あらすじ
二人の巨人と辿る戦後80年間の魂の遍歴
戦後80年間の日本人の魂の遍歴を、江藤淳・加藤典洋とともにたどる試み。小林秀雄賞の歴史家が放つ、初めての「文芸批評」。
<上野千鶴子さん推薦
「戦後批評の正嫡を嗣ぐ者が登場した。文藝評論が政治思想になる日本の最良の伝統が引き継がれた思いである。」>
国破れて小説あり
――敗けてから80年、
再生する日本が「青春期」に悶えた記憶を
老いたいま、どう受けとるのか。
文芸評論の巨人ふたりに倣いつつ
太宰治から村上龍、春樹まで、
戦後文学の最も高い尾根から見晴らす
私たちの ”魂” の現代史。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
この本は文芸批評、なんだそうだ。
そしてタイトルの二人は文芸評論の巨人。
江藤淳は聞いたことがあるが、加藤さんは初見。
この本の中に出てくる石原慎太郎やら
三島由紀夫、村上春樹、村上龍はもちろんわかる。
このタイトルの二人は、小説家の著作を批評している。
特に村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を
けちょんけちょんに批評している。
そうした文芸評論を通じて、戦後80年を追いかけている。
やたら性的な内容がとりあげられる。
小説、男女の関係ってことでそうなるわけだ。
そうした行動?が世相を反映している。
歴史は動く。
平和に対する考え方、、、
著者がいて、文芸評論家がいて、小説家がいて、、、
多重構造を十分には理解できない中、
書かれている事象を追いかけるような形になった。
なんか不完全燃焼。
ベース・キャンプにて(歴史が消えてからのまえがき)
戦後史の峰に登る
(人間宣言 太宰治『斜陽』;
社会党政権 椎名麟三『永遠なる序章』;
六全協 柴田翔『されど われらが日々―』 ほか)
ヒュッテでの一夜
(「満洲国」のあとで 大佛次郎から村上春樹へ)
現在への坂を下る
(江藤淳小伝;
轟々たる雷鳴に死す 「喪の作業」が消えた平成;
書評 平山周吉『江藤淳は甦える』 ほか)
帰りの汽車のなかで
(終わらない対話のあとがき)
Posted by ブクログ
江藤淳と加藤典洋を軸にして、新聞や文芸誌に掲載された文章が収録されている。内容としては批評や文芸時評といったものになるのだろうが、加藤典洋への追悼文なども含まれる。
さまざまな媒体に書かれたものを収録しているので、文体の違いは目立つ。江藤淳はとにかく、加藤典洋への再評価は東浩紀も行っていたが(再評価といったものの、要は批評空間周辺で批判されていただけなのだが)、このような仕事は大切といえば大切だろう。現在の日本を取り巻く排外主義的な雰囲気は江藤-加藤らの失敗した子どもたちのようなものでもある。
Posted by ブクログ
与那覇潤の本を読んだのは『知性は死なない』以来。特にファンというわけでもないが気になる著者である。
著者にとって文芸批評の大きな先達である『江藤淳と加藤典洋』が書名となっている。
「文芸批評」を通じて戦後史を読み解くというアプローチは私にとって新鮮だった。
構成も前半の「戦後史の峰に登る」で戦後の各時代を象徴する作者・小説の論考が集められ、後半の「現在への坂を下る」で江藤淳と加藤典洋についての論考がまとめられている。
著者という道案内を得て戦後史の峰を登り、日常に戻ってきた気持ちがする。
戦後という時代が急速に忘れられリアリティを失っているように見える現在、戦後史から学ぶべきこと、解決されないまま放置されていることはたくさんあると思った。これらについて考え直してみたいと思った。