あらすじ
「頭がいい」とは、いったい何を指す言葉なのか。
成績がいいこと? 仕事ができること? 地頭がいいこと? 空気が読めること? 主体性があること?
私たちは学校から職場、さらには私生活に至るまで、無意識のうちに「頭がいい/悪い」という尺度で人を測り、また自分自身も測られてきました。
いまや、書店には「頭がいい人の○○術」のように、「頭がいい」をタイトルに冠する本が氾濫しています。
この曖昧で便利な言葉が広く使われるようになった背景には、〈能力主義〉の存在があります。
能力主義とは、「能力」を個人の資質や努力の結果とみなし、優れた者が多くを得ることを正当化する考え方です。しかし現実には、運や環境、偶然といった要素までもが「能力」に回収され、「評価に晒され続けること」が当たり前になった社会は、多くの人に生きづらさをもたらしています。
外資系コンサルティングファーム勤務を経て独立した著者は、「頭がいい」という言葉の曖昧さを手がかりに、能力主義が生む生きづらさの構造を解きほぐしていきます。
■「頭がいい」子に育てたい、という親の願いは正義なのか。
■「私、頭が悪いので」という前置きに込められた意味とは。
■「頭がいい」は、本当に〈良い〉ことなのか。
評価に振り回されずに生きるための、ポスト能力主義の思考を提示します。
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Posted by ブクログ
タイトルに惹かれて読みました。
内容は、頭がいいについて過去の出版物との比較、海外からの視点、社会からの視点など様々な視点で分かりやすく比較されていていて非常に読み安かったです。
頭がいいことは、要領がよい人を指し変わらないものと思っていました。
しかし、この本を読んで頭がいいも時代とともに変わっていくものだと知りました。
考え方が固まり始めてしまったと気づき、変わらないものはないと自分に戒めていきたいと思います。
Posted by ブクログ
頭の良さとは何だろう?この切り口に、読む前から星5を付ける。
しかし今まで、頭の良さとは何だと考えたことがなかったのが悔しい!まさに、不安を煽られ無意識に商品を買わされていた気分だ。
ただ、私個人が頭が良いなと思う人を思い浮かべてみると、良い意味で、単なる要領が良い人だった…
Posted by ブクログ
うまく生きられないのは自分の頭が悪いから・・・と、自分責めをしてしまう人におすすめです。
私自身、頭が良くないことにコンプレックスを抱えていましたが、そもそも「頭がいい」とは一体なんなのかが分析されています。
この本のおかげで、頭がいいことが礼賛される社会の構造が分かりました。
書店には、『頭がいい人がしている〇〇』のような本がたくさん並んでいます。
興味をそそられることもありましたが、これからはそのような本は鼻で笑えそうです(笑)
Posted by ブクログ
勅使川原真衣『「頭がいい」とは何か』を読み、資本主義社会の中で当然のように受け入れてきた能力主義を改めて問い直さないといけない。能力や成果によって人を評価する考え方は、現代社会では当たり前の価値観のように見える。しかし著者は、その前提そのものを疑い、本質的な問いを投げかけている。
自分たちは資本主義社会の中で育ってきたため、知らず知らずのうちに能力主義的な価値観を身につけている。福祉の現場においても例外ではないと思う。ケアを目的とした仕事でありながら、そこで働く職員は資本主義社会で形成された価値観を持っているため、組織の中では能力主義に近い構造や評価が生まれやすいのではないか。
しかし福祉の現場で能力主義が強まれば、そこには優生思想につながりかねない危うさを持っている。人の価値を能力で測る考え方が強まれば、ケアの思想そのものが揺らいでしまう。
だからこそ、福祉の現場だけでなく、社会全体が能力主義から距離を取り、ケアを中心とした価値観へと移行していく必要があるのではないか。本書は自分たちが無自覚に受け入れてきた「頭のよさ」や「能力」という概念を問い直し、社会のあり方そのものを考え直す一冊だと思います。
Posted by ブクログ
日頃から「賢くなりたい」と思っていたためタイトルに引かれて手に取った……のだが、本書は「頭のいい人になるため」の本ではなく、序盤で「人々は『頭の良さ』という曖昧な基準に踊らされている、自分の頭が悪くないこと(または良いこと)を確認したくてその類の本を手に取る」と看破されており、顔から火の出る思いであった。
しかしながら何故人は「頭の良さ」をこれほどまでに気にするようになったのか、分析を重ね、その本質を見抜いた上で脱「能力主義」を掲げている。
作者プロフィール、また序盤でも「教育社会学」というワードが飛び出し、軽度ながら自らも教育社会学を学んだことがあるので「『頭がいい』を分析するのは本当に教育社会学か……?」と疑問に思っていたが、本書終盤で見事に教育社会学の分野に着地していて鮮やかであった。
自分は頭がいいと思っている人、少なくともバカではないと思っている人、自分は頭が悪いと思っている人、つまり全ての人に読んでほしい1冊。
Posted by ブクログ
私自身、テストの点数や運動神経、コミュニケーション能力などによって人に優劣をつける考え方があまり得意ではない。しかし一方で、努力している人がまったく評価されないことにも不条理を感じていた。この本は、そうした自分の中の矛盾や悩みに対する答え、あるいは糸口となる考え方を与えてくれた。
特に印象的だったのは、「頭がいい」という言葉の曖昧さについての議論である。普段何気なく使われている言葉だが、実際には何を指しているのかは非常に不明確であり、人を評価する便利なラベルとして機能している側面があることに気づかされた。また、「スーパーマン信仰」や「やり方が分からないことは、やらない理由にはならない」という考え方への批判も、私が以前から抱いていた違和感を言語化してくれるものだった。
私は高校生であり、受験を目前に控えている。そのため、小学生や中学生が将来のために必死に勉強している姿や、「よい大学に進学しなければならない」という社会的な圧力について考える機会が多い。勉強そのものを否定するつもりはないし、学ぶことを楽しめる人もいるだろう。しかし、近年では生成AIの発達や雇用環境の変化によって、従来の「よい学校に進み、よい会社に入ることが成功である」という価値観も揺らぎつつあるように感じる。そのような状況にもかかわらず、多くの人が同じ方向を向き、同じ正解を目指していることに私は強い違和感を抱いていた。
この本を読んだことで、その違和感の正体について考えるきっかけを得ることができた。私は一般的に「優秀」とされるような、理解が早く、コミュニケーション能力が高く、粘り強く努力し続けられる人間ではない。しかし、それでも自分にできることはあり、自分にしかできない役割もあるのではないかと以前より強く思えるようになった。
本書は、「頭のよさ」とは何かを問い直すだけでなく、人それぞれの価値や能力について考える機会を与えてくれる一冊だった。私自身、多くの気づきと新たな疑問を得ることができた。そして将来、今よりも多様な生き方が認められ、「生きづらさ」を感じる人が少しでも減る社会になってほしいと願っているし、そうできるよう微力ながら努力したいと思う。
Posted by ブクログ
本屋でよく売れるシリーズに「頭がいい人だけが知っている○○」「頭がよくなる○○」などの名前を冠した本が多くある昨今。
ファスト教養(レジー著)でも指摘されていた教養シリーズももしかするとこれらに該当する部類なのかもしれませんが、そういった「頭がいい」って一体なんだっけ?ということを能力主義の観点から批判的に眺めています。
学力があるから優秀?資格をいっぱい持っているから優秀?といったことや、運があるのも努力の副産物なのか?という点については自ら考えさせられることになりました。
1on1を通じて評価に悩む中間管理職が増えているという声が寄せられている話もあり、今後自分がマネジメントの立場になるときに読み返したい、再考したいと思えました。
Posted by ブクログ
「頭がいい」とは何か?
日々生成AIをそれとなく使って「業務効率化」「タイパ」「コスパ」を重視してるフリをしながら仕事をしてる風の自分からすると、実に気になる問いとタイトルで、書店で直ぐに手に取って買ったその日に読み終えてしまった。
本書では「頭がいい」本ブームの変遷から入り、「頭がいい」の定義の曖昧さや、問題点を提起している。
読み終えて、まずこの本のタイトルを見て本書を買った時点で、自分自身は多少なりとも頭がいいと自認している反面、自分が馬鹿だと判断している人を排除している自分がいることに気付かされた。恐ろしく傲慢な話だ。
「頭がいい」という現代人の呪縛から解き放たれるための入門書としてとても良いの本なのでは?と思う。
Posted by ブクログ
頭がいい、って一体何?
ChatGPTに尋ねてみたら、10個くらい出してくるそうです。
人によって定義が全然違う!ってこと。
それほど曖昧なのに、皆の中で大事に扱われる“頭がいい”
僕は18歳までの思春期の時間の多くを、勉強で評価するから、だと思っている。
日本の全員がこれで評価されるレースに参加してきた。
そんな共通言語は他には一切ない。
18年かけて、皆の頭に刷り込まれている。
バカの壁に始まる “頭がいい”ブームの起こりを紐解きながら
曖昧なのに評価に使われ、社会を息苦しくしている
とこの本では論じられている。
学生時代に勉強の評価が高かった人は
「頭がいいことはいいことだ。これは自分が勝ち取ったものだ」と主張する。
学生時代に勉強の評価が悪かった人は
「頭がよくても仕事ができなきゃ意味がない」と主張する。
これはポジショントークであり、どの立場の人も自分自身を肯定したいだけだ。
本屋に行けば、頭がいい、という本が山積み。
頭がよい、が世の中に求められていることがよく分かる。
結局は、この“頭がいい”を評価に使用している人は
それをアイデンティティーの1つとして誇りに思っているし
何ならそれで得をしてきた人たちである。
猫も杓子も頭がいい必要などなくて
それぞれが自分の持って生まれた能力を上手く発揮すれば、それで十分だと思う。
だからこそ、“頭がいい”に惑わされないための1冊
Posted by ブクログ
個々の能力を追い求めるでなく、共創を心がける。
頭が良いという言葉はよく使われるが、果たして何を指すのか、本書はまずベストセラーなどを通してそれを解きほぐそうとする。結局、環境や時代により求められる頭の良さも変わる、というのは、ある意味身も蓋も無いが個人的には納得感がある。
この実態の知れないものを追い求めていくのは、息苦しさに繋がるということ、そこから距離を置く対策が、個々の悪いところを認め合い協力していくということも、分かるなと感じた。
一方、本書のコラム部分を読んでいて、某紙を長らく読みときに寄稿もされているというのを知れたのは、ある種収穫。
この著者の本を何冊か読む中で、概ね同意できるが一定の距離は置きたくなる要因が、今回で納得できたように思う。