あらすじ
戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化し、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? いかなる精神的倫理的な真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描く新潮社文学賞受賞の問題作。
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Posted by ブクログ
良心の呵責というものについて、こんなにも深く考えさせられたことはない。
戦時中の医療現場という、自分には縁もゆかりもない世界なのに、まったく他人事とは思えなかった。
とにかく物語への没入のさせ方が巧妙だった。
プロローグでは読者の立場に近い、平凡な名無し男の視点から風変わりな開業医・勝呂を描き、第一章では勝呂の視点から事件に至るまでの経緯を描き、第二章ではとある看護師と、勝呂の同僚・戸田の過去を深掘りし、最終章ではそれらのピースが全て繋がって、全員が同じ禁忌の場に居合わせる。
それぞれのチャプターで、全く異なる切り口から善悪や良心、正しさとは何かを訴えかけてくる。
とりわけ第二章の戸田の子ども時代のエピソードが、この作品がもつメッセージ性の根幹をなしているのかもしれない。
罰さえ受けなければ何をしたって良い、という風に考えている人は実際多くいるだろうし、置かれた状況によっては自分もその中の一人になりかねない、あるいは既になっているのかも…?という底知れぬ恐ろしさを感じた。
Posted by ブクログ
冒頭は戦後が舞台なので
はて..?となるが
医師が登場して戦時中になって
読み進めていくうちに
どんどん闇が深くなっていく物語だ。
登場人物の過去も描いてるが
その表現がすごく良い
特に戸田の過去を読んでいると
実際に同じような境遇をしてる人がいるのではと思う
個人的にページをどんどん進めた部分がある。
それは、解剖直前の場面だ。
''生きた人間に麻酔をかけ殺す''という状況が
文章だけでも伝わってきた。
反戦とか歴史の出来事から学んでという作品ではない。
絶対オススメしないが
時間もあってする事もなくて
ネットサーフィンしてるくらいなら
200ページ未満だから
読んでみてもいいかも。
Posted by ブクログ
戸田ターン、途中いきなり読み手側に問いかけてくるからびっくりした
戸田らだけではなく、私だって、世間や社会に絡まなくとも罰だって罪だって意識できるのか
良心による罪と罰を知らないかもしくは無視してしまわないか
自分に正直でありたいと強く感じた
戸田ターンで出てくる首に包帯を巻いた少年、君、太宰治の人間失格にもいなかった....?
Posted by ブクログ
ちょうどよい厚みの本。
昔中学生あたりで一度読んだときは全く理解できずに終わったのだが、大人になってから読むと色々考えさせられる本だった。
わかりやすい起承転結を求める人には向かないが、人それぞれの感情の機微について考えたい人に薦めたい作品。
第一部での勝呂の最後の一言が、最後まで読み終えると違う意味だったことに気が付いて胸が苦しくなった。
Posted by ブクログ
圧巻。素晴らしすぎる。
戦争下という特殊な環境において、善良な市民がごく一般的に倫理観を壊していく様を見事に描ききっている。
文章は平易だが情景描写に重みがあり澱んだ空気が広がっている。特に流される海音を聞き、人間として流動的に流されていく、というメタファーは怖しい。
勝呂に主眼は置かれているものの、序盤の「私」の平凡な日常の描写、上田の女性的な嫉妬の描写、戸田の人間失格に通ずるような描写、その全てが人間の愚かさを表現していて没頭した。
アーレントの「凡庸な悪」を想起しながら読んだ。
しかしこのような倫理観の欠落という問題を、単に日本人の無宗教的価値観のみと結びつけて論ずることは短絡的だと思う。つまり、人間一般として議論するに値する問題だと思う。
23 何もないこと、何も起こらないこと、平凡であることが人間にとって一番、幸福なのだと私は彼等をみながら、ぼんやりと考えた。
88 あれでもそれでも、どうでもいいことだ、考えぬこと。眠ること。考えても仕方のないこと。俺一人ではどうにもならぬ世の中なのだ。
夢の中で彼は黒い海に破片のように押し流される自分の姿を見た。
92 「神というものはあるのかなあ」「神?」「なんや、まあヘンな話やけど、こう、人間は自分を押しながすものからー運命というんやろうが、どうしても逃れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」
194 人間の良心なんて、考えよう一つで、どうにも変わるんや
Posted by ブクログ
桜庭一樹の読書日記に載ってたし『ラビリンス・サーガ』で日本軍の話が出てきていたので読んでみました。淡々と進む物語。ガソリンスタンドの主人など戦争中に人を殺していた人々が平凡に暮らすという話、戦争中の病院、読んでいて怖かった。戦争中だからあり得た話という気がしない、もしかしたらちょっとしたキッカケで今の世の中でも起きるかも知れない。遠藤周作が凄い、『沈黙』といい『海と毒薬』といい凄い。なんか色んな事を感じたけど上手く感想が書けない。
Posted by ブクログ
再読、借りた本。
生体解剖に目が行きがちだが、今回は登場人物それぞれの向き合い方に引き込まれる
冒頭のマネキンを眺める勝呂、何もない生活の幸せへの言及。
海への考察は解説で深まった
作家に断罪する権利はなく、関わった人達からの抗議に苦しんだとのことだが、私にも断罪する意図は見えなかった
捉え方は立場が変われば無限にある
終わった後の教授の佇まいがそれを物語っていると思った
留学、沈黙で三部作と捉えられるようで、こちらも改めて再読しようと思った
一緒に読んだ中3娘はやはり生体解剖に焦点をあてていた
Posted by ブクログ
海と毒薬
著者:遠藤周作
発行:1960年7月15日
(2004年6月5日 91刷)
新潮文庫
初出:1958年4月、文藝春秋新社より刊行
遠藤周作のエッセイを読みたくて、古本をまとめて購入。エッセイ2冊を読んだので、久し振りに小説。代表作が何冊もあるけど、この本はとくに有名なので読んだ人も多いかと。戦争末期に起きた九州大学医学部事件をもとに書かれている小説だけれど、事件小説やモデル小説など歴史小説的なものではない。軍部と九州のF市にある大学病院の教授や医局員たちが、計画的に行ったアメリカの捕虜達を生体解剖した事件について、あくまでフィクションで書かれたもの。したがって、関わった医師や軍部の人数なども、実際とは違っている。
学生時代、上坂冬子が書いたノンフィクション本「生体解剖」を読んだ。本棚を見ると、なんと奇跡的にその本が出て来た。帯を見ると「三十余年目に発公開された全記録」とある。こちらは1979年の本なので、それまでは事件の全貌を明らかにしたものはノンフィクションでもほとんどなかったということになる。その20年ちょっと前に書かれた「海と毒薬」の〝フィクション度合い〟が想像できる。
新宿から1時間、黄色い埃が舞う住宅街。当時だからまだまだ荒れ地のような郊外。そこに変わり者の開業医、勝呂(すぐろ)二郎。なにか事情がありそう。この街に越してきたある男が、たまたま結婚式で九州のF市を訪れたところ、勝呂を知る医師に出会う。そこから、勝呂の若き時代の出来事、すなわち生体解剖の話が始まる。
大学病院では、第一外科部長と第二外科部長が、次の医学部長の座を狙って兢兢としている。自分が有利になるように患者を利用し、手術をうまくこなしてポイン稼ぎをしようとしている。勝呂は医局員(研究生)として、第一外科で勤務している。ところが、その第一外科部長をしている教授が、手術に失敗してしまい、失脚する。助教授と助手が中心となり、勝呂たち若手や看護婦を巻き込んで生体解剖をする。
勝呂は参加を決めたものの、途中ですっかり気分が悪くなり、無気力になるが、もう一人の若手の戸田は平気でこなしていく。彼は幼い頃から、人に対して何をしても罪の意識を感じない性格だった。罪と罰でいえば、罰が与えられない限りまったく平気なのである。つまりは、バレなければいい、そんな人間だった。
参加を決めた一人の看護婦の人生も振り返る。離婚経験があり、いろんな人生を歩んでいた。
それぞれの立場で、屈折し、苦悩する。
*********
勝呂二郎:医師
戸田:同じ研究室
橋本:勝呂たちの教授、第一外科部長
朝井:助手、橋本の姪と婚約
柴田:助教授、施療患者の手術担当
大場:看護婦長
垣下:元第一外科部長、柴田は垣下に育てられた、死亡し橋本副部長が継ぐ
坂田:看護婦
阿部ミツ:結核患者
おばはん:施療患者
義清:息子(出征兵士)
田部夫人:個室の患者、大杉部長の親戚とも言われている
大杉:医学部長
権藤:教授、第二外科部長
小堀:軍医、第二外科の講師
新島:助手
田中:軍医(手術に立ち会い)
小森少尉:送別会の主
村井:軍(将校の一人)
看護婦関連(上田ノブ)
雑賀:大連での隣人
夫:大阪出身、満鉄社員、2年で離婚
橋本:副部長→第一外科部長
フラウ・ヒルダ:橋本の妻
河野:若い看護婦(同僚)
大野フサ:施療患者
前橋トキ:大部屋の患者、死亡
医学生関連(戸田剛)
アキラ:六甲小学校の同級生
木村マサル:同上
ススム:同上
若林稔:東京からの転校生
オコゼ:N中学の博物の教師
山口:N中学の同級生、盗みの疑いがかけられた、無実なのに否定せず
佐野ミツ:医学生の頃にいた女中、妊娠させて中絶
医学部長の座を争って、橋本