あらすじ
詩人であり、絵本や随筆の傑作も多い長田弘氏。1999年6月に刊行され、2013年5月に新装版が刊行されたエッセー集『私の好きな孤独』、待望の文庫化!!
「孤独」はいまは、むしろのぞましくないもののようにとらえられやすい。けれども、本来はもっとずっと生き生きと積極的な意味だった。
「たった一軒のカフェに親しむだけで、知らなかった街が、ふいにどれほど、
じぶんに親しい街に変わってゆくことか。朝の清潔な孤独を味わえる街の
店に座っていると、そのことが浸みるようにわかってくる」
( 本書収録「朝のカフェ」より)
音楽、珈琲、旅、酒、読書──。
孤独を慈しみ味わうために必要な「小道具」たちをモチーフに、いまなお多くの人に愛されつづける「言葉の魔術師」が詩的魅惑を豊かにたたえながら紡ぎ出し指南する、「孤独」との明るく前向きな付き合い方。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
音楽、珈琲、旅、酒、読書など、明るく前向きな孤独との付き合い方を指南するエッセイ。
「言葉の樹」で心を掴まれる。
風景や色に対しての独特な観点が印象的。
「交響曲第一番」「窓」「本屋さん」
繰り返し読みたくなる。
音楽については解説書の趣き。
Posted by ブクログ
描かれるような文章で、孤独の美しさが語られる。
前半は、短編のような、少し長い広告文のような
ラスト一行に心掴まれる文章。
「バーボン、北米のありふれたウイスキーだ。ありふれたものを素晴らしいものに変えるのは、つねに愛着である。」
ふわりとバーボンの香りがたつ。
街を描かれた章では、これから歩く街並みが
少し詩情をもっと眺められるような味わい。
「舞台。都会のプラットホームは、都会の舞台のようなものである。ただしヒーローもいなければ、ヒロインもいない。」
「地下道には、いま、ここというものがない。いま、ここという感覚が失われてしまえば、じぶんなんてものは、あっさり見失われてしまうのだ。」
「誰もいない公園で揺れのこっているブランコには、鋭い悲しみがある。」
どれも、はっと気づかされ、胸をつくような驚きと感動がある。
最後の章は、ジャズが聴きたくなるような音楽と作者の文に
心が揺らぐ、心地よくスウィングする。
その中にも、
「青春の時間は、真夜中を中心にめぐる。そうして後に「何か」としてしか思い出せないような「何か」だけを残す。」
「気持ちのいい沈黙があれば、それだけでいいのだ。たとえ音楽が流れていても、いい音楽であれば、あとにきれいな無がのこる。気に入った街のコーヒー屋では、黙ってコーヒーを飲む。」
「たった一軒のカフェに親しむだけで、知らなかった街が、ふいにどれほど、じぶんに親しい街に変わってゆくことか。朝の清潔な孤独を味わえる街の店に座っていると、そのことが浸みるようにわかってくる。
それが、旅だ。身も知らなかった街の密かな感情に親しくふれあうことが、旅の感情だ。」
孤独、旅、友情、音楽。
たくさんの気づきや、感動に、心揺さぶられる読書時間だった。
Posted by ブクログ
長田弘のエッセイ集。2ページほどで綴る人生の悲哀と滑稽さ、猫、愛、言葉、音楽、駅、コーヒー、ヨーロッパやアメリカの街角についての考察。
Posted by ブクログ
詩人である著者の日々、思い出、好きなカフェ、ジャズ…短い話がたくさん。どの話もことばが大事に愛をもって扱われていて、好きな文章だった。「奥行きの深い言葉」と解説でも言われているけれど、本来ことばでは切り取ることのできない物事の奥行きを、そうと分かっていてもできうる限りすくい取ろうとするような誠実さを感じる。しかもそこで使うスコップは子供でも分かるような平明なことばと文章なのだからすごい。
この本の中では「窓」が一番好き。
「街は窓でできている。窓のない街はない。街とよばれるのは、窓のある風景なのだ。」
私はたくさん並んだ窓を眺めるのが子供のころからすごく好きで、自分の知らない、知りえない人間たちとその生活が窓から生々しく漏れ出していることに心惹かれてしまう。だから、「窓には人生の表情がある」という一言に心から同意したくなった。ミミズクと少女は出て行ったけど、必ずまたどこかの窓へと宿るだろう。長い長い物語が闇の中へ続いていくような余韻が頭の中で尾を引いている。
Posted by ブクログ
独特のテンポの文章。自分の中に染み渡らせたい熟成された柔らかな言葉にあふれたエッセー集。特に「手」はしびれるものがあった。
音楽を聴くのが好きなのは、それが手のつくりだす言葉であるからだ。音のなかに音をつくりだす手が生きているからだ。
Posted by ブクログ
大人はレゴで現実にあるものを、できるだけそれらしく見えるように作ってしまいがちである。そのことにがっかりする。子供は例えば電車を作ったとして、大人から見れば到底電車には見えない。しかし子供たちの中には自分にとっての電車のイメージがしっかりとある。
「たった1軒のカフェに親しむだけで、知らなかった街が、ふいにどれほど、自分に親しい街に変わっていくことか。朝の清潔な孤独を味わえる街の店に座っていると、そのことが染み渡るようにわかってくる。それが、旅だ。実も知らなかった。街の密かな感情に親しく触れ合うことが、旅の感情だ。そういう旅が好きである。」