あらすじ
やっても、やらなくても
人生は同じだけ過ぎてゆく
世界400万部・全米で30年以上
愛され続けるロングベストセラー!
どんな人でも、何歳からでも
ずっとやりたかったことをやって生きるためには
「創造性」を持つことが大切だと言います。
本書はそんな「創造性」を発揮させて
人生を生き生きと過ごすための
具体的な実践方法が凝縮した1冊です。
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人はみな創造性の種を宿している。
ところが、多くの人がそのことに気づいていない。
本書の創造性発見の旅は、
「モーニング・ページ」から始まる。
ルールは4つ。
1、朝起きてすぐ取り組む。
2、ただ手を動かして、心に浮かんでくるものを書き留める。
3、3ページの余白をすべて埋める。
4、絶対に人に見せない。
モーニング・ページは自分の内面を探るツール。
それこそが、人生で創造性を発揮する第一歩になる。
創造性は、生き生きとした自分を取り戻すきっかけになる。
もしも、今、やりたいことが見つかっていなくても大丈夫。
モーニング・ページに取り組めば、必然的に道が見えてくるはず。
ずっとやりたかったことを、やりなさい。
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感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
創造性を取り戻すための実践を、設計の視点から読み直す
モーニング・ページは何を変えるのか
本書が提唱するモーニング・ページは、毎朝、頭に浮かぶことを制限せずに書き出す実践である。これを続ければ何かが劇的に変わるというより、頭の中を巡り続ける内言や連想を外在化し、観察できる対象に変える作業として捉えると納得できる。
頭の中で考え続けることと、考えている内容を紙の上で眺めることは同じではない。書くこと自体が悩みを解決するわけではないが、混在していた思考を認識し、整理し、次の一歩を考えるための条件をつくる。また、その場では意味がないと思った記述も、蓄積すれば後に創作の材料となる。モーニング・ページは、何かを生み出すための完成品ではなく、内面にあるものを扱える状態にするための作業なのだと思う。
アーティスト・デートは経験の入力装置
一方、アーティスト・デートは、自分の好奇心に従って新しい経験に触れる機会である。モーニング・ページが内側にあるものを外に出す営みなら、こちらは外界から新しいものを取り込む営みといえる。前者には義務や罰のような感覚が伴うこともあるが、習慣化によって開始の負担を下げられる。後者は、単なるルーチンというより、日常の有用性や効率性から少し離れ、未知の経験に自分を開くための時間なのだろう。
新しい経験は、知識や記憶を増やすだけではない。それまで気づかなかった違いに気づき、何を面白い、美しい、不自然だと感じるかという評価基準そのものを変える可能性がある。センスは生まれつきの才能だけで決まるものではない。生得的な知覚や認知の基盤に、経験、比較、学習が積み重なることで、ものの違いを見分け、価値を判断する能力が形成されていく。ただし、経験は量だけで決まるわけではない。何に注意を向け、どのような違いを見つけるかも重要である。
創作を才能論から設計論へ
ここまで考えて、ITシステムの構築・維持、研究開発、論文執筆、小説やアニメの制作には、構造という面で共通するものがあると気づいた。いずれも、複雑な材料から必要な要素を選び、それらの関係と順序を設計し、受け手にとって意味のある全体に組み立てる営みである。
論文では、読者が結果を理解できるように、問いや概念、前提を適切な順序で提示する。小説では、人物や出来事を配置し、行動の因果関係や情報の提示時期を設計する。伏線も、先に与えた情報が後の展開によって別の意味を持つ仕組みとして捉えられる。アニメのシリーズ構成なら、原作の長大な物語から本質を抽出し、話数という制約の中で、どのエピソードを残し、どのような感情の流れを生み出すかを考える。
国語の能力や生得的なセンスがなければ創作できないと思っていたが、今は、そこにも原理・原則、構造、制約、選択、評価、修正という設計の問題があると考える。ただし、構造や技法を知れば自動的に優れた作品ができるわけではない。作品固有の目的に応じて判断し、実際に作り、受け手への伝わり方を確かめながら修正する必要がある。
経験を蓄積し、再構成する
フィクションであっても、肌感のない描写は読者に伝わる。リアリティは実体験をそのまま記述することではなく、人物の知覚、感情、判断、行動が、その場面の中で説得力を持ってつながることから生まれるのだと思う。アーティスト・デートで得た感覚や発見をモーニング・ページに書き留め、それを後から選び、組み替え、架空の人物や状況に移し替える。その循環によって、創作に使える素材と、それを評価するセンスの両方が育っていく。
もちろん、本書が提示する創造性や宇宙的な力についての説明を、そのまま科学的事実と受け取る必要はない。私にとって重要なのは、提唱される実践をどう解釈し、生活や創作に組み込めるかという点である。
創造性とは、無から突然ひらめきを得る能力だけではない。外界に触れ、内面に生じたものを書き出し、経験を蓄積し、構造を見いだし、組み立て直す能力でもある。本書の二つの実践は、その循環をつくるための異なる入口として読むことができる。書くことも、経験することも、それ自体を目的にする必要はない。自分の内外にある素材を扱えるようにし、まだ形になっていない何かを次の一歩へ進める。そのための仕組みとして、本書を捉え直した。
Posted by ブクログ
大人になるにつれて「普通」に近づけたけど、幼い頃のような創造性は消えていった気がしていた。あの頃の発想力や連想ゲームのようにイメージがいろいろと湧いていく感覚が恋しくなりこの本を読んでみた。
読み始めた時に同時進行でモーニングページをやってみたが、脳内で独り言が止まらないタイプなので自分が1人喋っていること(考えていること?)とペンが追いつかず、また朝に弱いので3日でやめてしまった。一旦読み切ろうと思って本だけ先に読んでみたが、「なるほど」と思うポイントもあれば、スピリチュアルな考え方に任せすぎでは?と感じる部分もあった。それは今、私が神様をあまり信じていないモードにあるからかもしれないが。
本にはやっていくうちに発生する気持ちや周囲の人への捉え方が変わるみたいなことが書いてあるので、何も考えずとりあえず継続してやる、ということが苦手な人はワークをやりつつ読むより、先に読み切って全体像を掴んでから始めてもいいのかもしれない。
自分がやりたいことがよくわからないのでとりあえずモーニングページから再開してみようと思う。