あらすじ
「検索すればすぐに出てくるよ。赤ん坊を抱いたまま旦那の上司を刺しに行った女。なんか怪獣みたいな名前でさ」
ワンオペ育児で追い詰められた母親が夫の上司を刺傷した。彼女は赤ん坊を抱っこ紐で帯同したまま犯行に及んだという。事件を取り上げたWEB記事をきっかけに、イオラという犯人の特徴的な名前や事件の異常さが注目を集め、SNS上ではイオラ擁護派と否定派の論争が過熱。記事の担当者・岩永清志郎は、大きな反響に満足しながら、盛り上がりが続くよう新たなネタを探して奔走するが……。
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Posted by ブクログ
現実としてある、現代社会そのものだと感じた。
他人に起きた出来事を娯楽として、ただただ消費する人々。どのような出来事でも、人々に注目されるのであれば、手段を選ばずコンテンツを制作する人々。
他人の投稿や動画を見て時間を消費する。無駄であることは理解していてもやめられない。刺激を求めている。バズっている出来事を知らずにはいられない。一瞬で変化する時代の流れに置いていかれたくない。
芸能ゴシップであっても、事件であっても、自分には無関係のことでも、何もかもが人々のたった少しの時間を消費し、脳に刺激を与えるためだけのコンテンツとなってしまう。きっとそれは事実でもそうでなくてもなんでもいい。拡散されていくうちに、いつの間にか勝手な物語が作られてしまい、人々の間には共感や分断、対立が生まれる。
この本はその恐ろしさを描いている。ただ、私も含め、多くの人は無自覚のうちにその世界の一部となる。そして、それが世界のすべてだと思ってしまう。何気なく呟いたたった一言。身内で楽しむためだけのコンテンツ。それがどれだけ大きな何かを生んでしまうのか。SNSの、そしてそれに操られる人間の怖さを実感する一冊。
Posted by ブクログ
SNSに翻弄される人たちが中心の物語。主人公がとにかく周りの人をモノとしか考えていなさそうな行動が多く読んでいてげっそりしてくる。主人公の奥さんがAIに悩みを吐露しかなり深刻な内容に対して淡々と返すAIがとても対照的で印象に残っている
Posted by ブクログ
「検索すればすぐに出てくるよ。赤ん坊を抱いたまま旦那の上司を刺しに行った女。なんか怪獣みたいな名前でさ」
ワンオペ育児で追い詰められた母親が夫の上司を刺傷した。
彼女は赤ん坊を抱っこ紐で帯同したまま犯行に及んだという。
事件を取り上げたWEB記事をきっかけに、イオラという犯人の特徴的な名前や事件の異常さが注目を集め、SNS上ではイオラ擁護派と否定派の論争が過熱。
記事の担当者・岩永清志郎は、大きな反響に満足しながら、盛り上がりが続くよう新たなネタを探して奔走するが……。
Posted by ブクログ
ネットニュースの編集者、岩永を中心としてネットでの炎上(話題)やワンオペ育児など近年よくニュースになるキーワードがたくさん出てくる話だった。
ある日、岩永はイオラという特徴的な名前の妻が夫の上司を刺したというネットニュースを書く。それによりネットはいろいろな憶測や共感をうみ、その記事はバズった。そして、その共感に背中を押してもらったとして第二のイオラ事件(模倣事件)が発生する。
岩永がネットニュースの編集者ということもあって、どこよりも先に記事にしなければ、という焦りや自分のニュースをバズらせたいという気持ちが伝わってきて痛々しかった。岩永に関わる上司や部下、アルバイトそして妻。いやー、岩永とは結婚したくないなぁ。そして、こういう人が何も考えずに自分のことだけ考えて記事にしているのかなぁとも思ってしまった。まぁ仕事だからね。記事にして見てもらえないとダメなことはわかるけども。
途中にあった妻、涼子とAIの会話がリアルすぎた。AIってめちゃくちゃ寄り添ってくれるんだよな…怖いくらいに。
ラストがよくわからなくて、個人的には岩永の妻である涼子が第三のイオラとして事件を起こすのかなと思いながら読んでいたんだけど、もしかしたらそういう未来もあるのかな。
Posted by ブクログ
ワンオペ育児で追い詰められた母親が夫の上司を刺すところからスタートする
その記事を取り上げた記者は、表の顔と裏の顔を上手く使い分けながら、ネタ探しをしていく
現実にありそうな気がして、怖くなった
Posted by ブクログ
この小説に、イオラの視点は出てこない。
だとしたら、「散らばる光」は誰なのか。
Agoraに愛想を尽かした女性ユーザー達だろうか。
イオラ事件を取り上げた岩永を軸に、物語は進む。
家庭で、仕事で、彼は自分が自分より弱い者をコントロールすることを愉しむ。
それは、岩永よりも強い者が、彼を愉しむ道具として扱っているのと同じ構造で。
強い者が弱い者を痛ぶることで、自分の存在を絶対的なモノだと勘違いする。
そんな構造に諦めを抱いたのが「散らばる光」であり、その先頭にいたのがイオラなのかもしれない。
正直、イオラと同じ結末を、岩永の妻が繰り返すのではないかと思って、読んでいた。
けれど、彼女は諦めることを選べた人だった。
構造を客観視できたら。
苦しいことが少しは減るのだろうか。
それが空しさに変わったとしても、もう一度、自分の世界を立ち上げるきっかけになるだろうか。