あらすじ
かつて喫茶店で働いていた鳴海は、菓子メーカーの創業一家・南雲家から子守役として雇われる。そこで出会ったのは、気難しい少年の栄輝と、美しい年上の奥様・彌栄子だった。次第に心を通わせていく三人だったが、ある出来事をきっかけに、彌栄子から「二度と会わない」と鳴海は突き放され、関係が途絶えてしまう。
それから二十年。大人になった栄輝から、ある日突然「母がそちらに行っていませんか」と電話が掛かってきて……。
きっと、ページをめくるたび、あなたは力を取り戻していく。
傷も時間も刻んだ体で、どこまでも自由に踊り出すための物語。
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#ぬすびと
寺地はるな
双葉社
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もう二十年も昔のことーー。
「何を今更?」
そんな風に思うかしら。
でもね、
大人になればわかる。
一年も、十年も変わらない。
鮮明な記憶ほど、
大切な記憶ほど、
時は止まり、昨日のことのように、
いつだって鮮明に覚えているの。
傷も。
宝物も。
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若く無鉄砲だったわたし、鳴海。
美しく慎ましかった奥様、彌栄子。
気難しい性格を持った、その息子の栄輝。
若かりし頃に断絶されてしまった絆。
栄輝から掛かってきた1本の電話を境いに
20年の歳月を経て、再び邂逅する。
ーーーーーー
『ぬすびと』『泥棒』
この言葉をどう捉えるだろうか。
読み終えた時に、この言葉の意味をもう一度考えることになるだろう。
ーーーーーー
『人の強さ』とは。
『守ること、与えること』とは。
『その人をその人たらしめる』ものとは。
一体何なのだろうか。
この物語を読んで、
ひとりひとりが紡ぐその言葉を受け取ってほしい。
あたたかいご飯に豆腐をのせて、刻んだネギと鰹節をたっぷりかけて、醬油をじゃっとまわしかける
この人ほどさびしがり屋な人間を、わたしはほかに知らない、と思った。ひとりでいることをとにかく恐れ、愛するよりも愛されたがる。
母にとっては配偶者も五人の子どもも、孤独な心を守るための緩衝材に過ぎないのかもしれない。
人の尊厳は、理不尽な扱いをうけるたびにごりごりと削りとられていく。つまりそいつらは、尊厳泥棒ということだ。
自分はぜったいに罪を犯さない。そう言い切ることのできる人が、わたしはうらやましい。どうしてそんなに真っすぐに、自分を信じられるのだろう。
「そうね。あなたと一緒なら、きっとだいじょうぶね」
「でも、知らないことを恥ずかしいことだとは思いません。人に教えてもらえば済むことですし」
やったことがないのとできないのは違う
嘘がほんとうになるからよ
言葉は、人の気持ちを試すために使っちゃだめだよ。
自分はきっと器の小さい人間なんだろうと思っている、でも小さい器をたくさん持つことはできると思っている
助けてくれよ、鳴海。あんたは僕を守るために雇われてたんじゃないのかよ
僕を守る態で、遠ざける。与える態で、ぜんぶ奪う。
みんなは鳴海を泥棒と言うけど、ほんとうの泥棒は母と父だ。ぼくからいろんな可能性を奪った
いや強いから現実に向き合えるんじゃなくて、向き合うたびに強さを取り戻す人なのかもしれない。
恋人でも、それ以外でも、誰かと別れた時には心に穴が空く。あるいはふちが欠け、ひび割れる。
傷こそが、欠損こそが、その人をその人がらしめる。
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とても良かった。
気が強いようで実は面倒見のいい鳴海にすごく好感を持った。売られた喧嘩は買うような性格だから勘違いされることも多いだろうけど。。
暖のゆるい感じもよかったし、読後にいい余韻が残る本だったな。
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やっぱり寺地さんの小説が好きだと噛み締める。優しいけど強く逞しくあったかい。鳴海と彌栄子、おばさんとおばあさんの友情が素敵で尊く感じる。喫茶店でバイトをしてた鳴海が5歳の男の子守り、しかも住む世界が違うと感じるほどの家で。タイトルの「ぬすびと」は実は大切なものだったんだと感じる。鳴海と暖(夫)の関係ややり取りがすごく好き。この男と死んでも別れたくないと思えるって幸せだよね。特にこの物語の中では強く感じる。彌栄子が現実に向き合うたびに強さを取り戻せる人で良かった。どの言葉もほんと大好きだし心に刻みたくなる。
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誰もが正しくなんて生きられなくて、もがきながら、まちがえながら、毎日を生きる。そんな日々の中でも、誰かのことを想う気持ちは、とてつもなく尊くて愛おしい。彼女たちの関係性はとても素敵で、歳を重ねてもそれが変わることはなかった。帯に書かれている、「傷も時間も刻んだ体で、どこまでも自由に踊り出すための物語」という言葉が、全てだった。切なさや苦しさを感じながら読み進めているうちに、いつの間にか前を向いていた。大切なものをもらえた気がする。不思議と気持ちが軽くなった。
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鳴海はバイト仲間のエミリに子守りバイトを紹介された。なぐも製菓の社長夫妻の息子さんだ。栄輝は幼稚園児だったがほとんど登園していない。
南雲家ではお手伝いの三枝さんなど、楽しい時間を過ごした。特に奥さんの彌栄子さんとは気が合った。夫の忠雄さんとはうまくいかない。
恋人の暖とはうまくやっている。弟の宏海は問題児だ。トラブルを起こして警察に逮捕された。弟を落ち着かせて南雲家にいってみると、解雇された。忠雄さんが倒れた。
20年経った。母がそちらに行っていないか?と栄輝から電話がある。翌日電話してみると、すぐに帰ってきたらしい。
彌栄子さんを訪ねてみた。お墓に忠雄のお骨を収めたらしいが…
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寺地作品の好きを更新。
明るいだけの話ではないが、
独特のユーモアや造語にクスッとし、
好きな会話や場面もたくさんあった。
子どもも含めた人との距離感やそれぞれを尊重する向き合い方には、いつもハッとさせられる。
過去の失敗も別れも、傷も、それこそが人を作り、いつからだって踊り出せると、押しつけがましくない優しさで、背中をそっと押してもらえた。
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寺地さんらしく、優しくそっと寄り添ってくれるような小説。主人公の鳴海は昔子守係として働いた南雲家で一悶着あり辞めて、それから20年経ち…というストーリーだが、育ちの良さ悪さ云々いう鳴海さんの南雲家に働いていた頃と辞めるきっかけになった出来事がそんなことが大きな確執となるのか…というかんじなのと、20年経ってあったらわあ!と意気投合じゃないけど、息子も覚えてるの?ってかんじなのは気になった。あとは優しく心情に寄り添うストーリー。旦那の暖くんはダメンズなのかと思いきやそうでもなかった。ちょっといろいろ詰め込まれて最後はとっちらかったかんじ??なのかな。
でも心情を丁寧に描く寺地さんらしい小説。
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なぜ本を読むのかの問いに
「器を増やすため」
とこたえが示されていて、
すごく印象に残った。
大きすぎる感情を小さな器に注げば溢れる。
知っている言葉が増えると、
いままでただ「むかつく」で処理していた感情を「こんなふうに言われて恥ずかしかった」「傷ついた」「みじめだった」「でもみじめだと認めたくなかった」「だから強い態度をとった」と細分化できる。
それぞれの器に注げば、溢れ出さない。
小さな器をたくさん増やすために本を読むのだ、と。
私は本を読むのが好きだったから、好き以外の理由を考えたことがなかったけど、ほんとにその通りだなとすごく感銘を受けてしまった。
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あらすじを書くのが難しい作品でした。
自分が他人に影響を与える人間ではないと思っていても、少なからず影響を与えているものだと感じました。
その影響により互いに成長していく喜びが描かれているのかなとも思いました。
たぶん、何回か読むことによって読後感は変わる気がします。
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現在清掃の仕事をする45歳。20年前に金持ちの5歳の息子の子守をしていた。その家庭との絶妙な距離感を描く。
粗筋の説明が難しい。↑ので合ってるか心許ない。話はなかなか面白かった。言葉を人を試すために使っちゃダメだよという言葉が突き刺さる。
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交わらないはずの二人の人生が少しの間重なったことによるつながり。主人公が働きにいくことになる屋敷の子供栄輝がかわいい。お金持ちはお金持ちなりの悩みがあるんだなと思った。当たり前だけど。
鳴海と弥栄子の関係性も良かった。二人の友情が素敵。
鳴海の夫の本を読むのは「器を増やすため」というのが印象深かった。幸せは他人が決めることじゃないんだな。
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本の核となる感情•行動は醜い描写が多いのに、なぜかほっこりする話。その醜さこそ人間らしくて、その醜さの中に人間の温かさを感じるのだろうか。
登場人物が傷つけ合いながらも、お互いに信じ合って、少しずつ成長していく姿に希望を感じた。
合わない月日があっても、そういう時を過ごした人はずっと特別で、必要なタイミングで再会するのかもしれない。
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もうすでに2回読みました…
この短期間でも、1回目と2回目で感じることが少し違っていて、なんだか不思議。
それだけ、読む側の状態によってさまざまな受け取り方ができる物語なんだと思う。
寺地はるなさんが描く女性は、いつもどこか物事から一歩引いて、俯瞰しているところがある気がする。
この物語の主人公・鳴海も、どんな出来事にも冷静に向き合える女性。だからこそ、誰もが手を焼いていた少年・栄輝の子守が務まったんだと思う。
けれど、そんな彼女が栄輝の母・彌栄子に対してだけは見せる、普段とは違う一面――。その心の動きの描き方が、またすごく良くて…!
そして、この物語の核は、タイトルと装丁に込められていると思う。読み終えたあと、もう一度じっくり見てほしいです。
血のつながりとか関係なく、人と人はこんなにも深く繋がれるんだなって、心の奥深くに刺さった作品でした。
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傷ついた人たちの人生を描いているのに、全体としてやさしい光がある本だった。
人と人との関係は立場ではなく、その人自身の魅力や相性によって作られていく。それを体感させてくれた。
鳴海と彌栄子は、雇われ人と雇い主という関係ではあるけれど、それだけでは言い表せない特別なつながりがあったように感じた。お互いが、立場ではなく相手の人となりそのものに惹かれているところが印象的だった。
私はもともと、人との関わりの中で
立場や役割よりも、その人自身とのつながりを大切にしたいと思うタイプなのだと思う。
だからこそ、現実の中で「ここから先は踏み込まない」という線引きを感じると、少し寂しくなることがある。
そんな自分にとって、この作品の中にある、立場を超えて相手に惹かれ、関係が少しずつ育っていく様子はとてもあたたかく感じられた。
また、過去に傷ついた人でも、誰かとの関わりによって少しずつ前を向けるのだというところに、この物語のあたたかさがあると思う。読み終えたあと、静かだけれど力をもらえる作品だった。
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子どもの気持ち
子どもを思う大人の気持ち
どちらも大袈裟じゃなく、愛情深い。
親子の関係性、愛情や友情を描くとなると、寺地はるな先生は1番なんじゃないかと思ってます。
先生の作品はいつも適度な距離で子供と向き合う大人が描かれ、自分もこうありたいと思わせてくれます。
ストーリーは明るく楽しい内容ではありません。厳しい現実、恵まれない家族環境、それぞれに抱え悩みながらも最後は糸口を見つけ希望が見える。
主人公鳴海の芯のある性格や、彌栄子さんのやわらかさ、栄輝のやんちゃぶりが、本当によくわかり共感しました。最後のほうは…涙が堪えきれません。
(唯一、暖…格好良すぎるのでは…)
とても素敵な作品でした。
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必死で働きながらかつかつの暮らしをしている鳴海。穏やかだが嫌なことはしない主義で仕事が続かない夫の暖と2人暮らし。
彼女が若い頃、子どもの世話をするために出入りしていた、菓子メーカーの創業家家族との別れと再会。
最初からやる機会を奪われていた人間が自分の可能性を取り戻していく物語。
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読みやすかった
みんなそれぞれ身内のことで悩んでいるんだけど…
やえこさんと鳴海 栄輝の関係性がイマイチ ぴんとこなかった
暖の「知ってる言葉が増えるのって、器が増えることだと思う」という言葉はとても合点がいった
Posted by ブクログ
45歳の田原鳴海が、20年前に経験した菓子メーカーの子守の仕事。成長したその子供から鳴海に連絡があり、20年前の記憶が蘇る。
鳴海さんの歯に衣着せぬ心の呟きが楽しい。めちゃくちゃなようでいて筋の通った鳴海、どういう性格なのかよくわからない鳴海の夫、現実にはあり得ないだろうという誇張された親子関係などなどキャラクターは盛り沢山だが、いまいち響かなかった。
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鳴海と彌栄子という二人の女性の、年齢や立場を超えた二十年越しのシスターフッドにやさしさと勇気をもらえるような読後感だった。真珠は年を取ってからのほうが似合う。
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鳴海、彌栄子は会わないと言った20年後に会う。
傷も時間も刻んだ体で、どこまでも自由に踊り出すための物語。
ということだが、あらすじを簡単に述べるのが難しい話で、色んな解釈と味わいがあると思う。
まあまあの読後感。
「本を読むのは器を増やすため」というのは同意。
Posted by ブクログ
若い頃、子守に行くことになった家庭で巡りあったやんちゃな子供とその母親。
お互い気持ちを通わせ合うが突然関係が途絶える。20年後再会して話してみれば、あの頃の気持ちの通い合いが懐かしく心地よい。
ぬすびとと呼ばれても何てことない、そんな感じだったかな。
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人が自分らしく生きることは、何故こんなに困難なのだろう。
家や家族に縛られ思うように歩けない人達がいる。
菓子メーカー創業一家に生まれ長く自分を押し殺してきた南雲彌栄子。
ひょんなことからこの家で子守役として働くことになった鳴海。
環境も立場も異なる二人の、偶然の出会いに心躍る。
だが、関係が結ばれそうだった矢先、ある出来事を機に二人は離れてしまう。
二十年の歳月が流れ、再び向き合うことになった二人。
世の中は不公平と不条理に満ちている。
それでも、あちら側とこちら側を分ける境界線なんていらない。
世界はひとつなのだから。
Posted by ブクログ
鳴海と彌栄子の物語、でいいのでしょうか。
あの環境だったからこそ会えたけれど、
あの環境だから2人は一緒にいることができなかった。鳴海が本当に盗んだものは彌栄子の気持ち。偽りの気持ちを盗んでいったのだと感じました。
2人の関係は一体なんなのか。
友情では足りない。愛が近い。けれど恋人に対する愛でも家族に対する愛とも違う気がする。
わたしが鳴海の年になればわかるのか、
それとも彌栄子のような存在に出会った時に気づけるのか。2人の存在は尊いもののように感じました。
そしてp194の「わたしたちは踊れる。まだ、こんなに踊れる。音楽がなくても。腕がうまく上がらなくても。息が切れても。通りかかる人に指をさして笑われたとしても。」「わたしたちはいつだって踊り出せる。わたしたち自身がその気になりさえすれば、どこででも、誰の前でも。」
この文章がすごく好きだと思いました。
Posted by ブクログ
鳴海と夫の暖の生き方がまずつらい。このまま読んでて大丈夫?って思いに。そこを耐えて終盤にむかうと”ぬすびと”の何たるかがわかっていくことに。自分では意識せずいった言葉で人の人生を誤解させ狂わせてしまうことがありながらもその誤解が解けていくこともあるのですね。自分にとってはすこし暗くて悲しくとらえられてしまったタイトルのぬずびとと表紙がなんか違うな?と感じた。