あらすじ
焼肉擬人化漫画をこよなく愛する腐女子の由嘉里。人生二度目の合コン帰り、酔い潰れていた夜の新宿歌舞伎町で、美しいキャバ嬢・ライと出会う。「私はこの世界から消えなきゃいけない」と語るライ。彼女と一緒に暮らすことになり、由嘉里の世界の新たな扉が開く・・・・・・。推しへの愛と三次元の恋。世間の常識を軽やかに飛び越え、幸せを求める気持ちが向かう先は? 死にたいキャバ嬢×推したい腐女子――金原ひとみが描く恋愛の新境地。第35回柴田錬三郎賞受賞作!
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Posted by ブクログ
親が死んだって子供が死んだって、どんなに絶望したって生きてく人は生きてくのよ。それで、親が死ななくても子供が死ななくても、死ぬ人は死ぬのよ。生まれ持った生命力みたいなものってやっぱりあるのよ。
コンクリートジャングルに生きる哺乳類は強い。そんなに強くなくてもいいのにと思うくらい、強い。
死とは、何かに吸収されていくこと。煙になったり土になったりして、何かに溶け込んでいく。記憶として残った誰かの中に吸収されていく。死は存在せず、吸収だけがある。
死に関する考えが更新された
Posted by ブクログ
この本を読んで、世間で「普通じゃない」とされる価値観について考えさせられた。
死にたいと思うこと、生きるために薬を使うこと、自分はすでに消えているような状態が普通だから消えたいと感じること、ライの価値観は、私にとって簡単に理解できるものではなかった。
私は生きたがりの人間で、もし「死にたい」と言う人がいたら止めてしまうと思う。けれどそれは正しさではなく、私自身の価値観にすぎないのだと気づいた。私や主人公、そしてライの考え方は、育った環境によって作られたものかもしれないし、生まれ持った性質、ギフトなのかもしれない。
人はそれぞれ違う世界を生きていて、どれだけ愛していても、好きでも、相手の世界をすべて理解することはできない。だからこそ、相手の人生に簡単に干渉することはできないのだと思った。それでも、一緒に生きられなくても、相手の心の中に存在し続けることはできるのではないかと感じた。
私は自分は偏見が少ない方だと思っていた。しかし、「私の世界の普通」と「他人の世界の普通」は違う。その時点で、人は生まれながらに偏見を持ってしまう存在なのかもしれないと、この作品を通して考えさせられた。
Posted by ブクログ
これまで自分の中にぼんやりとずっとあった、輪郭の曖昧な感覚を言語化してもらえた気がする。
「自分一人の重みにしか耐えられないのではないだろうか(p110)」の部分とか、そうか私は自分が自分であると言える範囲を守りたいのか…ってすごく腑に落ちた。
「僕は死について考え続けた挙句、この世界では誰も死なないという認識にたどり着きました(p221)」の死生観の話が垣間見える部分もかなり好き。いなくなってしまった人は誰かの記憶や概念に吸収されて残り続け、あの世とこの世の線引きなんてないのかもしれない。
恋愛や結婚を押し付けられるのは拒否感がある、それなら消えたいと望む人に生きていてほしいと思うのもエゴなんじゃないか、幸せと不幸せについての問いを投げかけられ続けている気がして、まだ答えは出せていない。消えたいと望む人が別の誰かには生きていてほしいと願うこともあるかもしれないし、人間は矛盾。
とか、とめどなく書いてしまったけれど単純に面白かった!金原ひとみさんの書く主人公ってユキかライみたいなイメージだったからゆかりんの視点が新鮮だった。アサヒとゆかりんの関係性も好き。
Posted by ブクログ
『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』とほぼ同時に読んでいたんだけど、金原ひとみさんの人生観?というか考え方みたいなものがかなり投影されていることに気付けて、より深く読めたような気がする。なんか、自分の中でまだ消化できていないというか、この読後感をうまく言語化できないのがもどかしいけど……また読み返したい作品。由嘉里、アサヒ、オシンなど登場人物がみんな魅力的でした!
Posted by ブクログ
歌舞伎町というある種、非現実的な世界の人々の生き方が逆に主人公の由嘉里を生きやすくしてくれる素敵な物語だった。
多様性とはいうものの私たちは、実際に知っているものしか受け入れようとしないし、この小説に出てくる主人公の周りの人々はそういった常識から少し外れていながらも彼女達らしくまっすぐ生きているんだと感じた。
私が見えていないだけで、この小説に出てくるライ達のような考え方、生き方をしている人は結構いるんだろうなと思い、少し羨ましくも感じた。
ライのように「この世界から消えることが宿命」とまでは思わないが、時々自分の生きている意味とか存在価値が分からなくなることもあるので、ライに共感できる部分もあり、こういった死への価値観も個性(個性という簡単な言葉で括って良いかは分からないが)なのだと思った。
Posted by ブクログ
早口で溢れるゆかりの脳内ナレーション、このオタク特有の早口(それもステレオタイプかもしれない)の再現が秀逸。私もゆかりのような速度で熱量で言葉を脳内に巡らせてしまうタイプなので凄く共感できる主人公だった。
私たちは、知らずのうちにその人の幸せの基準を、自分が持っている小さい定規で測って、そして相手を思うが故にそれを押し付けてしまっているのかもしれない。つい、他人の考えを分かろうとしたり、分かってもらおうとしたり、自分にとって分かりやすい名前のある感情をあてがいたくなるけれど、そんな事しなくても人を好きだと思ったり大切に思ったりしていいんだと思った。
ユキが編集者にマンスプ食らった時の、「知らないこと」の価値を大事にしたいみたいな話すごい共感できた。
なんかいつもモヤッと考えていることの色々が丁寧に言語化されていて読んでいて腑に落ちた。今のタイミングでこの本を手に取れて本当に良かった。
Posted by ブクログ
「人が人によって変えられるのは45度まで。90度、180度捻れたら、人は折れる」
映画を観終わって、まだこの世界観に浸っていたくて原作を購入。
ライとの出会いで一変した由嘉里を取り巻く周りの人たちが本当にいい人たち。皆、個性があるけど愛を感じる。
この場にいなくても自分の中では生き続けている、この考えは救いだな。
Posted by ブクログ
"生まれてこのかた傍観者で観察者で、私は現実に一ミリだって触れたことはないのだ。"
主人公の由嘉里の置かれている状況が、自分と似ているところがあって所々言葉がブッ刺さってなかなか抜けなくて痛かった。その一方で、自分の凝り固まった思考のまま質問攻めしたり、自分も固定概念に囚われてるのに母の古い考え方を心の中でめちゃくちゃ罵倒している場面は正直イライラしたしキツかった。また、ライは救われたいと願っていないのに由嘉里が一方的にどうにか救いたい、幸せになって欲しいと奔走する姿を見てどうしてもアサヒのようにダサいなとか、押し付けがましいなと思ってしまった。では自分は誰かのために必死になって生きて欲しい、幸せになって欲しいと願って行動したことがあっただろうか?そういうダサくて押し付けがましくとも、ライにまっしぐらで全力で必死になっていた由嘉里だからこそ、アサヒやオシンやユキもなんだか放って置けなくて、支えて貰えたのかもしれない。自分の色を出さずにひっそりと仕事や日常を無難にこなして生きてきた由嘉里が、ライやライの周りの人に出会って胸を張って自分らしく闊歩していく姿は眩しかったし、なんだか背中に羽が生えたようだった。それから、言葉選びにユーモアがあったり、登場人物の言葉にハッとさせられたりした場面が幾つもあった。特に人間関係に関して語られている箇所では「うーんそうなんだよなあ…」と唸ったし今後生きる上でのヒントになりそうな文章もあったので、いつも頭のどこかに留めておきたいなと思った。少しずつ前向きに考えて進もうとしながらも、まだ全然泣けるし、へこたれるけど、ライという概念をこの身に宿して日々を生きていこうとする由嘉里の姿には人との別れを経た人間のリアルさを感じた。とんでもなくしんどいことが起きて泣き喚きながらも、たまに人と笑い合って喋ったり、美味しいものを食べて美味しいと思ったりする描写も妙に現実的でとても良かった。