あらすじ
新田義貞と足利尊氏は同格?→違う。新田が明確に格下
両氏は別の一族?→誤り。実は同じ一門
中世から現代まで、数多の作品の種本になり続ける『太平記』。
武士像はじめ、実は日本人の歴史認識を縛ってきた物語である。
その虚実に加え、「史観」の影響力を気鋭が最新研究で暴く!
司馬史観よりも強い「太平記史観」
足利尊氏、新田義貞、楠木正成、高師直をはじめ、『太平記』で描かれた武士像、話の構成は中世から近世、近現代まで何百年も日本人の歴史認識を縛り、現実にも影響を及ぼした。
例えば、徳川光圀の『大日本史』も『太平記』に依拠しており、その楠木正成像を筆頭に、尊王攘夷・皇国思想に「太平記史観」は繋がっていったのである。
重要史料だが、虚実ないまぜで取り扱いが難しい物語。高師直=悪玉の修正はじめ、歴史学と国文学の格闘の成果を示しながら、我々の歴史認識まで問い直す。
続々と塗り替えられる鎌倉末期から南北朝の世界像
■山名宗全も、徳川家康も、「足利一門」だった
■楠木正成は、鎌倉幕府の関係者だった
■尊氏との戦いは足利一門の分裂戦争。義貞は第三極を目指した
■鎌倉期、得宗は九代でなく「八代」とされていた
■源義経主従の話には『太平記』がベースのものがある
■鎌倉幕府滅亡の理由はいまだに不明
■新田氏と北条氏の関係は密だった
■吉野攻撃は高師直の独断ではなく足利直義の判断
【目次】
はじめに
第一章 太平記史観とは何か
第二章 『太平記』の基礎知識
第三章 太平記史観の諸相
第四章 太平記史観を超えて
おわりに
あとがき
参考文献
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
歴史は時代と共に変わっていく。過去は変えられないから、歴史自体は変わることがない、そう考える人も中にはいるかもしれないが、新たな文献の発見や歴史研究家達の日々の研究努力の中で、新しい説が生まれたり、今なお数多くの歴史研究のテーマは完全解決したとは言えない状況にある。少なくとも私が小学校時代に習った聖徳太子の様々な実績は、構成の作り話であるとか、呼び方さえも「厩戸皇子」に変わったりしている。必死に語呂合わせで覚えた年号もいくつかは変わってしまった。何より、「記録する」という行為自体が歴史を遡る程に技術面に於いても、体制面に於いても現代とは比べものにならないくらい未発達、かつ情報伝達力がメールに写真画像を貼り付けてボタンを押すだけの世界では無いから、話として伝わるまでにかかった時間に比例して歪められていくのは間違いない(結局人の記憶に頼る)。そして、最も影響を与えるのは、それを歴史として記録した人の立場や心情、思惑では無いだろうか。
中国は易姓革命の国として古くから何度も権力者が代わってきた。その様な国でも歴史の編纂事業は過去から何度も繰り返されてきたし、大凡国家事業として行う以上、時の権力者に批判的な内容は記載できない。加えて、皇帝などは自分の権威を高めるために、過去の支配者を散々にこき下ろす様な事は日常茶飯事に行われるから、益々事実とはかけ離れていく「新しい歴史」に変わる機会に溢れる。
そして本書が扱う「史観」。皇国史観や作家の名をとって司馬史観などよく耳にするが、一定の方向からの力が働いて、史実とは異なる内容で描かれていく、言わば思惑に支配された歴史観などがいくつか知られている。文学作品を書く事を生業にする作家が描く歴史ドラマは、特にヒーローイメージ、(倒したくなる)悪役の存在、神がかり的な知恵や武力などの能力を持つ人物など、面白さを重視した脚色、作り話に溢れている(勿論歴史物として描かれる以上、全体的に見れば合っているとしても)。本書はそうした中で、現代日本人が縛られている歴史観として「太平記」をテーマにしている。太平記はそもそも作者、成立年などがはっきりしない創作物であるが、これを多くの人は史実と読み違えて考えている。足利尊氏や新田義貞、楠木正成、後醍醐天皇、護良親王など歴史上実在する登場人物は勿論描かれているが、太平記自体が複数のバージョンが存在し、その後の研究者の説自体が複数存在するから、私たちが認識している彼らの活躍の一体どれが真実かははっきりわからない。私個人で言えば間違いなく幼い頃観たNHKの「大河ドラマ太平記」史観に支配されている。よって吉川英治=吉川史観とでも言うのだろうか。因みに話は逸れるが、柄本明演じる高師直、陣内孝則演じる佐々木判官(道誉)、高嶋政伸演じる足利直義、大地康雄演じる一色右馬介など、ハリウッドでも活躍する真田広之の足利尊氏を支える助演陣の演技が凄すぎた事、脇を固める俳優陣の演技力の高さが記憶の大半を占める。間違いなく私の中での大河ドラマNo.1は太平記である。
思わず大河に逸れてしまったが、本書タイトル「太平記史観」とは、現在の歴史記述や物語に大きな影響を及ぼした(物語なのに史実に影響を及ぼしてしまった)太平記について、筆者が様々な角度から分析を試み、我々の認識の誤りを訂正していく内容となっている。一例を挙げると、本の帯にも示される通り、新田義貞が尊氏といかにも縁のない同格の敵役に見えるが、新田義貞は足利尊氏の一族の諸派であり同格に扱うべき人物に有らず、と言ったものだ。確かに私はてっきり足利一族に敵対する成り上がりの武将といったイメージを新田に持っていたから、だから本書を手にしたと言っても良い。それだけでなく自分の知っている太平記と比べながら読むも良し、太平記は知らずとも鎌倉幕府滅亡から室町幕府へと変遷する動乱期を知る目的でも良し、楽しめる内容となっている。
我々が知る歴史とは自分が学んだ歴史であり、その教科書(私なら山川の日本史)の歴史だ。そして実は自分が歴史だと思っていたことが、実は創作物であったり、せっかく覚えた歴史がいつの間にか新説により変わることなど日常茶飯事だ。だがそれこそが歴史の面白さであり、誰もその過去を見た事が無いような古い時代なら、尚更難解なパズルのピースを繋ぎ合わせ、足りないピースを探したり予想したりする事が歴史の楽しさでもある。またいつか筆者の様な人物が何処かから新しい発見を齎す事に期待する一冊だ。
個人的には楠木正成にもう少し触れても欲しかった。