あらすじ
「カケイさんは、今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」――ある日、ヘルパーのみっちゃんからそう聞かれた“あたし”は、絡まりあう記憶の中から、その来し方を語り始める。母が自分を産んですぐに死んだこと、継母から薪で殴られ続けたこと、犬の大ちゃんが親代わりだったこと、亭主が子どもを置いて蒸発したこと。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続ける“あたし”の腹が膨らみだして……。この世に生まれ落ちて、いつの日か死を迎え、この世を去る。誰もが辿るその道を、圧倒的な才能で描き出す! 著者デビュー作にして第45回すばる文学賞受賞作!!
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Posted by ブクログ
読んでいてどこまでも切なくなってしまった.
日々の仕事で触れ合う認知症を持つ高齢者の方々の心の奥底に触れたような,「本音」を突きつけられたような,何とも言えない居心地の悪さと共に,「一人の人であること」の尊さを強烈に感じた.間違いなく,明日からの,いや,今日からの振る舞いに大きな導きを与えてくれたことは確かだ.
誰がどの視点から語っているのかも分からない冒頭,(解説によると千葉弁らしい)「カケイさん」の語り口は,活字にすると当初は読みづらく,意味を理解するのに0.2秒くらいのタイムラグが生じ,ちょっとした違和感がある.しかし,人物像がカメラのファインダーを覗きながら焦点を合わせるように解像度を上げてくるにつれ,それが普段診療している認知症の方々との対話の分かりづらさや違和感と絶妙にリンクし,圧倒的なリアリティを増してくる.
そして語られる「カケイさん」の人生.
「人に歴史あり」などと使い古された言葉にしてしまえば陳腐になってしまうが,人の数だけ倖せも,後悔も,癒えることのない傷もあるわけで,それは普段相対している人たちもまた同じだ.分かっちゃいるのに,忙しい診療中にはすっかりそれが抜け落ちてしまう.というより,意図的にある程度封印せざるを得ないのが現実で.それどころか,仕事を離れて街場の一員になっても,「おじいちゃん」「おばあちゃん」「お年寄り」という記号に彼らを封じ込めてしまう.やがて,自分もその中に封じ込められる……誰かにとっての「特別な自分」がどんどん削られていき,いつしか自分にとってすら「特別」ではなくなっていく……「人の事なら好き勝手に語れるけど,自分のことは分からない」という「カケイさん」の言葉に象徴されるように,どんどん小さくなっていってしまう自分の世界…
でも,
みっちゃんと過ごした日々は,間違いなく倖せだったと,確信を持って語る「カケイさん」.そこには,誰にも奪うことのできない,燦然と輝く「個」としての「カケイさん」がいる.絶対に奪われることのない,個人としての尊さがある.
ほんの何年か前まで,僕の仕事の対象者は子どもばかりだった.まだ言葉も発しない子どもたち.来る日も来る日も手術,術後管理,当直,親への対応……今は真逆に見える環境に身を置きながらも,やっていることの「根っこ」は変わらないということを改めて示し,勇気づけてくれた一冊だ.
僕らは,見える形こそ違えど,誰かの人生を「倖せ」にするために,専門知識を磨き,技術を高め,心を込めてそれを差し出すことに価値がある.対象が変わっても,「誰かのかけがえのない,誰にも奪われない大切なもの」を紡ぐための歯車の一つになる.それは,僕らの仕事だけの話じゃない.仕事とは,「生きる意味」とは,きっとそういうことなんじゃないかと思う.
日々出会うたくさんの「カケイさん」のために,今日から僕は,何ができるだろう.
一人一人の大切な人生のために,もう一度ここから始めよう.
Posted by ブクログ
辛いことや頑張ってきたこと、乗り越えてきたことがたくさんあり、そんな人生の終盤で認知症を患っているおばあちゃんのカケイさん
そんなカケイさん目線で語られるトンチンカンだけどちょっとおもしろい会話や過去のカケイさんの話
カケイさんがかわいくてクセになる!
そしてこのお話がすごく好き!
Posted by ブクログ
好き。
すごく好き。
もう、
人生の全部が詰まってる。
人生ってきっとこう。
時代は違うけど、人と人はこんなふうに社会で支えあったりすれ違ったり、自分の思いをうちに秘めて、生きる。
Posted by ブクログ
おばあちゃんの語り
楽しくもあり淋しくもありました
嫁とのやり取りやヘルパーさん(みっちゃん)とのやり取りがちょっと違うのが感心しました
毎日ミシンを踏んで頑張ったこと お兄さんや広瀬のばーさん 夫や息子 そしてみっちゃん いろんなことを思い出して 幸せだったと言える人生
手に花が咲くまで 私も楽しく幸せな人生を送りたいなとおもいました
Posted by ブクログ
医療職者だからか、
認知症で短期記憶が覚束ない女性目線の話はものすごく勉強になった。
あれは気を遣ってくれてたのかとか
そんなふうに思ってたのかとか。
覚えたいことは忘れちゃうのに
忘れたい過去ははっきり覚えてる。
その間で揺れる主人公。
斬新で読みやすいのに
心に深く沈む小説。
Posted by ブクログ
介護の問題について検討する話だと思ったが、そうでもあるけれども、泣きそうな物語である。余韻が残る小説である。
物語は、一人称の「あたし」すなわちカケイさんがヘルパーのみっちゃんに滔々とまくし立てるシーンから始まる。饒舌といっていいほどの雑談と、ひらがなが長く続く文は、最初は少し読みにくかったが、その少々脈絡の乱れる独り言のなかに、カケイさんの波乱万丈の過去が少しずつ浮かび上がってくる。そして現実に戻ると、家族の過酷な接し方などを見て、その無力さが鮮明に描かれている。
では、カケイさんは、しあわせだと思うのか。
全編を通して、涙を誘うところは二つある。まず、前半を読んでいながらずっと疑問を抱くカケイさんのヘルパーに対して付ける「みっちゃん」というあだ名。一人だけではない。すべてのヘルパーは「みっちゃん」である。どうして?「面倒を見る人」だからかと思ったが、中盤のところ、カケイさんの寝る前の朦朧とした意識に、「みっちゃん」が蘇ってきた。
過去を振り返っているときのカケイさんは感情的ではない。逆に、すごく淡々と昔のことを述べている。でも、ここまできて、読者はもうすでにカケイさんの人生に入り込んでしまって、なのでそのとき、この老女が昔のその、人生で一番大事な、なのに一番後悔な話をしているとき、読者も胸が締め付けられるような気持ちになった。
ここは本当に泣きそう。
そして二つ目のポイントは、カケイさんが最後の最後に、自分の人生と和解するところである。早く終わりたいと思いつつあったこの損をしたばかりの人生。でも、実はそうではない。
「しあわせでした。」
不憫な「孤独死」ではなく、最後に見たのは掌に咲き誇る花と、迎えてくる昔の仲間たち。
とても心に沁みる物語である。
Posted by ブクログ
最初から最後まで上手くまとまっていて欠点のない素晴らしい小説だと思った。
カケイさんは亡くなった自分の祖母を思い出し、愛おしくてせつなかった。
おばあさんって特に認知症の高齢者はのどかで優しいだけじゃない、嫌味も言うしネガティブになるし何度も何度も同じこと言われ大好きなおばあちゃんでも疲れるなと思ってしまうけど、それでもおばあちゃんが長生きしてくれたことが嬉しかった。
この本を読めて良かった。
最後も暗い気持ちにさせず、ワンちゃん二匹がお腹に紐括られてリヤカーで登場し「お迎えの看板にいつわりあり」が好き。笑
Posted by ブクログ
語り口調や、老人文学が自分にとって新しい小説の世界の扉を開いた。
カケイさんが、しあわせな人生だと言っているように、私もしあわせな人生だと言えるように生きたい。
2025年ナツイチでこの作品と出逢った。
出逢えて良かった1冊。
Posted by ブクログ
読後感がなんとも言えない 読後感がなんとも言えない、は褒め言葉です。
面白かった、の一言では片付けられないなにかがある。
特に好きなシーンは、冒頭にカケイさんが「あの女医は外国で泣いた女だ」と言い、ヘルパーのみっちゃんが女医に確認すると、おそらく当たっている。
そしてこのみっちゃんは、病院からの帰り道に自身が離婚調停中の身であり、親権を夫に取られるのではないかと危惧していることを明かす。
カケイさんはなんかかっこいいことを言おうと「「チャンスを待て」「まあまあカタチはついたと思う」と伝えると、みっちゃんは泣き出す。
きっと、切羽詰まっているみっちゃんには、カケイさんの言葉が幸せの予言のように聞こえたのではなかろうか。
カケイさんも含め、全ての人の表に出ている部分はほんの一部。
みんな、最後は幸せな気持ちであの世に旅立ってほしいと思った。
Posted by ブクログ
認知症を患うカケイさんの語りで描かれる人生の物語。慣れないAudibleで聴いてみましたが、臨場感があり感情の動きをリアルに感じられました。
カケイさんの表の声と心の声、現在と過去を行ったり来たり。ときどきクスリとなる場面も。
介護ヘルパーさんや家族とのやり取りを、カケイさんの目線を通して疑似体験してみて、実際に認知症の人もこんなふうに感じているのかなと想像してしまいます。
認知症になってから思うこと、見えてきたこと、忘れられない後悔、辛かったこと、愛しい存在と幸せな時間が確かにあったこと。
人生の終わりに何を感じ、何を思うのか。
祖母を思い出しながら読んでいて、言葉にならない気持ちになりました。
カケイさんのように認知症になっても周りのことをよく観察して理解っていることもあるし、そうとは気づかず案外気遣われているのかもしれない。
認知症の人に限らず常々思うのは、話さないのは何も考えてないわけでも感じていないわけでもないということ。
読み終えて表題の「ミシンと金魚」が切なく重く心にのしかかる。カケイさんの可愛い「みっちゃん」と呼びかける声と、
『悪いことがあっても、必ずいいこともある。
同じ分量必ずある。』
の言葉が耳に残っています。
認知症の人の語りで物語が進んでいくのがとても新鮮。一人の女性が生き抜いてきた壮絶な人生とその終わりを描き、生々しい「生」を感じる作品でした。
改めて読みなれている紙の書籍で読んでみたい。
Posted by ブクログ
本人には見えてない部分の周りの人の力で私達は生かされている。今、生活出来ているのも自分自身には見えない人たちの努力のおかげなのだと気づける一冊でした。
主人公の老人の女性の気づきによって幸せの意味を今一度考えさせられました。
Posted by ブクログ
ほっこりする話
おとなしいだけのおばあちゃんに見えて、実はすごい過去を背負っていて、我慢の人だった。
そして卑屈でずっと自分が虐げられてると思い込んでたけど、実はそこまででは無かったって話。
悲しいような、良かったような。
教訓になる話でもある。
Posted by ブクログ
短めだからスキマ時間にと手に取ったが。
認知症のおばあちゃんがのべつ幕無しに語る壮絶な人生
起きて立ち上がるだけの動作の描写が超リアル
ヘルパーさんがみんなみっちゃんなワケ
悪いことばっかりじゃなかったね
人生の最後に何を思うのだろう
Posted by ブクログ
最後、ちょっと泣いた。
カケイさんという、認知症のおばあさんの話しなんだけど。おばあさんって、当然だけど最初からおばあさんなわけではなくて。それまでにあったいろいろなことを思い出しつつ、でも、あれ?今何してたっけ、みたいになったりして。
昔の時代だからか、周りからの愛情なんかも伝わりにくいよね。と思いつつ。死ぬ間際になってから、愛されていたこととか知っても…遅いよー、なんてもどかしく思ってしまったり。
Posted by ブクログ
いろんな感情が押し寄せて心がふわふわしたような読後感でした。認知症の主人公の視点から描かれるので同じ事を何度も聞いたり、確認したりするのが痛々しい。でも、同じ事を聞くからこそ、相手の心の機微が見えたりもするから面白かった。
みんな介護はいろんな思いを抱えながら生きていくものだと思います。家族だから分かること、家族でも分からないこと。デイサービスだから気づけたこと、どうしようもなかったこと。最後はお互いの和解があったから良かったけど、認知症の主人公だから本当のところはわからない。
でもそれでいいんだと思う。
Posted by ブクログ
なんの事前情報もなく読み始めて、読みやすくてさらさら読めてしまった。
でもなんというか、作品のリズムがちゃんとあるんですよね。
ゆっくり、まったり、思考が忙しくないのに、読んでて退屈はしないという不思議。
言ってしまえば、介護が必要になった認知症のおばあちゃんの一人語りなのですが、生きていてずっと覚えている人生の後悔だったり、死期が近づいて周りの人間も死んでいく中で初めて知る事実があったり、死に際のことだったり。
老いて死んでいくということが、必ずしもみじめだったり怖かったりするものではないのかもしれないな、と思わせてくれる作品でした。
Posted by ブクログ
50代後半でのデビュー作であり、2021年のすばる文学賞受賞作品。テンポ良く読み進められるが、内容は全然軽くない。それでもカケイさんの素直さと達観(諦念に非ず)に救われる。
Posted by ブクログ
カケイさんの壮絶な過去。それを認知症の中でも過去と現在の記憶で苦しんでいたこと。でも最期には自分が幸せだったと感じられたことに安堵しました。ミシンと金魚の題名にカケイさんの人生を感じました。
Posted by ブクログ
独特な方言?話し言葉、文体で描かれる
ひとりの老女の人生。
刻一刻と迫ってくる死期や、認知の進行、
それに気づいてるのか気づかないようにしてるのか
老女のカケイは自らの人生を語っていく。
その人生は決して楽な道ではなく、
しんどい惨いを詰め込んだ人生のように思えた。
しかし、あることをきっかけに
実はそうではないんだということがわかる。
しんどいことが多々あったのは事実であるが、
カケイの人生は幸せだったか?と問われると、
彼女はまっすぐに「幸せでした。」と、
話すのである。その、彼女の芯の強さが
同性から見てもかっこよく人生を全うしてるなと感じた。
躓いたときや、
上手くいかないことが続いた時に読みたい1冊
Posted by ブクログ
みっちゃんが死んでしまったところ、何かが起こりそうで怖かった。
だから、ヘルパーの人 みんなみっちゃんなんだな。
ミシンと金魚 タイトルにもハっとする。
Posted by ブクログ
認知症のおばあちゃんの思考回路なんて考えてみたこともみなかった、なかなか面白かった。でも、このおばあちゃんの人生って、何だったんだろうか。生きてれば辛いことも苦しいことももちろんあるけど、死ぬときに「やれるだけのことを私はやった、幸せだった」と思える生き方をしていきたいものだ。
Posted by ブクログ
最初は、平仮名が多くて読みにくいな、とか
話がよくわからないなって思っていたけれど
読み進めていくうちに、
(勉強をあまりしてこなかった)認知症のカケイさんが
語っているからそれの表現に平仮名が多いのかとか、だからなのかみっちゃんなのか!と頭の中で結ばれていくことが多くて、平凡なお話の中にある温かみが心地よかった。
きっとこれからは家族みんなで仲良く過ごせますように
Posted by ブクログ
今まであまり読んだことのないタイプのお話だった
最初はなんのことかよくわからなかったけど、読み進めるうちにわかってきた
ちょっと切なくて、可愛らしくて、ラストはあったかい人々の心でほっこりするお話でした
絵がとても素敵
Posted by ブクログ
あぁ…
タイトルのミシンと金魚は…
カケイさんの心の中にある負い目だったのか。
酷い人生のようでも、知らないところで
いろんな人に愛され、守られて生きてたんだって、
最後に知ることになって、
幸せに死ねそうなのがよかった。
Posted by ブクログ
ボケてるのかクリア過ぎて頭のいい主人公なのか笑えた。
世の介護を受けている方々はこういう気持ちでいるのかもしれない。
文字で追うのではなく、Audibleで聞いたがそれがよかった。文字で読んでいたら途中でやめてしまったかもしれない。
年上の人はやっぱり人生の先輩だと思った。
Posted by ブクログ
ナツイチのしおり欲しさに読んでみました。
(動機が不純…)
正直、読みやすいとは言えないかもしれません。
主人公・安田カケイさんの置かれている立場や状況が、最初はなかなかつかみにくいのです。
ただ、普通の状況ではないことは、語り口調からじわじわと伝わってきます。
「この話は、こういう状況に置かれた人の話なんだ…」とハッキリわかったのは、カケイさんの子ども・道子の話が出てきた時でした。
(気づくの遅いかも)
それまでは「辛い人生を送ってきた人の話だなぁ」と思いながら読んでいたのですが、道子の話で状況を把握してから、一気に切なさがこみ上げてきて。「走馬灯」という言葉が浮かびました。
よく「死に際に走馬灯を見る」と言いますが、私はそれまで「死ぬ瞬間に一瞬でその人の印象的な記憶が蘇るもの」だと思っていました。
でも、実はそうじゃないのかもしれない。
認知症になり、“今”という時間軸で生きられなくなった時、人はゆっくり走馬灯を見ているのではないか…そんなふうに、ぼんやりと考えました。
現在と過去を行き来するような記憶。だんだんと、昔の記憶が日常を支配していく。
それが、走馬灯なのかもしれないと——。
カケイさんの思い出は、不運な出来事ばかりがよみがえってきます。
もちろん良いこともあったと思うのですが、心に深く残るほど強烈な出来事は、圧倒的に“不運”の方が多かったのだろうなと感じました。
「自分は不幸だ」と思い続けていたカケイさんの心を、広瀬のばーさんの告白がガラリと変えます。
そこで出てきたフレーズが、今を生きる私の胸にも刺さりました。
”損した。
と、おもってたけど、なにかにつけ、自分は損した、自分だけが損した、と、おもってたけど、それは、おもいあがりだった。
広瀬のばーさんをこころん中で煙たがっていた自分に、いままでの自分に、うんと、ううんと、腹が立った。”
不運なことがあると、つい周りと比べて「なんで自分ばかり」と卑屈になってしまい、視野が狭くなります。
でも、そんな自分でも、誰かに生かされている。
だからこそ、今まで生きてこられたのかもしれません。
死ぬ間際にそのことを知ることができた——それだけでも、きっと幸運なのではないでしょうか。
おそらく、広瀬のばーさんの告白を聞くまでは、「自分は生まれてこない方がよかった人間なんじゃないか」という思いが、カケイさんの中に根付いていたのだと思います。
それが、あの告白によって逆転するのです。
ふと思ったのですが、カケイさんにとって、広瀬のばーさんの告白は『幻の光』で言うところの「精が抜ける」出来事だったのかもしれません。
「自分は生まれてきてよかった人間なんだ」
それを知るために、生きていたような気がしました。