あらすじ
「リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった。」
入社希望の学生のSNSチェックに疲れ果てた会社員。代々続く母と娘の台所戦争。遅れても許せてしまうことが美点のロバによる配送サービス……。膨大な情報の摂取と判断に疲れてしまった現代人の生活に寄り添うやさしさと、明日を生きるための元気をくれるユーモア満載! 味気ない日々をゆるゆると肯定し、現代人の張りつめた心をゆるめる短編集。
「もう何もしたくないという切実な本音に寄り添ってくれる稀有な小説」――金原ひとみ
本屋大賞2位『水車小屋のネネ』、Xで何度もバズった芥川賞受賞作『ポトスライムの舟』など、
書店&SNSで話題を集める著者による、「脱力系」日常譚の真骨頂!
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
すごく気になっていて、もしかしたら好きな作家ベスト3に入っているのではないかと思っている津村記久子さんの作品を集中して(といっても3冊)読んでみようと決め、んばばばば!と買ってみました。
まずは、一冊目。8つの短編集が収められている本書。
ひと作品を読み終わって次に進むごとに「津村色」が濃くなっていく気がして、うひひと嬉しなりました。ちょっとひとつずつ見返してみよう。
・レコーダー定置網漁
目の付け所が、さすが。主人公の会社に採用されることを希望している学生のSNSをチェックし、採用後、会社にとって危険な人物になりそうな、そんな投稿をしていないか確認するという仕事に疲れたため、リフレッシュ休暇をとっているという状況。そんな仕事あるんだ?!という実在の有無のラインの微妙なところに設定をし、実際にはそんな仕事なかったとしても、「情報過多」である現代人にはわかりみが強すぎる設定で、さすがだなと思わされます。自分が施した録画設定が、希望の番組が終了してもなおも録画を続け、そこに何が録画されているのか、ちょっと楽しみにしてしまうことを「定置網漁」と呼ぶネーミングセンスの良さにも脱帽。徐々に気力を取り戻していく様子が良かったです。
(えぇ、この調子で8つ分書いていったら長くなるな~)
・台所の停戦
これは読みながら切なく、ちょっと胸が痛んで、でも最後は希望の持てるお話でした。祖母・母・娘の3人暮らしの台所で起こることを描写することで、3人の関係、特に「母-娘」の関係を見事に表現しています。つまりこの物語には2組の「母-娘」がいることになります。
津村さんの作品には、こういった母娘関係がよく出てくる気がします。なんというか、決して、娘に愛情を注いでいないわけではなく、もちろん虐待なんてないのですが、何かにつけ娘を否定してしまったり、娘をまるっと受け入れることができなかったりする母親に対して、娘が少し傷ついている、というような。本当に最後希望があって良かった。
・現代生活手帖
これを読み始めて、「これこれこれ!」とひとり沸き立ちました。津村作品にはこういうの、あるんです。読み手としても「待ってました!」というもんです。以前読んだあれやこれを思い出しました。自治体が発行する「現代生活手帖」を読みながら、何を購入するか、どのサービスに申し込むかと悩む主人公は、すでにロバによる配達サービスを利用している。「遅れても許せてしまう」から良いサービスなんですって!面白い!この世界では、テーブルをこすることで色々なことができてしまうようで、近未来的な雰囲気がまた楽しい作品でした。
・牢名主
A群による色々な形はあれど、ある意味支配的な圧力を受けて傷ついたB群の人たちが行きたい時にだけ行ってよいサークルというような会での出来事を中心としたお話。抽象的なのに、すごく具体的な感じがして、これもまさに「津村さんによる作品」だと強く思いました。この作品自体が好きとか嫌いとかないけれど、津村さんの力量を見せつけられる作品だと思いました。
(まだ半分・・・)
・粗食インスタグラム
あ、これが一番ライトな印象しか残っていないかもしれません。すっごい美食について投稿したSNSを見ると気分が悪くなってしまうから、自分の粗食を投稿し始めた女性の話。粗食の投稿ごとにエピソードがあって、その「普通の日常」の描き方がうまい。本当に津村さんって、何でもないことを、多くの人がスルーしてしまうようなことを全て文字にしちゃうんだな~と思いました。話の細かいところをすでに忘れかけているというのに、これが一番、現代社会に疲れている人たちに「ゆるっといこうよ」と言っているような作品でした。
・フェリシティの面接
これもまた不思議な雰囲気をまとったお話でした。まるでロボットのようなフェリシティ・・・それに「ロンドン」だとか「殺人事件」とか、今まで私が読んできた津村作品にはなかった気がする単語がでてきます。主人公のアパートで起こった事件をさらっと解決してしまうフェリシティって何者・・・?読後、ついついググってしまいました。なんと、アガサ・クリスティが生んだ名探偵エルキュール・ポアロの秘書であるミス・レモンだそうです!アガサ・クリスティの作品はひとっつも読んだことがありません!こういう時、自分の読書の偏りや、読書界隈の常識というものに疎いことに、床をダンダンと踏みながら情けなく悔しく思います。
・メダカと猫と密室
津村さんお得意のお仕事小説でした。上司の理不尽な要求で休日出勤して、さらに待ちぼうけを食らわされている間に起こる小さな出来事をすばらしい筆力で書き上げた作品。大きな出来事が起こるわけではないのに、続きが気になる。その時間の経過とともに起こる小さな出来事や主人公の気持ちの動きに対する表現力が圧倒的にうますぎて、すごい満足感を得て読み終えました。そういえばフライングタイガーのノートってずっしりしていますよね~。
・イン・ザ・シティ
オタクのキヨと、キヨとは正反対な性格(というか学校内でのキャラクター?)だと思われるアサが、偶然にも友達になり、ゲームで作った街から着想を得たキヨが架空の街(というか国?)を作り上げ、アサに少しずつ披露していく。家庭科の授業中にやりとりしているため授業をあまり聞いておらず、実践でミシンを使うという段階では全くお手上げ状態になってしまった二人に何も文句を言わず手を貸す加藤がよい。というかこの加藤の存在、すごくよい。キヨは架空の街を作り上げることに熱中しているかと思いきや、急にスケートボードを始めたり、それを加藤が見守っていたり、アサの母親が弟の学校欠席について容認しており、そのことでアサに嘘をついているという小さいようで(特に子どもにとってみれば)大きな問題があったり、どうしたらこんなことを思いつくんだという内容になっていて、そしてそれがちゃんと物語として落ち着いていて、本当にすごいと思う。こういった日常を描くことは、ドッカンとかバッタンな出来事が起こる非日常を描くよりずっと難しい気がします。キヨとアサと加藤に幸あれ。
もう疲れたので、これぐらいで終わりにします。とにかく「津村記久子すごい」。以上でございます。
Posted by ブクログ
津村さんの作品は3冊目だが、全て面白く読ませてもらっている。
悲喜交々に対しての主人公の反応に共感を覚えて読みやすいし、途中しんどい描写があったとしても、「ま、なんとかなるさ」と背中をぽんと押してくれるような締めくくりで、ほっと息をつける安心感がある。(今作収録作品では、「台所の停戦」や「牢名主」、「イン・ザ・シティ」にその傾向が顕著かもしれない。)
一番印象深かったのは、「現代生活手帖」。
ゆるい日常のお話かと思ったら、実現しそうでまだ絶妙に無理な近未来が舞台という意外性に驚いた。
また、どれだけ便利な未来になっても、億劫なことがゼロになっていない様子に苦笑してしまった。シェア制度や脅迫サービスは是非利用したい。
Posted by ブクログ
津村さんの粒のそろった短編集。特筆すべき事件も起こらず日々の生活の側面に若干の奇妙さを交えて淡々と進んでいく物語群。津村さんらしい文章に満ち溢れてて読んでて飽きがこない。
Posted by ブクログ
仕事が立て込んできたり、なんとなく人間関係に疲れたときに、つい手に取りたくなってしまう津村記久子。もはや、自分にとっての漢方薬のようなものだと思っている。
本作に収録されている8つの短編はいずれも、疲弊感や閉塞感を抱えた登場人物がメインで描かれている。情報社会に、家族関係に、職場に、それぞれがそれぞれの人生で一様に疲れている。そしてもちろん、それを読んでいる僕も疲れている。「エモい」よりはもっと低温でやさぐれ気味な、でもどこか心地よい“負の共感”を求めて読み進めた。
『レコーダー定置網漁』『粗食インスタグラム』『メダカと猫と密室』は、それぞれ津村らしさ溢れる、気だるいユーモアに安定感がある。テレビのレコーダーにたまたま録画された番組にハマり、靴下の毛玉取りに夢中になり、粗食ばかりの哀愁漂うインスタを投稿し続け、会社の資料室でメダカをこっそりと飼う主人公たち。それぞれが見出した小さな楽しみは、いつの間にか疲弊した自分へのケアと化していく。
そんないつもの津村節に加え、『現代生活手帖』にはやや突飛なSF的な面白さが、『イン・ザ・シティ』では青春小説のような甘酸っぱい爽快感が盛り込まれていて、これまでとはまた違う読後感が新鮮だった。
一方で、『台所の停戦』『牢名主』『フェリシティの面接』は、やや陰りのあるテーマを扱いながら、背中に氷を当てられるような不穏なユーモアが描かれている。暗いながらも闇に沈むわけではなく、病んでいるわけでもない。重いテーマでありながら暗くなりすぎずに、希望を仄めかしながら書き通す筆致はさすがだなと思う。
津村作品に通底してあるのは、「働きたくない、非課税で5億円欲しい」というような気だるさと脱力感。本気じゃないけど、ちょっと本気で、馬鹿馬鹿しいけど、ワンチャンそうあってほしいーーそんな自虐のようなユーモアを武器に、生きづらい社会と対峙していく主人公たち。効能はよくわからないが、なんとなく彼女たちに気力を分けてもらえたような気がするところが、僕がこの本を「漢方薬」だと感じる所以だ。西洋医学では解明されない滋養がここにある。
疲れがちな社会において、心を守る方法は人によって異なる。本書でも、登場人物がそれぞれのやり方で、ストレスばかりの社会に対処しながら生きている。まるでコーピング事例集のような短編集だとすら言えると思う。
コーピングリストは人によって様々だ。上司からの電話を投げ出して資料室に閉じこもってもいいし、妄想上の街づくりやスケートボードに興じるのもいい。『現代生活手帖』なんてカタログを枕元に置いて毎晩読み耽るのも、立派なコーピング足り得る。
そんな物語の端々から、僕も心の守り方や肩の力の抜き方を「独習」していけたらいいなと思う。漫然とした抑圧への対処方法は、誰かに教えてもらうものでも、誰かのコピーで済むものでもない。自分に合ったやり方を模索し、自分の機嫌をとりながら、自分を上手にあやして生きていく。そんな「独り」の生き方を、押し付けがましくなく学ばせてくれる良書だと感じた。
Posted by ブクログ
私はとても血圧が低い。そして起き抜けはだいたい激怒している。(中略)ただ起床しなければいけないことを憎んでのたくっている。(現代生活手帖 60ページ)
→ここ好き。静かに怒りに震えていて、でもきっとそれを他人にあたることは決してなく、自分の怒りが理不尽であることを自覚している感じが好き。『現代生活手帖』では、ほぼ説明もないまま、少なくとも今は存在しない近未来的なロボットやサービスや出てきて、書き方がおしゃれだなあと思った。
食べることに疲れていて、自分はそのことに罪悪感があるのかもしれないと思う。しかし食べることは私にとっては判断を伴う。私は判断がもうしんどい。けれども何かを食べないと生きていけないのは理解しているから、せめて悲しい食事で生きようとしている仲間を探して安心しようとしている。(粗食インスタグラム 131ページ)
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ここも好き。他人の粗食を見たいとは思わないが、コンビニに行っても何も食べたいと思わないとき、心が疲れているんだなあと感じる。