あらすじ
日本語は、いつも上位言語を欲してきた。
その歴史は、漢字への原点回帰と反発、英語への憧憬と揺り戻しという相克の歴史だ。
ヤマト王権による漢字導入と漢文公用語化から、『古今和歌集』『平家物語』『梁塵秘抄』などの古典を検証し、英語やフランス語を国語にしようとした森有礼や志賀直哉の真意に迫る。
そして現代。アメリカ語の影響下で新たな文体を獲得した村上春樹、歌詞に五か国語を織り交ぜる桑田佳祐・・・。その時代の中国・欧米との距離感に即し変化する、日本語の魅力を語る。
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Posted by ブクログ
430頁を超える結構厚みのある本である。
『ゆる言語学ラジオ』で紹介されていたので、ちょっと興味があって手にとった。
厚みもあるので、読み始めるのに時間がかかったが、序章に出てくるのはサザンオールスターズの『勝手にシンドバッド』についての論で、堅苦しさはなくかなり良い感じにつかまれた。とはいえ、言語学や古文、近代文学にも疎いこともあり、そこから展開されていく論理展開について行くのはかなり難しかった。正直かなり読み飛ばして雰囲気と要所を拾う読み方をしていたので、理解度は低いと思う。けれども、興味深く感じる部分は多く、最近では取らないでいたメモ書きがはかどったのは事実だ。
日本語には標準型はあるが正書法はないという事実に、『えっそうだったの?』と今更に驚くと同時に納得した。
今後のAIの発達により、日本語の標準化は幅を失うという予見や、その一方でアーティスト・歌い手たちが紡ぐ言葉の豊かさと遊びのありように希望を持つ。そんな祈りに似た見解がとても魅力的だった。
Posted by ブクログ
「日本語はいつも上位言語を欲してきた」
曰く、古代は中国語であり、幕末維新を経て、英語やフランス語がその上位として位置づけられていた。
冒頭、「私のルサンチマンを晴らすことができればうれしい」と著者は記す。
ルサンチマン(ressentiment)…… 。 哲学者ニーチェが提唱した概念。単なる「嫉妬」や「恨み」ではなく、いやそれ以上とも言える、深く屈折した思いだ。そんな思いから発した著書だが、だからこそ、日本語の歴史や豊かさ、その奥深さが垣間見える内容となっている。
漢字の導入から、漢詩、漢文が「正」とされながらも、完全に中国語を取り入れず、和語との融合を図り、真名、仮名を生み出し、和魂洋才ならぬ和魂漢才の時代を長く過ごし、言文一致がなかなか果たせなかった時代背景や、外部環境をさまざまな文献を引いて解説していく。
そのなかでも、やはり日本語の持つ柔軟性や、不思議な寛容性など、その特異な性質が際立つ。正書法がないが故の、融通無碍な豊かさを感じることが出来る。
にしても、冒頭でサザン(桑田佳祐)の「勝手にシンドバッド」を引き、終章でも、「愛の言霊」の日本語と英語、フランス語はてはインドネシア語との融合を称賛するが、それって『神仏たちの秘密 日本の面影の源流を解く』(松岡正剛著 2008)でも同じように分析してたので、二番煎じだなあ。参考文献にも載ってないし。