あらすじ
『BEATLESS』の著者が日本SF大賞&星雲賞を受賞した最高傑作
不慮の事故によって右足を失ったダンサーの護堂恒明は、AI制御の義足を身につけることで人間性のプロトコルを追究するが──。
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Posted by ブクログ
まるで一つの芝居を見ているようだった。
いや、ダンスだから芝居じゃなくて公演か…?
人と人が接することで人間性とは確立されているんだというメッセージ性を感じた。
介護の描写のシーンがリアリティがあると思ったら作者の体験も交えて書いてあるらしい。通りで…
Posted by ブクログ
面白かったです。事故で右足を失ったプロダンサーがAIを組み込んだ義肢を装着して、新たなダンス表現を生み出すというストーリーです。SF小説というカテゴリーになっていますが、SFというよりはヒューマンドラマ、あるいは哲学色が濃い本かもしれません。そして何より私は著者の文章力に感銘を受けました。ダンスという文字で表現しづらいであろう領域をよくここまで文章で表現したなと。
この本で考えさせられた問いは次の2つです。1つ目は「ダンスとは何か」、2つ目は「AIとはどんな存在なのか」ということです(その意味で本書は哲学的)。言い換えると、人間とは何かを考えるにあたって、AIという異質なものと比較をしつつ、一方ではダンスを情報処理的(機械的に)考えることで人間とAIの共通点を見つけようとします。ちなみに「AIとはどんな存在なのか」という問いに対しては、AIを道具としてみる見方が世の中では一般的な気がしますが、本書はそれとは違う視点を提供してくれているのではないでしょうか。それはAIを「器官」としてみる見方です。かつて漫画「寄生獣」というのがありましたが、あれに近いかもしれません。寄生獣は完全にファンタジーなのに対して、AI義肢はすでに世の中に登場しています(とある展示会で見ました)。つまり本書はSFとも言えない、きわめて現実に近い話を書いているともいえるでしょう。人間とは何か、AIとは何かなど考えさせられる本でした。
Posted by ブクログ
面白かった。
ダンスによるヒューマニティーの伝達、それはロボットを通じてでも可能なのか?の問い掛け。その答え合わせが描かれており近未来の話でも現実とシンクロする。
そして介護の話。現実として介護が発達してもお金がないかかるというリアル。そのリアルさがSFでありながらも現実問題として突き付けられる。
SFではありつつ現実への風刺でもある小説として完成度が高いと思う。
Posted by ブクログ
とても面白かった。
こんなのめりこめて読めたのは久しぶりかもしれない。
襲いかかる不運。それらに対して、主人公は、様々な<手続き>を通して立ち向かっていく。目が離せなかった。
私にとって、<ヒューマニティー>も<プロトコル>も咀嚼しきれていない語彙である。もう少し、年月が経ってからもう一度読みたい。
Posted by ブクログ
あまりに壮絶なストーリーで、読み進めるのも苦しかったですが紛れもない名作。特に後半、親子二人がコンタクト・インプロビゼーションを通して対話するシーンは、いろんな感情が込みあがりすぎて涙が止まりませんでした。(「めいわくをかけない」のメモ書きを見つけるシーンは本当に無理で号泣でした)
物語としての面白さはもちろん、AI義足との共生とロボットダンスを通して展開されるAI論は間違いなくSF小説して非常に魅力的。また、ダンスと介護を通して「人間性」という形の見えないものに向き合う展開に、文学作品としての純度の高さも感じられ、そういった面でも非常にクオリティの高い作品だと思います。非常におすすめ!
※余談
日本SF大賞受賞も大納得の名作でしたが、文庫の帯を見るとベストSF2022国内篇だと2位とのこと。本作より素晴らしい作品なんてそうそうないだろと思って調べてみると、なんと1位は「法治の獣」でした。たしかに法治の獣も間違いなく名作なので、2位もしょうがないのか。2022年はSF分野豊作の年だったんですね。
Posted by ブクログ
これは名作。AIとの共存みたいな、ありきたりの言葉では語りきれないほど、芸術や介護等の重い深いテーマにも踏み込まれている。
これは是非映像化して欲しい。各所の情景が浮かぶし、切ないけど希望もあるみたいな程よいバランス。
Posted by ブクログ
主人公の護堂恒明は交通事故で右足を切断する事になった若いダンサー。AIを搭載した義足とともにダンサーとして再起を図るが両親も交通事故に遭い、母は亡くなり父は自己の後遺症で認知症になってしまう。
AI義足の説明など分かりにくい部分はあったが、ロボットとのダンスのシーンは、会場の熱気や空気感が鮮明に描写され自分もその場にいるかのような感覚になった。介護のシーンはリアルで読んでいて辛かったが、認知症によって全てが変わったわけではなく、変わらない部分もある事に主人公が気づいて救われた所がとても良かった。
Posted by ブクログ
交通事故で右足半分が義足になったプロダンサーの再生の物語。
護堂恒明はコンテンポラリーダンスを得意とするプロのダンサー。交通事故により右足を失う。
新しくロボットによるダンスカンパニーを立ち上げた谷口はロボットとの共演を護堂に持ちかける。
ロボットに、より人間的なダンスを踊ってもらうため、護堂の義足にAIとセンサーを組み込み、データを取り、ダンスロボットにフィードバックする。
AIを積極的に取り込み、人間が観て心を動かされるダンスとは何かを追求していく。
並行して、護堂は交通事故で母を亡くし、プロダンサーである父も事故をきっかけに認知症が発症、進行がはやく、恒明は同居して介護することになる。
短期記憶喪失、排泄も失敗することが多くなり、恒明の介護は悲惨極まる。
唯一の血縁である兄は大阪にいて介護にも、資金援助にも非協力的だ。
義肢は進化する。AIのおかげで、義肢自らが人間としての通信手順(プロトコルオブヒューマニティ)を持ち、より人間に近い表現と、他のダンサーとの距離と速度を絶妙に調整する。
しかし、父の認知症は治らない。症状は悪くなっていく一方だが、唯一、プロダンサーとしてのプライドだけは残った。
私の父も脳梗塞を患ってから認知症の症状が出るようになった。「納品書がない!」「回収したお金が見当たらん!」10年以上前に辞めた商売のことを突然言うようになった。
護堂の父は、短期記憶を失っても、言葉が思うように出なくなっても、理性が崩れても、踊ることだけはやめなかった。
私の父は最後まで商売人として生きた痕跡が残っていた。
脳の機能が損なわれても、人が人生をかけて積み重ねたものまで、すべて失われるわけではない。
護堂の父にはダンスが残り、私の父には仕事が残った。
そこから、もう一度人とつながることができる。
最後の護堂と父とのラストダンス。
そして護堂とロボットたちのダンス。
このダンスシーンは凄い。
自分も踊って汗をかいてるような感覚に襲われる。
プロトコル・オブ・ヒューマニティとは、他者とつながるための通信手順だ。
そこに関係が生まれ、感情が行き交う。
そして、その関係をダンスとして表現したとき、それを観ている人間まで巻き込んでいく。
親子としての絆、ロボットたちとの新しい関係。
本作はSFであると同時に家族小説であり、新しい関係性を獲得していく物語でもある。