あらすじ
文芸業界の性、権力、暴力、愛。戦慄の長篇
性加害の告発が開けたパンドラの箱――
MeToo運動、マッチングアプリ、SNS……世界の急激な変化の中で溺れもがく人間たち。対立の果てに救いは訪れるのか?
「わかりあえないこと」のその先を描く、日本文学の最高到達点。
「変わりゆく世界を、共にサバイブしよう。」――金原ひとみ
文芸誌「叢雲(むらくも)」元編集長の木戸悠介、その息子で高校生の越山恵斗、編集部員の五松、五松が担当する小説家の長岡友梨奈、その恋人、別居中の夫、引きこもりの娘。ある女性がかつて木戸から性的搾取をされていたとネットで告発したことをきっかけに、加害者、被害者、その家族や周囲の日常が絡みあい、うねり、予想もつかないクライマックスへ――。
性、権力、暴力、愛が渦巻く現代社会を描ききる、著者史上最長、圧巻の1000枚。
『蛇にピアス』から22年、金原ひとみの集大成にして最高傑作!
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
金原ひとみがインタビューで怒りの矛先と熱量と強度に共感できる人と出会ったときのうれしさ?みたいなことを言ってて、それだ〜〜〜となった
読もうと思うには気負いするようなテーマと強烈な装丁と厚みで尻込みしていたけど本当に素晴らしかった。圧巻だった。
わたしは完全に伽耶に割と共感することが多かったが、友梨奈のようや怒りを持つこともあるし一哉のように保身、結局身の回りの人間が幸せならいいと思ってしまうこともあるし、のように仕事も惰性でこなすようなところがあるから少しずつわかることが多い。だけはマジでわからんけどな笑
恵斗が友梨奈に共感するのを危ういなと思っている自分がいて、怒りや思想への共感ってなんなんだろうと思ったり。共感って感情にしか発生しないんだっけ?
読み終わったときおなかの中がぐわぁぁぁ〜って沸々と熱くなるのを感じた。こんなのはじめてだった。
Posted by ブクログ
どの女の子も、男という存在に直接的か比喩的かはさておき、性的暴力を受けたことがあると思う。
過去の馬鹿にされるように、恋人に演技をしていた自分を思い出すと、いかに自分を蔑ろにしていたか。
友梨奈の怒りがリアルなぐらいにわかって、ひとりの女として、自身も友梨奈に盲目的に連帯していた。
Posted by ブクログ
出版社の性加害問題。女子大生の頃、作家志望美津は編集長木戸に、立場を利用して性的な関係を強要されていたと言う。
勇気を出して過去の苦しい経験を告発するが…
年齢、立場、考え方が違う様々な人々の視点で性加害問題を掘り下げていく。聞いていくとそれぞれに理由、事情があり納得させられてしまう。
告発者の意見を聞いていると確かに木戸は加害者だが、木戸の独白を聞くとこちらにはこちらの事情があり、単に搾取だけで行ったのでは無く、止むない事情のゆえボタンの掛け違いもあったのでは?と思う。
真実は何なのか?文字通り「薮の中」だ。
セクハラを目の当たりにした時、どうするのが正解なんだろうか。会社組織や人間関係において、事を荒立てたくない。だからと言って長岡友梨奈ほどにグイグイ行くのも果たしてどうなのか。
長岡友梨奈には長岡友梨奈の正義があり、たしかに正論なのだが、他の意見を聞く耳を持たず、相手を論破してしまうのが、見ててしんどい。娘伽耶をズタズタに傷つけても治まらない彼女の言動には恐怖感すら抱く。娘よりも大事な思想って何だ?身近な人すら幸せにできないのに、社会を良くする理想を訴えるなんて…。病んでいる。
正しさとは何か。正しくても、人を追い詰めても良いのか。それが自分を追い詰めていく事に気づかずに。
告発者も告発された者も誰も報われない。
ラスト、死によってさも理想のように長岡友梨奈が祭り上げられていく流れには危うさを感じる。本当の彼女、真実とは違うのに、こうして勝手に論調が作りあげられていくのか。恐ろしい。
こんなにも難しいテーマを芥川龍之介の「藪の中」の手法でもって、掘り下げている金原ひとみさんは、凄い作家さんだと改めて認識した。
片方の言い分だけでなく、両方の意見を聞き、総合的に判断する。多くの方の事情や状況を理解し、考えを聞く事が大事である、と学ばせていただいた。
Posted by ブクログ
なるほど、まさに「藪の中」ですね。同じ出来事でも、語り手が変わればまったく異なる姿を示します。しかし、芥川の『藪の中』と異なるのは、「何が起こったか(真実)」ではなく、「それをどう評するか」が問われている点です。本作で扱われる出来事も、語り手ごとに評価が大きく異なっています。
特筆すべきは、過去の出来事が現在の価値観・基準で裁かれている点です。橋山美津に告発された木戸悠介の性加害は約10年前の出来事であり、橋山自身も当時は「被害者である」という意識を持っていなかったと述べています。自分が搾取されたという概念は、その後の10年間で形成されたものだといえます。
法の世界では「法の不遡及」により事後法で裁かれることは原則ありませんが、SNSの世界ではこの原則は通用しません。木戸悠介はSNS上で断罪され、すべてを失ってしまいます。非常に容赦がない世界です。
しかし、作中で長岡友梨奈が指摘するように、価値観や基準は常にアップデートされており、そのサイクルもどんどん短くなっています。現在の視点だけで誰が悪か、誰が加害者かと決めつける行為は、どこか空虚なのかもしれません。
とは言え、年齢層が近いからか、僕は木戸祐介には同情的。息子の越山恵斗は苦手です。そして、よく考えるとリコもとっても恐い気が、、、以下は、気になった登場人物についての考察です。
長岡友梨奈
間違ったものを徹底的に排除しようとする正義感は苛烈で、目についた者を次々と刺していく狂人のようにも見えます。当初は「言葉」を武器にしていましたが、後半では「暴力」そのものを武器とするようになります。敵と見なした相手には徹底的に不寛容である一方、木戸悠介への追及だけはどこか生ぬるい印象があります。それは長岡と横山一哉の関係が影響しているのかもしれません。男女が入れ替われば、長岡と一哉の関係も木戸と橋山の関係と同様、完全に黒だといえるでしょう。長岡友梨奈の正義は、個人の思惑が混入したダブルスタンダードな正義なのではないかと感じました。
木戸は長岡を「この女は世界平和を望みながら世界が滅亡する小説を嬉々として執筆する女だ」と、ある意味高く評価していますが、実際の長岡の言動を見る限り、それは木戸の買い被りであったように思えます。木戸は長岡に「俗世を俯瞰する冷徹な表現者」であってほしいと願っていましたが、現実の彼女はもっと泥臭く、狭量で、感情的でした。「言葉」で世界を変えるはずの作家が「暴力」を行使し始めた時点で、その歪みは限界に達していたように思います。
木戸悠介
現在の価値観で見ても、彼はそこまで悪人とは思えません。アップデートが追いついていないものの、そのことに自覚的である分、五松武夫よりも善良だといえるかもしれません。自らが裁かれる中で、長岡だけは「本物の表現者」であってほしいと願う文学的ロマンを捨てきれない姿は、哀れみすら誘います。
加害者と断じられる一方で、木戸は離婚した妻や妹夫婦に金銭的に搾取され続ける被害者でもあります。しかし寄生者たちは、木戸が性加害者と告発された途端、容赦なく非難し切り捨てます。「過去の恩恵」を簡単に忘れる妹夫婦、「薄っぺらな正義感」の息子。木戸は家族に恵まれず、やはり哀れだと感じます。
五松武夫
徹底した小市民であり、性欲と利己主義だけで動いています。スケールの小ささゆえに悪人というより「ただの愚者」。哀れというより滑稽な存在です。
越山恵斗
自分の感性を根拠なく信じられるのは若者の特権ですが、底の浅い正義感と処罰意識で行動しており、父親である木戸への言動は非常に冷酷です。現在はいかにも正義側の越山恵斗も、10年後には断罪される側に立たされている可能性があります。
長岡や木戸には人間的な弱みや痛みが見えます。長岡の「狂った思想」、木戸の「古いロマン」、妹夫婦の「世俗的な欲」も、良くも悪くも人間的です。しかし越山恵斗だけは、中身がスカスカのモンスターのように見えます。SNS世代のクリーチャーといえる存在です。
リコ
エピローグともいえる短い最終章の語り手であるリコは、つかみどころのない人物です。ラストの「自分を責めないで塞がないで口を閉じないでもっと自分を信じて立ち上がらなくてもいいでも崩れ落ちないで」という言葉は、現代を生きる人への応援歌のようにも聞こえます。しかし、その直前でリコが長岡と同じ「無敵メンタル」を自認していることを踏まえると、どこかモヤモヤします。「無敵メンタル」から発されるエールは、一種の「正義の押し付け」にも見えます。長岡友梨奈という怪物が死んだあと、リコという「次の怪物」が誕生したのかもしれません。
Posted by ブクログ
全体的に各登場人物の頭の中を覗いて回っているような感じで、読み進めるのになかなか疲れる
モノローグが長いというかほぼモノローグだけど、普段考えていることや感じていることや流していることや眼を逸らしていること等が丁寧に言語化されていて、共感できる言葉もできない言葉も耳に痛い言葉もあるけど、なるほどなあと思いながら読み進めた
引きこもりあがりの娘への友梨奈のガン詰めには引いたけど、自分自身でもどうしようもなく気付いてしまったからには目をそらすこともできず最終的には何も変えられなかったという無力感から諦念に至り無敵の人になるというのも、極端というか何というか、、、不器用な人なのかなあ
ギスギスしていて息苦しくて目をそらしたくなるエピソードも多い中で唯一ほっこりしたのは、友梨奈と一哉と桜の三人がイタ飯屋でオナラネタで爆笑しているシーン
ほんと、「悪や戦争のことなど忘れて、オナラ話で笑っている内に人生が終わってしまったらいいのに」
Posted by ブクログ
YouTubeチャンネル TBS CROSS DIGで
文芸評論家の三宅香帆さんと、MC・竹下隆一郎さんがオススメされており興味をもち読みました
金原ひとみさんの作品を読むのは今作がはじめてです
まるでノンフィクションの物語を読んでいるかのような綿密なディティールや、登場人物の思考と言葉の鋭さに消耗してしまい、序盤で読むのを諦めそうになりました笑
が、読みきることができました
中盤以降はさくさくと興味深く読み進められました
加害者と被害者
希望と絶望
連帯と孤立
抑圧と解放
同じ現象も立場の違いでまるで見え方がちがうこと、上にあげた言葉の意味としては対局にあるはずのことが、実際には表裏一体であり少しの歪みで簡単に裏返ってしまう
真実はどこにあるのか分からないまま結末を迎え、藪の中とはこのことなのかと
最終章リコちゃんの無敵メンタル思考に、希望を抱くとともに危うさも感じてしまった
その健全な心が汚され折れることのないようにと祈りに近い気持ちも沸いてきました
個人的には五松の暴力的な思想や欲求、タガが外れた際の行動がいちばん怖かったです
わかりあえなさが渦巻く世界で、どう考え行動するか
何を守るのか
歪な思想に知らぬまに飲み込まれていないのか
答えがでそうにもないし、でるかも分からないけれど、考えつづけてしまっています
Posted by ブクログ
感想むずい。
文体が回りくどくて読むのしんどかった。
登場人物たちが代わる代わる一人称で語られていくけど、どれもちょっとずつ分かるなって思ったのと、正義すぎてしんどい人とか、結局諦めることしかできないよねっていう虚無感とか、理解はできるよ
Posted by ブクログ
私は女だが、友梨奈の正論がしんどく感じた。自分が正しいと感じる事以外は全て排除されれば良いという感じにあまり共感できなかったから。時代が変わり物の考え方が変わった時に、もしかしたら友梨奈自身が加害者となりうる未来が来るかもしれないが(友梨奈が生きていればだが)、もしそうなった時にこの人は今まで自分がしてきたように自分を同じ熱量で裁けるんだろうか。自分は常に裁く側という無自覚な前提、立場であると勘違いしていないだろうか。「悪を断つ私」は常に免責されている、という立ち位置に見える。考え方が極端すぎて相手を追い詰めても自分の正義を振り翳す様は、決して近づきたくない。自分があまり経験した事がないからかもしれないが、木戸が10年前に起こした事に対する告発に対してそこまで厳しく批判されないといけない事だろうか。物語の中にも書かれていたが、自分の今の行動全てが時限爆弾になり得るし、そこまで考えていたら何も行動できないと感じる。
これがまた自分に当てはまるトピックであれば自分の感じ方も違うのかと考えたが、10年前のことを掘り返して告発する事はない気がする。よって横山の気持ちもあまり理解する事が出来ない。彼女は何がしたかったんだろうか。自分の人生がうまくいかなかった理由を確定させたい、あの出来事が原因で私の人生は上手くいかないんだと思いたい。あの時の力関係をひっくり返したい、過去を裁き現在の主導権を取り戻したい。自分が被害者であると他者に保証して欲しい。
Posted by ブクログ
長岡友梨奈が化け物すぎて無理だった。
いくら彼女に救われた人がいても、あんなに人に寄り添わない人やだ。相手の立場に立って考えることができない人やだ。一言うと百返ってくるし言葉が難解すぎる。
恵斗も、始めはいいキャラだと思ってたけど後半暴走してって何故?ってなった。
男性がとことん愚かなふうに書かれているけど、いや女性たちも大概だよな?と思う。正直木戸や五ナントカ(忘れた)がそこまで酷いことしてたか?と思った。長岡友梨奈然り恵斗然り、目がバキバキなんだよな。なんか怖い。
かくいう私も半年前までTwitterに貼り付いていて、だんだんおすすめが偏ってきて目につくものは男性vs女性のような呟きばかりになり男性という生き物が嫌いになりそうだった。けど、Twitterを一切見なくなると自分の中の怒りや激しい感情はかなりおさまったのを感じる。あれはなんだったんだろう。何かに誘導されてるように怒りが増幅していってたような気がする。
もちろん年を重ねていって、あれはパワハラ、セクハラだったのかと理解して若い女性が同じ痛みを味わうことのないようにしたいと思うことはあるけど。
うまくまとまらないけど、そういうことをもやもや考えることができたという点では良かったと思える。