あらすじ
棉のような雪が静かに舞い降りる宵闇,1943年の満洲で梶と美千子の愛の物語がはじまる.植民地に生きる日本知識人の苦悶,良心と恐怖の葛藤,軍隊での暴力と屈辱,すべての愛と希望を濁流のように押し流す戦争……「魂の底揺れする迫力」と評された戦後文学の記念碑的傑作を敗戦60年を機に再び世に贈る.
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Posted by ブクログ
日本企業および軍隊の原理が読み取れる小説。大日本帝国において、日本軍ほど絶大な権力、影響力を持った組織はなかった。そのような時代、満州の会社に勤める主人公の梶は、ある日、上司から採鉱現場へ行くようにと命令された。それを受けて、梶は妻の美千子とともに、採鉱現場に近い山場のほうへと引っ越す。そこでの現場の衝突や特殊工人の労働搾取など、現代の日本企業に通ずる記述が見られる。第2部の最後、梶が憲兵隊との衝突の末、召集令状が下るまでが今回のおおまかな流れである。
本作は主人公梶の心情、葛藤が特に注目すべきである。本のタイトルにあるように、人間が人間として、どうあるべきかという葛藤が何ともリアリティがある。日中戦争で泥沼化した時代、次々と召集が下った。そのような状況下で、日本の企業、組織の闇の面が見え透けるのが本作の特徴である。
本作の中盤から終盤にかけて、憲兵の特殊工人に対する凄惨な仕打ちに、梶は周囲構わず反抗した。特殊工人たちを人間扱いしないことに憤った梶は憲兵隊という巨大権力に立ち向かったが、正常な論理が通じない時代、そのような行動は国賊と見なされる。憲兵からの拷問を受け、やがて解放されるが、それが結果的に召集を招くこととなってしまった。このように、人道的に正しい行動を取ったとしても、それが巨大権力を相手にしてしまうと、その後痛い目にあうという事例がここから読み取れる。国家が本質的に暴力をはらんでいるということがよくわかる。国家とは、個人を簡単に抑圧できる恐ろしい存在である。