あらすじ
「リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった。」
入社希望の学生のSNSチェックに疲れ果てた会社員。代々続く母と娘の台所戦争。遅れても許せてしまうことが美点のロバによる配送サービス……。膨大な情報の摂取と判断に疲れてしまった現代人の生活に寄り添うやさしさと、明日を生きるための元気をくれるユーモア満載! 味気ない日々をゆるゆると肯定し、現代人の張りつめた心をゆるめる短編集。
「もう何もしたくないという切実な本音に寄り添ってくれる稀有な小説」――金原ひとみ
本屋大賞2位『水車小屋のネネ』、Xで何度もバズった芥川賞受賞作『ポトスライムの舟』など、
書店&SNSで話題を集める著者による、「脱力系」日常譚の真骨頂!
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Posted by ブクログ
津村さんの粒のそろった短編集。特筆すべき事件も起こらず日々の生活の側面に若干の奇妙さを交えて淡々と進んでいく物語群。津村さんらしい文章に満ち溢れてて読んでて飽きがこない。
Posted by ブクログ
仕事が立て込んできたり、なんとなく人間関係に疲れたときに、つい手に取りたくなってしまう津村記久子。もはや、自分にとっての漢方薬のようなものだと思っている。
本作に収録されている8つの短編はいずれも、疲弊感や閉塞感を抱えた登場人物がメインで描かれている。情報社会に、家族関係に、職場に、それぞれがそれぞれの人生で一様に疲れている。そしてもちろん、それを読んでいる僕も疲れている。「エモい」よりはもっと低温でやさぐれ気味な、でもどこか心地よい“負の共感”を求めて読み進めた。
『レコーダー定置網漁』『粗食インスタグラム』『メダカと猫と密室』は、それぞれ津村らしさ溢れる、気だるいユーモアに安定感がある。テレビのレコーダーにたまたま録画された番組にハマり、靴下の毛玉取りに夢中になり、粗食ばかりの哀愁漂うインスタを投稿し続け、会社の資料室でメダカをこっそりと飼う主人公たち。それぞれが見出した小さな楽しみは、いつの間にか疲弊した自分へのケアと化していく。
そんないつもの津村節に加え、『現代生活手帖』にはやや突飛なSF的な面白さが、『イン・ザ・シティ』では青春小説のような甘酸っぱい爽快感が盛り込まれていて、これまでとはまた違う読後感が新鮮だった。
一方で、『台所の停戦』『牢名主』『フェリシティの面接』は、やや陰りのあるテーマを扱いながら、背中に氷を当てられるような不穏なユーモアが描かれている。暗いながらも闇に沈むわけではなく、病んでいるわけでもない。重いテーマでありながら暗くなりすぎずに、希望を仄めかしながら書き通す筆致はさすがだなと思う。
津村作品に通底してあるのは、「働きたくない、非課税で5億円欲しい」というような気だるさと脱力感。本気じゃないけど、ちょっと本気で、馬鹿馬鹿しいけど、ワンチャンそうあってほしいーーそんな自虐のようなユーモアを武器に、生きづらい社会と対峙していく主人公たち。効能はよくわからないが、なんとなく彼女たちに気力を分けてもらえたような気がするところが、僕がこの本を「漢方薬」だと感じる所以だ。西洋医学では解明されない滋養がここにある。
疲れがちな社会において、心を守る方法は人によって異なる。本書でも、登場人物がそれぞれのやり方で、ストレスばかりの社会に対処しながら生きている。まるでコーピング事例集のような短編集だとすら言えると思う。
コーピングリストは人によって様々だ。上司からの電話を投げ出して資料室に閉じこもってもいいし、妄想上の街づくりやスケートボードに興じるのもいい。『現代生活手帖』なんてカタログを枕元に置いて毎晩読み耽るのも、立派なコーピング足り得る。
そんな物語の端々から、僕も心の守り方や肩の力の抜き方を「独習」していけたらいいなと思う。漫然とした抑圧への対処方法は、誰かに教えてもらうものでも、誰かのコピーで済むものでもない。自分に合ったやり方を模索し、自分の機嫌をとりながら、自分を上手にあやして生きていく。そんな「独り」の生き方を、押し付けがましくなく学ばせてくれる良書だと感じた。