【感想・ネタバレ】夜の潜水艦のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

夢の中で起きた出来事や登場人物たちの妄想が、現実に影響し、時に実現する中短編集。全ての作品に共通する、その幻想的な雰囲気が、とても好きだった。

特に面白かったのは、少年が妄想の中で潜水艦の旅を重ねる「夜の潜水艦」。誰にも読まれることがない代わりに偉大な作品を書ける筆を手渡される「彩筆伝承」。名酒を生み出したことで全ての人間の記憶から消えてしまう「杜氏」。夢の中で九千の夜という途方もない時間を過ごすことを代償に名刀を打つ「尺波」。自らの心の中に死んだ友人の別人格を生むことで禁制音楽を作曲し続ける「音楽家」。このあたりだった。
共通しているのは、何か偉大なものを生み出した人たちが、その代償に、自分の存在、生み出した作品を喪失していることだ。そして、その喪失に彼らは、それぞれの幻想的な方法で折り合いをつけたり、何かしらの運命を受け入れざるをえなくなる。

「夜の潜水艦」に出てくる「陳透納」は、16歳まで、自分自身の妄想によって、現実に干渉できるほどの想像力=創造力を持っていた。ただ、高校3年生になるにあたって、その想像力を自ら手放してしまう。
大人になってから、もう一度、その想像を巡らそうと努力をするが、二度とかつての自分が見た世界を見ることはできなかった。幼かった頃の記憶だけを頼りに、彼は、かつての自分が想像した映像を模写することで、画家となる。
「彩筆伝承」の「葉書華」は、夢の中で老人と出会う。老人は、自分の書いた作品を誰も読むことができなくなること交換条件に、「絶対的な偉大さ」をもった作品を書けるようになるペンを与える。それ以来、「葉書華」は、偉大な作品を書くことができるようになるが、彼の書いた文字は、他の人間には、白紙にしか見えない。
再び、夢の中で「葉書華」は、ペンを手にする。ただ、今度は、ペンを受け渡す側である。ペンを受け渡して、目を覚ますと自分が書いたはずの作品は、全て消えてしまい、一字たりとも思い出すことができなかった。

一時とはいえ、天才的な才能があった二人の登場人物は、その才能を失ってしまう。とはいえ、自分に才能があったという記憶そのものを消すことはできない。
そんな悲哀を慰めるのは、かつての記憶が誰かに受け継がれていること、まだ、その夢が続いていると想像することだった。「陳透納」がかつて想像した潜水艦は、いつまでも夜の海を航行し続ける。「葉書華」の書いた文字は、もはや自分には見えないが、確かに白紙のその紙の上に残っているはずであり、夢の中でペンを受け取った次の人間に受け継がれている。

想像力が人を救う物語だと思った。自分がやったこと、楽しかった思い出、そういったものの意味を見つめ直せる本だと思う。

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2024年03月29日

Posted by ブクログ

どこか哀しさを感じさせ、作品世界の中での現実と幻想がいりまじる美しい物語たち。
寝る前に一編ずつ読み進めたくなるそんな夜の似合う短編集。読み終えてしまうと、この世界が終わってしまうのがつらくて、一編ずつ、ゆっくり読み進めました。

失われた世界に漂う『夜の潜水艦』
鍵のストーリーが印象的な『竹峰寺 鍵と碑の物語』
他人の視線に触れると文字が消えてしまう『彩筆伝承』
雲を管理する『歳雲記』
不思議な方法で作られたお酒を巡る『杜氏』
かつて庭園だった耽園での僕と李茵のエピソードから始まる『李茵の湖』
祖父が濃霧の中で経験した不思議な話『尺波』
レニングラードに響く禁制音楽『音楽家』

またこの作者の作品を日本語で読む機会がありますように。

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2023年12月11日

Posted by ブクログ

刻々と変わりゆく街の風景と、変わり映えしない毎日に挟まれて、どちらにも馴染めずに少し疲れたとき、心はゆっくりと身体から離れて漂いだす。
陳春成が描く物語は、黄昏と闇夜のあわいに立ち上る影のように、竹林を鳴らす風が耳元で囁く秘密のように形を留めず移ろってゆく。

そこには驚異的なイマジネーションや壮大な幻想 の王国はないかもしれない。
ナイーブ過ぎる白昼夢や、遠い記憶の残滓に過ぎないのかもしれない。
だが、彼が描き出すイメージたち ー
少年の夢を乗せたまま永遠の夜を航行する潜水艦(『夜の潜水艦』)
取り壊された実家の記憶を宿して古い石碑と共に苔生していく使い道のない鍵(『竹峰寺 鍵と碑の物語』)
花壇の縁取りのガラスがもたらした幼少期の記憶に「ちゅん」とする別れた彼女(『李茵の湖』)
ー古い夢が消えさったときの喪失感と諦念が、チクっと胸を刺す痛みを知る人にとって、それらのイメージは心の片隅に確かな存在として残り続けるに違いない。
村上春樹の古い短編小説集、例えば『回転木馬のデッドヒート』に近い手触り。といって、どれだけの人に伝わるだろうか。

本書に収められた短編は2017-19年に執筆されている。個人的には、ちょうどこの3年間に複数回、上海や北京へ出張した。その時はscrap and buildを繰り返す街のダイナミズムと、仕事相手のエネルギッシュでどこまでもアクティブな押しの強さに、日本とも異なる大陸文化という印象を受けたものだ。
この本は中国の若い世代の共感を呼び、中国版本屋大賞を受賞しているという。同じ本を読んでいるというだけで、出張のときとはまた違う印象を持てて、嬉しい。

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2023年09月24日

Posted by ブクログ

かつてボルヘスが海に投げ入れた硬貨を探す億万長者の酔狂な夢と、一人の少年の想像力が衝突する表題作「夜の潜水艦」ほか、八つの短篇を収録した幻想小説集。


作者は1990年生まれ。ボルヘスや中国の古典と一緒に、ポケモンやインターネットの現代カルチャーが語られていく。
お気に入りは「裁雲記」「杜氏」「音楽家」。「裁雲記」は空に浮かぶ雲の形が法で定められている世界のお話で、主人公は森林保護区にポツンと立つ小屋で雲を裁断する仕事をしている。本書のなかでは特にファンタジー色が強い作品だ。雲を絵本にでてくるような形に整えるという一見可愛らしい設定が不条理を孕んでいるのが面白いんだけど、裁雲の日々で話が進むかと思いきや、役に立たないことばかり研究している人たちが集まるサナトリウムみたいな場所が登場して主人公にもう一つの生き方を示す。光の見える出口を求めるよりも、闇が広がる洞窟の奥へ進んでいくことによって解放される人間もいる、というメッセージは本書の収録作全体に通底するテーマでもある。
「杜氏」は南條竹則の『酒仙』を中島敦風に書いたような酒造りのお話で、中国の幻想小説と聞いて期待するベタな感じの短篇。「名人伝」のようなオチは新鮮味ないけど、五行を表す五つの酒を造りだし、最後にそれを全部混ぜると……というのは中華風錬金術って感じで面白かった。
「音楽家」は他の作品と違い、ソ連時代のロシアを舞台にしている。敵性音楽を規制するため、音楽を聴いて鮮明なイメージを浮かべることができる共感覚者が集められ、審査官として政府に雇われているという設定の歴史改変もの。審査官になったばかりの共感覚者と、長年自己規制をしてきたために人格が分裂してしまった元審査官、二人の視点から描く。「裁雲記」のどこか牧歌的な世界をシリアスに描きなおしたようでもあり、音が生む幻想の世界に入り込みながらも常に恐怖心が自己規制を始める恐ろしさと、それでも自由を求めてどんどんミクロの世界に逃げていく切実さが描かれる終盤に力が入っている。ただ、この音楽の代わりに描写される幻想風景は凡庸だと思う。これは「夜の潜水艦」で語られる想像力の世界に対しても思う。

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2023年08月27日

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