【感想・ネタバレ】みちゆくひとのレビュー

あらすじ

亡きあとも綴られる、書かれるはずのない母の日記。
向き合えなかった家族の物語が巻き戻っていく――。
二年前に父が他界し、先月には母もこの世を去った。
不動産会社で働く原田燈子は、天涯孤独になった。
でもずっと前から一人だったのかもしれない。
二十年以上前の不幸な出来事をきっかけに――。
不可思議な死者の日記が繋ぐ「この世」と「あの世」、そして「過ち」と「赦し」。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

こういう作品が出版されて私たちが読める機会を貰えてるのは、とてもありがたいなーと思った。

登場人物がそれぞれの考えがあって、とても楽しめた。
タイミングがいろいろ悪かったり、辛いなーと思う部分が多々あった。

身近な人の死はやっぱり何かが、崩れたり変わったりするけどその中でもまだ生きてる娘さんが彼氏さんと出会えたのは、ほんと良かったなと思った。

印象に残ったこと。
死んだら、笑うたびに光るってこと?
蛍みたいですねぇ。
弁当をちゃんともってこられた遠足と、玄関に忘れてしまった遠足ぐらい驚きに差があると思いますよ。
俺たちはもしかしたら、自分を救いうる他者の営むを、漠然と、神様と呼んでいるだけかもしれない。
道ができた、と唐突にわかった。
方法を2人で考えよう。
ない道を2人で作っていく。



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2025年11月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

厳しい作品だった

作中にあったように、ゆるやかな死は、自身においても周りの人たちにおいても、いろいろなことやものを整理する時間があるが、突然の死には、なにもない
死んだ人も生きている人も、おなじように大きな傷を負って、たぶん生きてる側はずっとそれを抱えて生きてゆく
いつか時が、、、というけれど、たとえ心の平穏は訪れても、決して消えることはない悲しみはずっとそばに寄り添うだろう

死への畏怖があるからこそ生への尊厳があり、作中を通じて投げかけられていることに対峙することが難しい自分はまだまだだなあって、まあ、いくつになってもまだまだで、それがわかるのはいつか死を受け入れたときかもしれないし、それでもまだわからないかもしれない

0
2025年10月28日

Posted by ブクログ

ネタバレ

私が彩瀬まるという作家と出会ったのは、『神様のケーキを頬ばるまで』だった。錦糸町の雑居ビルを舞台にした五つの物語は、大きな事件こそ起こらないものの、登場人物たちの小さな痛みや希望が胸に残った。完全なハッピーエンドではないのに、誰もが自分の道を見つけて歩き出す。その姿に、孤独や日々の重さがそっと癒やされるように感じた。
続けて読んだ『やがて海へと届く』では、喪失と向き合う女性の姿が静かに描かれていた。友人を突然失った主人公が、残された映像や記憶を手がかりに痛みと向き合い、再生へと向かう物語である。
なぜ彩瀬まるは「喪失」を繰り返し描くのか──
ノンフィクション『暗い夜、星を数えて』が答えの一つだ。2011年の震災で仙台市内にいて帰宅困難者となり、津波の爪痕を目の当たりにし、「生き残った側」としての罪悪感や孤独を抱えた体験が綴られていた。日常が突然壊れる恐怖、誰にも言えない痛み、見えないつながりに支えられる感覚──そのすべてが、後の作品世界に深く影響していることを知った。
そして『みちゆくひと』。
主人公の原田燈子は、二年前に父を、そして先月母を亡くし、形式上は天涯孤独となった。しかし彼女の孤独はもっと以前から始まっていた。
物語を動かすのは、母の遺品の中から見つかった「死後も更新され続ける日記」だ。本来書かれるはずのないその日記は、死者の視点から綴られ、燈子を過去へと引き戻す。日記を読む燈子の章と、死者の町で暮らす母の章が交互に配置され、生者と死者の二つの世界が並行して描かれる。やがて父の霊魂も登場し、死者の世界が母だけの特異な体験ではなく、家族全体が関わる「もう一つの現実」として立ち上がっていく。
弟の死は家族全員に深い傷を残した。母は息子を失った罪悪感と社会の視線に追い詰められ、燈子はその苦しみに触れられないまま距離を置くしかなかった。クラスメイトの母娘の仲睦まじい姿をうらやましく思いながら、自分は自分で立つしかないと、孤独と自立を抱えて生きてきたのである。互いに愛情があったにもかかわらず、痛みが二人を隔てていた。死後の世界で母の本心が日記を通して明らかになり、ようやく母娘の関係が“結び直される”過程が描かれている。
父もまた、状況に翻弄された存在だった。家族を見放すことができず、仕事と家事の両方を担い、家庭の環境を整えながら出世コースから外れていく。職場では同僚の自死など過酷な出来事が重なり、家庭に帰っても妻の苦悩、娘の孤独、息子の喪失という現実が待ち受けていた。安らぐはずの家庭が癒しにならず、父は声を失っていく。「自分以外の人間と幸せになってくれたらいい」という父の言葉には、家族への深い愛情と、どうにもならなかった現実への諦念が滲んでいた。
父親は「家族を断絶させた存在」ではなく、むしろ「断絶の中で声を失った被害者」として描かれているように思える。死後の世界で父がようやく家族への理解を深めていく描写は、まるで魂の救済のようだ。生前には果たせなかった対話が、死後の世界でようやく可能になる──その構造は、彩瀬まる作品における“死者の視点”の大きな意味のひとつでもある。
死者との対話が物語の中心にある一方で、燈子の恋人の存在は「生者としての繋がり」を象徴している。死者との関係が幻想的で間接的であるのに対し、恋人との関係は現実的で直接的だ。
燈子は幼い頃から「しっかり者」として振る舞い、弱さを見せることを避けてきた。しかし恋人の存在は、彼女に「弱さを見せても受け止めてもらえる」という新しい可能性を開く。これは死者との対話がもたらす癒しとは異なる、現実世界での救いだ。死者との繋がりが過去を癒すものだとすれば、恋人との関係は「これから生きていく未来」「生者としての現実的な支え」を描いている。
恋人との出会いがオンラインゲームであることも象徴的だ。現実でも死者の町でもない匿名性の中で、燈子は現実の役割や肩書きを外し、弱さや孤独をさらけ出すことができる。現実の自己像から解放されるきっかけとなり、彼女が自分自身を取り戻すための重要なプロセスとなっている。さらに、仮想世界は「生者の現実」と「死者の幻想」の中間に位置し、両者をつなぐ緩衝地帯のような「第三の場」として役割を果たしている。
今作を読んでいると、「夜行」の場面では『百鬼夜行抄』を想起した。怖さよりも「淡々とした共存感」が漂う作品だ。『みちゆくひと』も同様に、死者の世界を恐怖ではなく「穏やかなもう一つの現実」を描いている。両作品とも「死者の声を聞く」ことがテーマの一部だ。律は妖怪や霊から物語を聞き、燈子は母の死後の日記を読む。どちらも「死者が残したもの」を通じて生者が自分を見つめ直す構造だが、『みちゆくひと』は内面的な癒しや再生に重心に描かれている。
また、死者の声が「物を介して届く」というテーマは、『ツナグ』『家守綺譚』『流浪の月』『星の王子さま』などに通じる。いずれも「物が声を宿す」物語であり、過去と現在をつなぐ装置として機能している。朱川湊人の『かたみ歌』収録の『栞の恋』では「古本に挟まれた栞」が過去の人物の存在を呼び起こす。どちらも「物質的な媒体」が時空や生死を超えて人を繋ぐ役割を果たすという点は共通している。
また、書籍の表紙とタイトルについて考えてみた。水面や花びらのような模様が描かれている。それは「記憶の揺らぎと再生」を視覚的に表現しているように思えた。
「みちゆくひと」は、生者と死者の双方を包み込む。燈子も、母も、父も、弟も、それぞれが“自分の道”を歩み続けている。生と死は断絶ではなく、別々の道を歩きながらもどこかで重なり合う。母は死後の町で日記を書き続け、父は死後にようやく家族を理解し始め、燈子は過去と向き合いながら未来へ歩き出す。人生の歩みは途切れず続いていく。優しい世界観が、タイトルに静かに込められている。
眩・鳴・冥・解・結・歩・巡──
これらの言葉は、物語の中で繰り返し立ち上がる感情の層を象徴している。物語の中で、眩(まばゆ)い記憶と冥(くら)い痛みのあいだを行き来し、ときに心の奥で鳴り響く声に耳を澄ませながら、過去を解き、縁を結び、自分の足で歩き続けていく。その歩みは直線ではなく、巡りながら深まっていく円環のようだ。その道のりは、ひとりで歩いているようでいて、実は常に“誰か”と共にある。私はこのとき、お遍路の言葉「同行二人」を思い出した。見えなくても、そばにいる存在が歩みを支えてくれる。『みちゆくひと』は、まさにその感覚を静かに描いた物語なのだと感じた。
 私自身、『神様のケーキを頬ばるまで』から始まった読書体験だが、『やがて海へと届く』を経て、『暗い夜、星を数えて』で作者の原点に触れ、『みちゆくひと』で大きな輪を描いているように思った。作品を読むことは、自分の中にある喪失や孤独、家族への複雑な感情と向き合うことでもある。物語はそっと受け止めてくれる。
『みちゆくひと』は、喪失を抱えた人、幻想文学が好きな人、家族の深層を考えたい人に強く響く作品だと思った。

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2025年12月21日

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