あらすじ
「激しさと穏やかさが、さも当然といった風に共存する山の姿を垣間見て、私は心の殻がはがれて、それがむき出しになるような戦慄(おののき)を感じていた。川の流ればかりではない。ここでは、魚も獣も人も、死と背中合わせに生きている。ちょっとした油断、そして恐らくは抗いようのない偶然が、それらの生を死へとすり替えてしまうのだ。」(本文より)
濃霧の中の山越え、沢を走る鉄砲水の恐怖、掴み取りできるほど大量のイワナ、一日で百匹を超すヤマベ釣り、暗闇にひそむヘビ・タカ・ヒグマ、目の前で宙を飛び滝壺に消えていった巨大イワナの勇姿――かつて北の奥地にあった圧倒的な自然を描き、「喰う・喰われる」の掟に従ってひしめきあう生命に心が震える。
解説/服部文祥
■内容
1 母なる川よ
染退川へ/無言の教え/行く人、来る人/自然の戦い/ふたたび東の川へ/鱒の群れ/大きなヤマベ/ペンケホカイ/大水/迷い人
2 奥地へ
悪夢/三叉へ/岩上の危機/濃霧の山越え
3 燃ゆる渓
他流試合/巨大魚/渓流に帰る/雨の徳富川/黄金川
解説 服部文祥
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
北海道の圧倒的な自然に、少しの荷物で臨む著者とその家族たち。
釣りや釣れた魚の保存、小屋を作る時の手際がよく、読んでて気持ちがいい。
特にP250「せせらぎの音。遠くで鳴く夜鳥の声。それらが耳に留まっては退き、ひときわ大きく耳についたとき、ふと目が覚めた。」が好きだった。
自分自身もたまにキャンプに行くので、この一文でキャンプで夜に目が覚めた時の、感じがよく表現できてるなぁと思った。
今はもう存在しないような景色を、文章を通して見せてもらったような気がした。
Posted by ブクログ
当たり前のように山中の道なき道を往き、時にありあわせの材料で小屋を掛け、幾日も歩き通して、人跡未踏の渓流で釣りを続けながら何週間も滞在する…失われてしまい二度と取り戻すことのできない、昭和の里山の原風景がここにあるのは、「アラシ」や「羆吼ゆる山」と同じく。
"バリ"どころではない、まさしく山に生きるとはどういうことかという"リアル"を目の当たりにし、軟弱な現代人は慄くばかり。
ノンコを始めとする兎や狐を狩る自立した犬たちや、アイヌの山人・清水沢造と羆の死闘等、これまた他作で見かけた題材が登場するのも嬉しい。
科学技術の進歩と工業の発展に伴い、大概の河川は支流に至るまで護岸がコンクリートで固められ、ごく限られた場所以外は車で横付けできるようになってしまったが、それで良かったんだと一片の疑念なく断言できる人は果たしてどれほどいるだろうか?
かつて確かにあった、今とは時空軸のスケールが異なっていた世界、それこそが、私たち人間という種の記憶に刻み込まれた理想郷なのかもしれない。