あらすじ
大晦日。仕事でくたくたに疲れて帰宅した瞳を迎えたのは、がらんとした室内。同棲をしていた彼氏が家を出たことを悟り、年末の人混みをかき分けるようにして駅へと向かう。彼氏の姿はもちろんなく、途方に暮れ泣き出す瞳。そんなとき、オレンジ色をまとった女性・乃果から声をかけられる。
「おいしいもの食べに行こう」。突然の誘いに戸惑う瞳だが、つらいときこそ食べなきゃ、と、太陽のようなあたたかい笑顔に思わず頷いてしまう。連れられて入ったレストランで出てきたごま豆乳鍋。その熱さと濃厚な旨さに、またどんどん涙がこぼれていく。こんなにも悲しいのに、ごはんがおいしいなんて――。そして、瞳は思った。「私、生きている」
大晦日に出会ったどん底の二人が「人生最高」のごはんでトラブルを乗り越える! やさしくおいしいご自愛ごはん小説
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
辛いときこそ美味しいご飯を食べないとって
本当にその通りだと思う。
落ち込んだときの温かいごはんは
驚くぐらい美味しくて身に染みるし
不思議と力が湧いてくる感じがするから。
そして
「腹が減っては戦ができぬ」って
ことわざもあるくらい食事は大事だと思う。
他の人とそれぞれの最高ごはんを
共有して語り合えたら素敵だろうなぁ。
Posted by ブクログ
あなたにとって『人生の最高ごはん』は何でしょうか?
私たちは一日三食、何かしらの食事を摂りながら生きています。一方で私たちの毎日にはいろんなことが起こります。必ずしも楽しいことばかりではないでしょう。突然の悲しみに打ちひしがれる、長い人生の中ではそんな瞬間を経験することもあるかもしれません。しかし、どんな時であっても私たちは食べ続けなければ生きていけません。食べることなしでは、見えることも見えなくなってしまう、そう、冷静さを失ってしまうことにも繋がりがちです。”食”は私たちにとってなくてはならないもの、それはそんな瞬間にこそ感じるものなのだと思います。
さてここに、『人生の最高ごはん』を描く物語があります。『私の人生で一番おいしかったものは、いったい何だろう』と自問する主人公が登場するこの作品。そんな彼女が『今日のごはんが人生で一番だったかもしれない』という思いに到達する瞬間を見るこの作品。そしてそれは、『食べることは生きること』という言葉に読者も頷く瞬間を見る物語です。
『生まれて初めて、こんなに走った』、『まだ、間に合うかもしれない』と、『駅までの道を全速力で走り抜け』たのは主人公の夏山瞳(なつやま ひとみ)。『大きな荷物を持った家族連れ、こんなに寒いのにTシャツ姿の外国人観光客、着ぶくれた主婦らしき女性などをひとりずつ目で追い、呆然と』し、『いない』と、『見覚えのある顔はいない』ことを思う瞳は『やっぱりいない。もう、どこにも』という中に『思わずしゃがみこ』みます。『彼がここにいないという現実を呑み込むしかないんだ、と手を握りしめた』瞳は、『よく考えれば当たり前だ。稔が何時に出ていったかなんて、わからないのだから』と思います。『三年間も一緒に暮らしていたのに』『もぬけの殻だった』と、『稔の部屋』を思う瞳は『声にならない嗚咽がこみあげ』『両手で顔をおお』います。そんな時、『あの…大丈夫ですか?』、『ねえ、お姉さん、大丈夫?』と『肩を控えめにトントンと触られて、びくりと顔をあげ』た瞳は、『すぐ隣のベンチに、若い女性が座ってい』るのを見ます。『二十代前半くらい』という女性は『若々しく、おしゃれで、エネルギーに満ちてい』ます。『駅員さん、呼びます?』と訊かれ『いえ、大丈夫です。体調悪いとかじゃ、ないんで』と返す瞳は、『十歳ほども年下の子に慰められていると思ったら、急に情けなくなっ』てきます。そんな瞳に『お姉さん、これから何か用事あります?』、『私、すごくおいしいもの食べに行くんですけど』と言う女性は『一緒に行きませんか?』と誘ってきます。『突然の誘いに、思考が追いつかない』瞳は、『つらいときほど、食べたほうがいいですよ』と続けられる言葉に『気持ちの整理もつかぬまま』『連れられて』いきます。そして、『辿り着いたのは、どこか懐かしさを感じる建物』。『レンガ造りの壁、古びた木製看板、ほんのり灯る暖色のランプ』という『レトロな喫茶店のような外観』の建物には『レストラン鈴』と記されていました。『駅の近くにこんなお店があったなんて、知らなかった』という瞳の一方で、『こんばんは〜』と『木製のドアをすいっと開けて』『明るい声を出』す女性。そんな女性のあとに続く瞳は『あたたかい店内に足を踏み入れた瞬間、炒めたバターの香ばしさと、ふわりと漂うコーヒーの香りが鼻をくすぐ』るのを感じます。『ぐう、とお腹が鳴』った瞳は、『昼にプロテインバーを一本齧っただけで、あとは何も食べていない。だって、夕飯はゆっくり家で、稔と食べるつもりだった』ことを思い出します。『あら〜、いらっしゃい。久しぶりね。お連れさん?』と『四十代くらいの女性が席に案内してくれ』る中、『はい。二名で』と返す女性。そんな女性は『ここのごま豆乳鍋が最高なんで、一緒に食べましょう』と、『きらきらした笑顔を向けて』きます。『ごま豆乳鍋、玄米ご飯セットふたつで』、『かしこまりました』とオーダーを済ませる女性はその後も何気ない会話を続けます。『昔からの友達みたいに話す彼女を見ていて、少しだけ冷静になってきた』瞳『の頭にはふと危険信号が灯』ります。『何かの勧誘だろうか』、『こんな親切が突然降ってくるなんておかしい』と、『もんもんと』しだした瞳。そんな時、『お待たせしました〜』と、『美人マダムが』『一人用の小さな土鍋』を運んできました。『湯気の立ちのぼる鍋の中には、まろやかな豆乳の白いスープがたっぷりと広がり、ほんのりと香ばしいごまの香りが漂っている』という中に『ごくり、と唾を呑』む瞳は『いただきます』と『向かいの彼女が言う』中に『あわてて手をあわせ』ます。『レンゲで熱々のスープをすく』い、『ふーふーと息をかけてからそっと口をつける』瞳。『はあー…全身に旨みが沁みわたっていく感じ、やっぱり最高だな』と『うなるよう』に言う彼女。やがて『胸のあたりがどんどんあたたまって、その熱に触発されてまた涙が滲んできた』瞳は『稔にも食べさせてあげたった。もう会えないのか』と思います。『おいしい…。悲しいのに、こんなにも悲しいのに、ごはんがおいしいなんて』と、『涙が止まらないのに、食べる手も止まらない』という瞳。やがて、『スープも一滴も残さずに食べ終えて、「ごちそうさまでした」と手を合わせる』瞳は、『鍋の底が見えた瞬間、少しだけ肩の力が抜け』ました。『おいしかったですか?』と訊く女性は『私、楠乃果(くすのき のか)です。乃果って呼んでください』と語りかけてきます。『あ、乃果さん。私、夏山瞳です』と返す瞳。そんな瞳と乃果が『人生の最高ごはん』を更新していく日常が描かれていきます。
2025年12月25日に刊行された秋谷りんこさんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2025年10月に窪美澄さん「宙色のハレルヤ」、11月には木爾チレンさん「哀を飲む」、そして今月には町田そのこさん「コンビニ兄弟5」というように、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを毎月一冊以上を目標に行ってきました。そんな中、デビュー作の「ナースの卯月に視えるもの」がシリーズ累計12万部を売り上げてもいらっしゃる元看護師の秋谷りんこさんの新作が発売されることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。
そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。
“大晦日。仕事でくたくたに疲れて帰宅した瞳を迎えたのは、がらんとした室内。同棲をしていた彼氏が家を出たことを悟り、年末の人混みをかき分けるようにして駅へと向かう。彼氏の姿はもちろんなく、途方に暮れ泣き出す瞳。そんなとき、オレンジ色をまとった女性・乃果から声をかけられる。「おいしいもの食べに行こう」。突然の誘いに戸惑う瞳だが、つらいときこそ食べなきゃ、と、太陽のようなあたたかい笑顔に思わず頷いてしまう。連れられて入ったレストランで出てきたごま豆乳鍋。その熱さと濃厚な旨さに、またどんどん涙がこぼれていく。こんなにも悲しいのに、ごはんがおいしいなんて ー。そして、瞳は思った。「私、生きている」大晦日に出会ったどん底の二人が「人生最高」のごはんでトラブルを乗り越える!”
少し長くなりましたが、詳しく記された内容紹介のお陰でおおよそのイメージが浮かび上がってきます。秋谷りんこさんというと、デビュー作の「ナースの卯月に視えるもの」シリーズに代表されるように元看護師の強みを活かした医療現場を舞台とした作品が思い浮かびます。そして、2025年3月刊行の「こころのカルテ 潜入心理師・月野ゆん」が、ご自身が十三年間勤務された精神科の知識を根底に置いた作品だったことでさらにその印象が増した感があります。医療の知識を土台にした作品は説得力という点でも抜群です。ただ、そういった作品に満足すればするほど今度は違う景色も見てみたいと思ってしまうのも現実です。そのような中で登場したのがこの作品です。「人生最高ごはん」という書名、美味しそうな表紙のイラスト、そして内容紹介からわかるように、この作品で秋谷さんは女性作家さんならあの方もこの方も…と発表されている”食”を取り上げた作品に進出されたのです。”本作は、私にとって初めての「ごはんもの」小説です”とおっしゃる秋谷さんですが、その一方で、その萌芽を別の作品にも感じていたところがあります。私はこの作品を読む前に「こころのカルテ 潜入心理師・月野ゆん」を読みましたがそこにはこんな記述が登場します。
“レーンからマグロの皿をとる。赤身は艶があっておいしそうだ…私はマグロのお寿司を口に運ぶ。脂が乗っていておいしい”。
このような感じで”食”が登場する場面が多々登場するのです。そういう意味ではこの作品「人生最高ごはん」は登場すべくして登場した作品と言えると思います。では、この作品に描かれる”食”を見てみましょう。『どん、と目の前に置かれたのは、乃果おすすめの船盛定食』という場面です。
『マグロの赤、サーモンのオレンジ、烏賊の透き通るような白。つややかな中トロ、銀色に光るしめさば、ぷりっとした海老に、やわらかそうな玉子焼き。十種類以上の魚介がぎゅうぎゅうに並んでいた』。
“食”を取り上げた小説は数多ありますが『船盛定食』というのは初めてかもしれません。なんだかとても美味しそうです。『わあ、すごい!』『おいしそうでしょ?』『どれから食べようか迷っちゃう』と興奮する二人の様子が目に浮かびます。そして、食リポの場面です。
・『烏賊はコリコリした歯ごたえが抜群で、嚙めば嚙むほど甘みが染み出してくる。ほんの少し醬油をつけただけで、口の中に潮の香りと旨みが広がった。うーんと思わずうなる』。
・『しめさばはサッパリとした強めの酢に青物特有の香りがたまらない。嚙んだ瞬間、じわっと舌の奥に酸味がしみて、鼻にぬける独特の香りがクセになる』。
『船盛定食』ですから、それぞれの具材毎に口にする印象は当然異なります。一つひとつ丁寧に描写されていく様は、実際に読者も食している感覚を味わわせてくれます。そして、秋谷さんのこの作品で特徴的とも言えるのがこんな記述です。
『海鮮には、オメガ3系脂肪酸っていう栄養がたくさん入っているの。中性脂肪を減らすって言われているんだけど、最近では不安とか気持ちの落ち込みにも効果があるってわかってきてて』
はい、医療現場を舞台にリアルな物語を執筆されてこられた秋谷さんらしく、”食”に含まれる成分についての説明をしっかり入れていくことで、それを食した主人公たちがその効能によって救われていくという科学的な押さえを用意されているのです。ただ漠然と”食”を描写するのではなく、このような裏付けを用意されているところが秋谷さらしいとも言えます。いずれにしてもこの作品ならではのオリジナリティだと思います。
物語は、5つの章から構成されていますが、〈ご褒美ローストビーフ〉、〈思い出の豚汁とおにぎり〉、そして〈幸せつなぐ手作りおせち〉というように、その章でとりあげる”食”が章題に盛り込まれています。なかなかに興味深い”食”の数々と、秋谷さんのどこか素朴さを感じる描写が”食”の魅力を伝えてくれます。”食”を取り上げた小説は数多あるとは言え、成分の描写の工夫含めなかなかに興味深い作品だと思いました。
また、そんな作品に盛り込まれたもう一つの要素もお伝えしておきましょう。それこそが、表紙に描かれた『猫』の存在です。物語ではある経緯によって『サンちゃん』という一匹の『猫』が登場します。
・『床に降ろすと、子猫はちょこんと膝に額を押し付けて甘えるように身を寄せてきた。かわいらしくて愛おしくて、心が喜びで満ち満ちていく』。
・『声をかけると、愛猫はニャンと一声鳴いてソファに飛び乗る』。
そんな風に全編に渡って『猫』の描写が登場します。はい、『猫』好きな方にもたまらない魅力を伝えてくれるのがこの作品。”食”&『猫』のWの魅力で魅せてくれる作品でもあると思いました。
そんなこの作品は『三年間も一緒に暮らしていたのに』という彼・稔に出ていかれ、失意の中にいた瞳に乃果が声をかけたことから動き始めます。乃果に『お姉さん、これから何か用事あります?』、『私、すごくおいしいもの食べに行くんですけど』と誘われた瞳。『突然の誘いに、思考が追いつかない』瞳は、『つらいときほど、食べたほうがいいですよ』という言葉に『レストラン鈴』という店へと赴き、言われるがままに『ごま豆乳鍋、玄米ご飯セット』を食することになります。『何かの勧誘だろうか』と『危険信号』が浮かぶ一方で、運ばれてきた『豆乳鍋』を食していく瞳。
『おいしい…。悲しいのに、こんなにも悲しいのに、ごはんがおいしいなんて』
『涙が止まらないのに、食べる手も止まらない』という中、『スープも一滴も残さずに食べ終え』た瞳。
『つらいときほど、食べたほうがいいですよ』。
そんな乃果の言葉が”食”が見せる圧倒的な力によって裏付けられていきます。この言葉に思うところがある方はいらっしゃると思います。私たちはさまざまな思いを抱えながら生きています。嬉しいこと幸せなこと、そんな瞬間はまだしも、悲しいこと不幸だと思うこと、そんな瞬間も必ず訪れます。しかし、どんな時であっても私たち人間は”食”なくしては生きていけません。”食”は私たちが生きていく中ではなくてはならないものです。
『おいしく食事がとれれば、とりあえずなんとかなると思うんです。体が元気になれば、心もついていきますから』。
そんな言葉が強い説得力をもって伝わってくるこの作品には、『自分の人生の中で一番おいしいもの』という『人生の最高ごはん』に思いを込める瞳と乃果の物語が描かれていました。
『ツライときほど食べる。食事って本当に大事だよね』
そんな言葉の説得力を強く感じるこの作品。そこには、”この小説が、みなさんにとっての「最高ごはん」を思い出すきっかけになればうれしいです”とおっしゃる秋谷さんが初めててがけられた”食”を題材にした物語が描かれていました。美味しそうな”食”の描写にお腹が鳴りそうになるこの作品。成分を裏付け説明するこだわりに秋谷さんらしさを感じるこの作品。
“これからも、ごはんを通して生まれる小さな奇跡を物語にして届けていけたら”という秋谷さんの思いを強く感じる、そんな作品でした。