【感想・ネタバレ】動乱期を生きるのレビュー

あらすじ

知の巨人と気鋭の戦史・紛争史研究家が語り合う
「民主主義」「選挙」「安全保障」「日米関係」「中東問題」の今と未来

「三流腐敗国」に陥った日本の今とこれから

すでに権力を持っていることを理由に、強者が権力者然としてふるまう政体。それを「パワークラシー」という。
そして、このパワークラシーにどっぷり浸透してしまっているのが日本の社会である。
現代の日本では、強者を求める国民心理、短期的利益を求める「株式会社思考」が蔓延している。
さらに、マスメディアによるジャーナリズムの放棄、現状追認を促すインフルエンサーの台頭と相俟まって、傲慢で短絡的な政治家・インフルエンサーの言動が人気を集める不可解な現象が起きているのだ。
一方、世界を見渡しても、近代以前への回帰志向を持つ指導者が支持を集め、恐怖と混乱をもたらしている。
この動乱の時代において、私たちに残された道はあるのか?
本書では異なる専門を持つ二人が、300ページを超える圧倒的なボリュームで、日本が抱える問題とディストピアを余すことなく語る。
暗い未来の中に見える一筋の光とはーー。

[目次]
第1章 倫理的崩壊の危機
第2章 地に落ちた日本の民主主義
第3章 教育システムの機能不全
第4章 動乱期に入った世界
第5章 自ら戦争に歩み寄る日本
第6章 2024年の衝撃
第7章 思考停止に陥る前にできること

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Posted by ブクログ

ネタバレ

先日山崎さんの裁判の支援を内田先生がされていたという記録のブックレットを読んで、その後お二人でされた日本社会の現状や世界情勢についての対談本が出ていたことを知り手に取りました。

出た頃に読みたかったと思いましたが、本書が出た一年前にはイスラエル側にいるアメリカがイラクを攻撃するなどということがまさか起きるとは誰も予測してなかったことを思うと、出版後すぐ読むのと今読むのでは捉え方や感じ方、意味合いなど変わるのではとも思いました。

(p196)(アメリカも中国もロシアも)他の国のリーダーシップの下で中東が安定するよりは、誰も停戦工作ができないまま中東がカオス化するほうが「まだまし」という計算がある
現実は一層複雑化しカオス化したように感じます。今の戦争がどのように幕引かれるのか想像することができないです。
(p234)海外の紛争地に深くコミットすることはアメリカの国益を損なう可能性が高いということは経験則として学んでいる
今の戦争は完全に一線を超えたと言えると思います。

(p200)もともとヨーロッパ諸国がユダヤ人に対して宥和的であり、彼らを自国のフルメンバーとして受け容れるという努力を19世紀末から真剣に行っていれば、そもそもイスラエルは建国されていないし、今日のパレスチナ問題も起きていないのです
と内田先生が言ってるのを読み、先日読んだ「聖地巡礼コンティニュード(釈徹宗・内田樹 共著)」で釈先生が「イスラエルが満州あたりに建国されていたら今ほどこじれた状況にならなかったかも」と言っていてそれに対して内田先生もそうですねと答えていたことを思い出しました。…でもそうだろうか、と私はどちらも疑問です。

(p248)起きたことについては歴史家はその理由を説明してくれますけれど、起きなかったことについてはなぜ起きてもいいことが起きなかったのかは説明してくれません。

見落としがちですが確かにそうだなと。起きてもいいことが起きなかったことにはたぶん理由がある。それを考えることも歴史を読み解くうえの大事なヒントになるのではと目からウロコ。結局その理由は分からないことが多いでしょうけれどそういうものの考え方をしていくことが自分の頭で考える、自分の目で世の中を見つめていく姿勢になると思いました。

他にも気になることがたくさん。
公益通報の不条理(p71)文字メディアだけで情報収集していると音声的に再現できない固有名詞を含む話題を回避する傾向が生まれる(p46)報道の危機や政治の空洞化などなど。
インタビューを一方的に没にしておいて連絡も謝礼もなし、こちらからどうなったか聞いたら形式的謝罪のみってひどすぎ。そんな対応が通るような仕事をするメディアがあるんだと驚くけれどもきっとそこだけの話ではなくて、どこもウエが「やめろ」とか「はい、没」と言ったら終了する取材や記事はたくさんあるのでしょう。ドラマなどでたまにそういうの見ますが、現実の方がもっとドライにたくさん起きてそう。

やってないことをやったと自白させられてうまくその場をやり過ごした友達とあくまでもやってないことはやってないと言い続けた内田先生自身の子供の頃の話が出てきますが(p143)自分も似たようなことがあり。
やってないことをやったと自白させられるのはトラウマになります。内田先生が、嘘をついて罰を逃れようとしたら自分の中の何か大切なものが穢されてしまうと言っていますが、それは多分その通りでずっと残ります。
本当のことを言っているのに自分の思う返答をするまで責め立てた教師を半世紀近く経った今でも私は許せないです。とっくの前に亡くなられていますが。

(p296)子どもたちにオーラルを教えて、テクストを読むことを抑圧するのは植民地における教育の基本です
近頃小学校では国語で教科書の音読をやらなくなったと聞きました。やらなくていいという方針が出たという話ですが、そういう時間も取れないほど他にやらせたいことが詰まっているというのもあるのでしょうけれど、どんどん自分で考える力を失わせる教育や指導が増えていると怖くなります。

山崎さんは、決して絶望しないしぶとさを持つことが大事と言っています。小学校の指導方針に疲弊している友人も「納得できない、このままではだめだと思うことはだめだと言い続けなければ、止めさせなければならない。諦めたらそこで終わりだから辛くても言い続けなければならない」と言っていました。
…言い続けなければならないけれど言い続けられるだろうか、と弱気になります。

世界は混沌とした動乱期に入ってしまったように感じます(p185)
数年後、本書を読み返したらきっとまた今とは違う感じ方になるでしょう。本書の中の懸念の方がまだましだったと世界がならないことを願うばかりです。

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2026年03月09日

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