あらすじ
たとえ癒しがたい哀しみを抱えていても、傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷の周りをそっとなぞること。過去の傷から逃れられないとしても、好奇の目からは隠し、それでも恥じずに、傷とともにその後を生きつづけること――。バリ島の寺院で、ブエノスアイレスの郊外で、冬の金沢で。旅のなかで思索をめぐらせた、トラウマ研究の第一人者による深く沁みとおるエッセイ。解説 天童荒太
感情タグBEST3
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目の前で起きていることに誠実に向き合う。
自分が思ったことに正直になったまま、人と話す。
診察と同じように。
傷があってこそ、
愛され、癒される。
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トラウマ研究第一人者である、精神科医によるエッセイ。
自分の限界や傷と向き合い、喪失感を覚えながらもそれをあるものとして認め、成長していく。
作者の経験から生きていく上で大切な智慧をもらったように感じた。
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トラウマ研究の第一人者である著者が綴る日常エッセイ集である。著者の人となりが垣間見えるとても静謐で実直な文体が、読者を追い詰めることなく優しく認めてくれる感覚を味合える。
トラウマ臨床の研究者で医師という肩書きからは、トラウマに関する事象全てを掌握しているプロフェッショナルという姿が想起される。そこには、一切の失敗や妥協を許されない姿勢が求められるプレッシャーがあるだろう。切羽詰まっている患者からすれば、簡単に改善してくれるだろうと縋るのも当然と想像に難くない。
しかし、著者は当事者としてプロフェッショナルにも当然あるはずである人間性を吐露する。一発で症状を改善させるようなことはできないし、常日頃心に傷を負った患者と接することで精神がすり減っている現実があるのだ。
ではプロフェッショナル、ひいては他人としての私たちは傷を負った人々に対して無力なのだろうか。著者は、傷ついた人に寄り添うこと、何もできないがただ見ていることの重要性を示す。傷を傷のままに認め受容しながらその上で人生を続けていくこと。このような態度で自他ともに接することが大切なのだろう。
著者の日常の些細な出来事からより抽象的なテーマへと話題を転換させる思考の独自性が、おもしろい。様々なテーマの根底には、読者の経験する日常の歯がゆさや無力さを優しく包み込んでくれる、そのような優しさがある。
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本当に実力がある人は、競争に勝とうと思ってやっているのではなくて、やりないことを自分のスピードに合わせてやっていたら、いつの間にか勝っているのかもしれない
ブルーオーシャンを探す方法は、
ランダムな組み合わせ。二つのテーマやキーワードをランダムに組み合わせる。
全ての人生のコツは、無駄な力を抜くこと
人の価値が下がっている
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やばい、かなり好きかも。
ものすごく正直な言葉で、だからこそすっと奥まで入ってくる。
そしてもの静かで温もりがあって安心できるような余韻がある。
何かに似てると思えば、教会みたいな感じだ。祈りと慈愛と、時間をかけて醸成されるあの独特の空気。
本を読んでこんな感覚を覚えたのは初めてかも。なんでだろう。恣意がなく、自然で、少し濁ってるような。
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学生時代に『環状島』モデルで知ったことを思い出しながら購入。ノウハウではなくあくまでエッセイという形で、傷に真摯に向き合う筆者のスタンスが通底している文章だった。
あまり本筋とは関係がないが、怒りが他者に対する羨望でもあるという記述が興味深かった。
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心の傷やトラウマは極めて主観的なもので、決して他者のことを理解することはできず、それぞれの地獄がある。そんな地獄をそれぞれが抱えていることを認め、見つめていけるまなざしを持っていたい。
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誰もが言葉にできない傷を抱えて生きる現代。傷に打ち勝つ強さや、気にしない振りをする鈍感力が必要なのだと思っていた。私にはそのどちらもなく、傷をそのまま受け止めては当時の記憶を呼び起こし、打ち勝つこともスルーすることもできずに、生きづらさに消えてしまいたいという衝動に駆られることばかりだった。
だからこそ、傷を傷として受け止めてもいいと知った時、張り詰めていた心がすっと軽くなった気がする。無理に強がらなくていいと思えたことで、自分をいたわることに専念できそうな気がしている。
本書に記されたエッセイは、著者である精神科医の知見に裏打ちされながらも、纏う空気はどこまでも優しく、誰もが持つ悩みに寄り添っていると思う。すべてに白黒つけず、曖昧なままそっと考えを託してくれるような雰囲気もある。それが、私にはとても心地よかった。
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傷つくことも恐れて、それすらも傷ついて、傷ついたら傷ついて、傷ついたということを思い出して傷つく。
そういう自分も愛してあげたいと思った。
男性の目線で見ると、男の「脆弱」とは「男らしくいなければならない」という価値観や固定観念を纏ってしまっているが故という言葉を見て、本当にそのとおりだと思った。自分らしく生きて、その上で傷ついて、それすらも愛したいと思った。
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トラウマ治療に関する第一人者が書かれた本で、『心に沁みた…』的な感想をSNSで読み手に取りました。
たしかにその通りで涙がポロッと溢れる箇所もあるんだけど、全体的な印象としては、おもしれ〜〜!!だった。
右脳左脳の使い方で魔術的思考をするかどうかが変わるとか、ヴァルネラビリティ(脆弱性、攻撃誘発性)についての知見、ベトナム戦争記念碑を通じて見る負の歴史の扱い方などなど。
知的好奇心をくすぐられるトピックスや、なるほどそういう視点があったのねという気づきが多かった。
著者に関しては、なんだか掴みどころの無い方だなと思った。
幼少期のことや家族のこと、もちろん著者が何を考えているかを書いているエッセイなんだけども、職業柄世界をかなり俯瞰して見ているからなのか?
あまりにもニュートラルな性格の方だなぁという印象。
本筋のテーマであるトラウマ、PTSDに関しては、
【屈辱】や【みじめである】といった言葉に自分が強く反応したのが気付きだった。
私は喪失感や不安よりも、屈辱感に苦しめられてるんだなぁ。なるほど。
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トラウマの改善方法とかが書いてるわけじゃないのが予想外だった。
ただ静かに、宮地さんのトラウマや事象への捉え方が描かれていて、それがとても穏やかで、でも柔らかいわけではない。穏やかに鋭く現実を見据えていて、寄り添ってくれるような本だった。
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エッセイ自体が元々読むのは苦手で、一度かなり間を空けて読まなくなってしまい、二度目で休み休み読んで完読できました。
なんだか実家の母と他愛もない話をしている時のような幸福感を感じる章と、難しくて中々読み進められない章とありました。
心や対人関係について「きっと良くなる方法があるはずだ」と思い込んで対策を考えたり調べてみることはよくありますが、一向に良くならずそれでもなんとかならないかとジタバタしてしまい、逆に辛さが増すようなこともありますが、どうにもならないことを認めてもいいんだ、となんだか心と頭が軽くなりました。
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「人生の軌跡」が特に印象的。
人生の分岐は二元論ではなく、常に幾つものY字路を進んでいく感覚が、自分の中にもある。
Y字路を選び続けると、自分がどの方向に進んでいるのか、堂々巡りのように回り続けているのか、周りから大きく外れてしまっているのか、そうした方向感覚がわからなくなる。
それでも選び続けていく。戻りたい、とは思わないから、常に望んだ道を選択しているのだろうとは思う。
ただ、その先がどこに続いているかはわからない。
どこへ進んでいるのか分からないのに、心の中にコンパスは確かにある。私が私たる為の、いや、私である理由そのものとして、価値観というコンパスがある。
コンパスは進むべき方向をおおよそには示してくれるが、どこへ辿り着くかは示してくれない。
それが人生であり、生きていくということなのかもしれない。
子どもの頃に想像していたよりも人生は細かく、不明瞭で、見えない単位で絡まり続けている。
だからこそ、生きている、私がここにいる、とも思える。真っ直ぐで分かりやすい人生は、どこか作り物めいていて他人事である。
私は自分の傷を俯瞰してしか見られないタチである。肯定や否定という評価とは少し違い、ただただ事実としてそこにあることを自覚する形で、少し離れたところから見ている。
たまに疼くと戸惑う。俯瞰的な自分よりも情動的な自分が優勢になると怖くなる。
おそらくその感覚に対する恐怖心が、自分に距離を置きながら観察してしまう癖を生んでいるのだろう。
ただ、傷によって私の価値観が構築され、日々選択をし、今ここにいる。
そのこと自体は懸命に生きてきた証として愛おしく思う。
自分の傷を愛するという行為は感情として理解しきれていないが、私は私を大切にしている。傷が私の価値観を形作っているのは、他の誰よりも私が実感しているからだ。それが人生のコンパスとなっていく。
感情を少し遠くに置きながら、そんな自分の目線も含めて、複雑に絡まりながら私は私を愛する。
どこに向かうか分からないまま、だけど確かに自分の傷を価値観に変えて進んでいく。そうやって傷を愛しているのだろうか。
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数ヶ月前に読み終わってそのままにしていたこの本。今日、終戦記念日に付箋を貼っていたところをパラパラと読み直してみた。
つけた付箋のうち、一つはアメリカにあるベトナム戦没者記念碑に関するものだった。自己イメージに負の歴史をうまく統合できないのはどの国も同じようで、ベトナム戦争にまつわるこの記念碑はその他の戦没者慰霊碑と比べても、地中にめり込むような低い位置にひっそりと置かれているらしい。著者の最初の印象は「みじめだな」だった。
著者はこの記念碑に突然ブルドーザーが来て大量の土で埋め立てられ、その後そこから木々が育ち森になる白昼夢を見たという。そしてご本人はこの米国にとっては負の遺産、歴史の傷跡であるベトナム戦争の記念碑が議論を巻き起こしながらも完成し、破壊されずに残っていることを奇跡だと思えたからだろうとしている。
歴史の中の自己イメージの醜い部分を、傷を、いかに受け止めていくことができるか。それができた時、肥沃な土壌から豊かな生命がまた育っていくのだろうか。日本でもそれができるのだろうか。米国は今、新たな傷を、過ちを作ってしまっているのだろうか。
本の終盤に出てくる「傷を愛せるか」と言うタイトルになった一節は特に心に深い印象を残した。
p223
傷を愛せるか。心の傷にもいろんな傷がある。擦り傷、切り傷、打撲傷。自傷、他傷、傷つけられた傷、傷つけてしまったという傷。・・(中略)・・傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当をして、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷と共にその後を生きつづけること。
今テレビでやっている「Tシャツが乾くまで」というドラマにみつるという登場人物がいる。
最新のエピソードで随分と心に傷を抱えた人だなと感じた。人を傷つけてしまいそうで、自分を傷つけてしまいそうで、ずっと人から一定の距離を保たないと壊れてしまいそうになる人物像で、勝手すぎる振る舞いから随分とネット上では批判を浴びているそうだけれど、自分が欠陥品のように感じると漏らした彼に私は共感してしまい、そして、そのことはずっと私が恥じてきたことだった。
自分の傷の輪郭をなぞり、それを受け入れて、包みながら、恥じずに前を向いて生き続ける、それを最後までやり続けていくしかないんだと、そしてそこに少しでも何か豊かなものが育ちますように。そうこの終戦記念日に思った。
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まずそもそも帯の文章が優勝。
期待大で読んでいくと、随所に書き留めておきたい文章が散らばっていて、読み進めている最中から「再読必須だ」と思っていました。
精神科医の先生のエッセイということで、難しい文章かなと身構えましたが、自分の経験にも意訳すれば当てはめられ、共感しやすい文書でした。んー、これはINFJさん好きそう。
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素直な文章ですっと入ってくる。
他者を、自分を、他者の傷を、自分の傷を愛せるか。
著者の様々な経験を通じた発見や考察を通じて、考えることができた。
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傷を人に見せ、表現できる人を羨ましく思う。
それと同時に、ヘラヘラしてごまかす自分と相手に対しても苛立ちや否定の言葉が出てくる。
自分の情けなさを読んでて感じた。
著者のような向き合い続ける、逃げる時もそれはあるかもしれないが、その姿勢に力をもらう。
人の傷を見ることもとても気力のいることだけど、目を離し続けてはいけないと思う。
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大学の教授なのに(今はもう名誉教授になられている...!)、けっこうふつうな人だなぁという印象。ふつうってなんやねんやけど。私と感覚が似てるかもとも思った。
本のタイトルだけ見ると、心の傷に対峙し愛す方法が書いてあるのかと思ったけど、著者の方が日々を過ごす中で出会ったり感じたことが印象的でした。
凹んでいたんだけど、ドンピシャで今の私に合うお話が書かれてあって、思わず拝んでしまった。おかげで元気になりました!誠実な良い本だった。
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これは完全に自責なんだけど、もっと具体的にトラウマや傷のことについて書いてるかなって期待してたらやっぱりエッセイなのでそんなことはなかった。
でも最終章ら辺はよりその辺に触れられてた感じはしたな。というか、やっぱり最後に持ってくるだけあってこのタイトルの核心たる"傷"に触れてる話にはなるよね。
深く傷ついた人や奥底まで沈みこんで独りきりになった人はこの考えにたどり着くんだろうけど、精神科医でカウンセリングもしたりして、なこの人はそりゃあ思い至るよなぁ。
一端の人間程度に世界も制度も変えられなくて、そもそも自分以外のことを変えられるなんて到底できやしない。その手助けはできるかもしれなくて、それがあくまで臨床医であることなわけで。
精神科医というか、専門家、お医者さんとしての俯瞰した視点もありつつ、どこか至ったような諦観が感じられる文章だった。こうだから、ああだから、で話を展開させていくんじゃなくて、哲学的にふむふむするのは精神科医の性だったりするのかな。
でも、冷静だけど、俯瞰して物事を考えてはいるけれど、どこか根底に「どうしようもない」という無力感を築いているけれど、傷ついた人間が、疲れ果てた誰かが、掬いあげられることを求めずにはいられない。そうしてたどり着いたのが「幸せを祈ること」なのかもしれない。
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SNSで話題で気になってた本。
トラウマ研究を専門とする精神科医であり医学博士、臨床でカウンセリングも行う著者。専門家だからって、傷つかないわけではない。ストレスを感じないわけではない。落ち込んだり、無力感や罪悪感に苛まれることもある。
“専門家”というフィルターを通すと、私たちはどうしてもその事実を忘れてしまいがちであることに気づいた。プロであっても一人の人間。そんな反応が起こることは当然のはずなのに。
傷を負った人に対して、できないこともある。解決できない問題もある。けれど、ただ見守るという形で寄り添うことはできる。その辛さを、問題を、一緒に見つめる。それだけで癒しになることもある。こう書けばありきたりだけど、本音や本心を見せられる相手がいる、受け止めてくれる人がいることは、弱さを抱えた人々にとって大きな救いになるはず。
“傷として名づけること。手当てされた風景を残すこと。それでも「何にもならないこと」もあるという事実を認め、その「証」を残すこと。”(222頁)
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精神科医の著者のエッセイ。
静かにぽつぽつと語っているような文が、
読んでいて落ち着いた気持ちにさせてくれる。
命綱やガードレールの役割の話が面白かった。
これらは物理的効力を発揮するというよりは、
そこにそういうものがあるから大丈夫だと安心し、
平常心を保つためにこそ役立っている。
同じことが、予言や約束にも言える。予言が当たったり、
約束が果たされる確証はない。
けれどもいま、そう願うから、未来に言葉を投げかける。
不幸の淵にいる人に
「幸せ」という言葉を投げかけることで、
淵の手前にガードレールがあるということ、
あなたが転落しないように守っているよ、
命綱を投げて助けようとする人はいるんだよ、
ということを思い出してもらう。
助けたいという気持ちを伝えることは、
とても力があることなんだと納得できた。
そして精神科医として働く著者自身も、
「専門家だって傷付くよ、
傷に慣れることなんてないんだよ、
自分の傷なんて被害者に比べたら大したことない、
なんて思わなくていいんだよ。
専門家だって、包帯を巻いてもらっていいんだよ」
と心の弱さをさらけ出している。
傷を愛したり、無理に活かそうとしなくてもいい。
誰もがその強さを持てはしない。
でも、無かったことにはしないでいたい。
傷とともにその後を生き続けることが、
その人の人生をその人だけのものにできるんだな、
と勇気付けられた。
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理解できるとこもしかねるとこもあったけど、総じて「傷を認めて恥じず愛す、自分が弱さだと思ってる部分を認められる人が強い人」だと一貫して言ってる気がした。ジェンダーの話が面白かった。
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著者の願いと社会への提案が凝縮されている本でした。
著者が伝えたいことが理解できスイスイ読み進められる章と、全然分からなくて何度も読み返した章とがありました。なかなか珍しい本です。
恥ずかしながら感情労働という言葉を知らなかったのですが、いつも職場や家族に感じている違和感に名前をもらえました。いい出会いでした。
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出会えて良かった本だった。
痛みや悩みを抱えながら生きていく日々を肯定されて、傷を傷として認めて生きていい気持ちになった。
見守られている・見守るという行為だけで、救われる心がある。そう思えた。
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「手当てをしてあげる」ってカネコアヤノも繰り返し歌ってるけど、やっぱり大事なんだ
幸せをただ祈ってくれる人の存在は確かに素晴らしい
人生に疲れて優しい言葉に触れたい時に寄り添ってくれる本だと思う
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現在を生きている医療人のエッセイ。専門用語が飛び交うが解説があるので理解はできている。筆者の考え方や生き方が斬新で合理的であった。医者という立場から人の人生を背負う覚悟がどこかあるのだろうとそして人を救いたいという気持ちの上で働いているのがひしひしと伝わってきた。
Posted by ブクログ
初めて読んだエッセイ本。タイトルが気になり購入。
今の私にはあまり響かない話が多かったが、知らない世界の話、違う視点で見た時にどう感じるのかをしれて、面白いと感じた。
エッセイ自体は自分に合っているジャンルな気がする。
時間を置いてまた読んでみたい。