あらすじ
道沢一番という名前は、「何事にも一番になれるように」という父の願いで付けられた。
重荷に感じたこともあったが、父には感謝している。「男らしく生きろ」という父の期待に応えることで一番の人生はうまくいってきたからだ。
しかし二年の交際を経て恋人の千凪にプロポーズしたところ、彼女の返事は「好きだけど、愛したことは一度もない」だった――。
千凪はアロマンティック・アセクシャル(他人に恋愛感情も性的欲求も抱くことがない性質)で、長年、恋愛ができないが故に「普通」の人生を送れないことに悩み、もがいていたのだった。
千凪への思いを捨てられない一番と、普通になりたい千凪。恋愛感情では結ばれない二人にとっての愛の形とは。
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Posted by ブクログ
アロマンティック・アセクシャルの千凪×男らしさを強要された一番のラブストーリー
①近年、自分のセクシャリティ(性的指向や性自認)を他者に開示する(カミングアウト)をする人が増えてきている。
しかし、自分のセクシャリティがわからないと感じている人は多いのではないか。
私自身、'';性的欲求を他者に対して抱くことはありえない"と思っていて、
本作を読んでいても、「なぜそんなに一番はキスやセックスをしたくなるんだろう」と生々しい行為のシーンを読みながら、そう感じてしまった。
もし、今後、彼氏を作るとなった時のために、自分のセクシャリティを診断して、しっかり自己理解をしておきたいなと思った。
②一番と千凪の当人がうまくいったとしても、家族や友人など、周りの人の理解を得るのはかなり大変なんだろうなと思った。
今は、多様性の社会と言ってはいるものの、道沢家の様子を見て、いざ自分が当事者になるとなかなか受け入れられないというケースは多いのではないだろうかと感じた。
わたしは、「普通かどうか」、「周りがどう思うか」に囚われず、柔軟に判断ができる人になりたいなと感じた。
Posted by ブクログ
アロマンティックアセクシャル、略してアロマアセクとも言うらしい。恋愛やセックスに対する欲求がない性向やそれを持つ人を指す言葉。
主人公の一人「千凪」はセックスに嫌悪感を抱きハグや手をつなぐことにすら違和感を感じる自分が、アロマアセクだと知る。それも恋人「一番」にプロポーズされた翌日に。
一番は男らしくにこだわりぬいた父親の教育に影響を受けたイケメン。そんな二人の恋愛が平穏なはずがなく…。
主人公二人の恋愛の行方や愛の形がメインテーマなんだが、それ以外でも二人の家族模様がとても重要なファクターとなっている。恋愛やマジョリティがてーまではあるけども、秀逸な家族小説としても読ませる。
一番の父親(いびつな昭和の頑固おやじ、当然ヒールである)に近い年齢で立場の俺からすると、価値観の多様性を認められないクソジジイになると、大切な我が子にすら不幸を背負わせることになるんだな、と大いに考えさせられた。
どんな価値観であろうが幸せに生きてるならそれでいい。住むところがなくなって飯も食えなくなったら帰ってきたらいい。それくらいの存在でいることこそ、親の矜持ではないかと思うんだけどなぁ
Posted by ブクログ
これだけ多様性、多様性と言われる世の中になり、様々な人がいるということは理解しているし、受容、尊重したいと思うけど、当事者になったら果たして自分は本当にそうかを考えさせる作品。
特に極端なのは一番の父親で、古臭いジジイだなって思ってた。でもこの人なりの息子への愛なんだよなって最後には思うようになった。自分が男性らしく振る舞えなくて苦しんだからこそ、息子には同じような思いをしてほしくなかったんだろうね。最後まで全然わかってくれないし、間違ってるけど。
一緒にいたい人と埋められない何かがあるとき、綺麗事を抜けば、譲ったり我慢したりすることになる。私は意地悪なのかなー、そうしようと思ってもそれが長く続くのか、一生続けられるのか、一番と千凪の行方を知りたいと思ってしまう。(特に一番。本当に我慢できる?って思っちゃう。)そこまで描かずに、二人で歩み始めたところで終えるのがこの小説の味噌なんだろうね。
二人の幸せを純粋に願える自分になりたいなあ。
Posted by ブクログ
「話が面白い人」は何をどう読んでいるのかで載ってたので読んでみた。
・久しぶりに小説を読んだので比較は難しいが、過去読んできた本で同世代が主人公な本はあまりなく、境遇などは親近感あり。アロマンティックアセクシャルという考えは馴染みはないが、本当に好きで恋愛してるかを突き詰めると、普通かそうでないかの境目って結構あいまいだなと。