誌を書くに至ったのは、こんな事情であまり知られていない数の日本史に、現代人に強く訴えるものがあると感じたからである。
(中略) 社会の専門化によって閉塞感に悩んでいる現代知識人にとって、日本文化の意外な再発見と解放感をもたらすだろう」
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
縄文時代から現代までの数の歴史。明快かつ面白い。
・縄文遺跡から縄文尺(35cm)が三内丸山や高麗を含め環日本海で一般的。長野では40cmも。
・古代日本語の10は「とお(そ)」。みそ日、やそ等。10進法だが「はた」に一部20進法。
・班田収授等により役人の数学能力が向上。算博士は下級官僚。
・算博士が家学になると衰退。
・室町時代に土倉の金融業の発展等により実用数学。
・吉田光由1927「塵劫記」は中国の数学の教科書を吸収・日本に適用させ、初学者にもわかりやすく算盤計算方法も懇切に示したベストセラー。昭和になっても使われた。小学校の頃使った参考書に塵劫記の数の命名が複写されていたのを思い出す。
・関孝和 立体の区分求積法を考案したが積分とまでは言えない。多元高次方程式の算木と筆算による表記方法と解法を考案。
・菊池 大麓 箕作 秋坪の子にして9歳で蕃書調所の教授助。英国留学し数学と物理の学位、数学はケンブリッジ首席。明治の数学の確立者、和算史編纂。