あらすじ
「ワンワン」など動物の声や「ドッカーン」などの物音、「ひらひら」など物事の状態や様子を写す言葉「オノマトペ」を日本人はこよなく愛してきた。本書では日本人の泣く声や様子、笑う声や笑う様を表わすオノマトペに焦点を絞り歴史の糸を手繰り寄せる。「ウェラウェラ」「ツブツブ」「ホヤホヤ」など予想外のオノマトペが続出、そこに潜む日本人の認識の仕方や時代性も追究。オノマトペ研究の第一人者による斬新な日本語の歴史。
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Posted by ブクログ
12月の新聞書評で見かけて読んでみた。
(オノマトペについての)「こうした研究は、きちんとなされたことがない」と本書の冒頭の言葉。
研究の対象、素材として、数あるオノマトペ(擬音語、擬態語)から、「泣き」と「笑い」を選んで、それぞれの時代(奈良、平安、鎌倉、室町、江戸、明治以降)、男女の社会的役割に沿っての、その変遷をたどる。
我々(我々の世代?)に沁みついている「男は泣くものではない」という発想も、そう根深いものでもなく、たかだか100年、150年の概念でしかないようだ。それが分かっただけでも、本書の価値は大きい。
江戸時代、男は声をあげて泣いていたのだ。それは「相手や周りの人間に自己の愛情の深さを知らせたり、自分の行為や言動を認めてもらうため」と本書は解説する。泣き、笑いの感情表現ですら、自然内発的なものでなく、社会性を帯びた意図的な反応にすぎない、ということも驚きだ。
江戸時代は、「縁坐(=犯罪人の親族も罰せられる)や連坐(=一定の範囲を決めてその範囲にいる人間の一人が犯罪を起こすと、全員が罰せられる)といった制度が課せられている状態にあっては、罪は一個人にとどまらず、親・兄弟をはじめとする親戚一同に及ぶ」
故に、人は声をあげて泣き、
「大声をあげて泣くことによって、周りの人間に、許す気持ちを起こさせたり、身の潔白を信じさせたり、自分の行為を理解してもらったり、同情してもらったり、情けの深さを感じさせたりする効果」を狙っていたというから、なんとも打算的というか、感情すらも社会や世間体、慣習や躾、教育によってコントロールされるものなのかと思わされる。
斯様に、時代ごとに「泣き」「笑い」のオノマトペの、文献内の登場頻度や表現を分析し、むしろオノマトペ研究というより、時代の求める感情表現とその価値観変化の調査の様相も纏う。
室町、鎌倉時代、男女とも声をあげて泣くことを良しとしていなかった(ただし、宗教的な場面では、声をあげて泣いても咎められなかった)一方で、平安時代、『源氏物語』では男たちの泣き声が多いことから、むしろ男が「泣き声」を効果的に使っていたなど、行為の裏を探る。
「一人の男性に複数の妻のいる平安時代の貴族社会では、男が声をあげて泣くことが、情け深い男である証となり、そうした制度を支える効果的な役割を果たしていたと考えられます」
なんて言われたら光源氏も立つ瀬がなくなりそうだ(笑)
こうして、平安、奈良、万葉の古代の頃まで、文献に残されたオノマトペを素材に、男女、人間の機微に迫る本書は、研究の書というより、週刊誌のゴシップ記事のようでもあり、実に楽しく読み進むことが出来る。
そして最終章まで進むと、そのオノマトペの可能性、文字を生み出す力、言語の源になったという話(言語の起源の擬音語説/模倣理論)も展開され、日本語特有のこの副詞、オノマトペの大いなる存在に、一層の敬意を払いたくなるという建付け。
実に興味深い一冊だった。