あらすじ
もしも時間を巻き戻せたら、母になることを再び選びますか――? この問いに「ノー」と答えた23人の女性たち。そのインタビューから明らかになったのは、社会が暗黙のうちに強いる性別役割と同調圧力、そして封じられてきた母親の苦悩や不安だった。子どもを愛している。それでも、母ではない人生を願う。「存在しない」ものとされてきた思いを丁寧にすくいとり、各国で大反響を呼んだ一冊。(解説・村井理子)
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Posted by ブクログ
読書がそこまで得意ではないので、読み始めから言葉が難しくて読むのをやめようかと思ったときもあったけど読むうちにこれは絶対に読み切りたいと思った。
わたしは今29歳でパートナーがいる。
周りは結婚して子供を産んだり、結婚してはいるが子供を産まないと決めていたりいろんな友人がいる。
なかなか友人同士でも意見が違うからこそ踏み込んで話すことを躊躇する雰囲気がある。
この本を読んで完全に理解したわけではないが
もし友人や自分の周りの人が自分が母親になること(であること)についての悩みを打ち明けてくれる時があったら、少しでも心が軽くなるように受け止めてあげたいと思った。
後悔することがあってもいいよね人間なんだし
Posted by ブクログ
やっぱ妊娠中に読むのがアツいタイトルだな、と思ったので今読みました! 読書体験含めて非常に面白かったです!
女優が「3人目はまだ?」と言われるようなイスラエルの社会性という部分には留意は必要ですが、女性への抑圧(人の親になるのが前提という規範意識、良き母であれという理想の押し付け、その上で母になる事を誘導され続けているのにいざ母になったら「望んで母になったんでしょ?」と自己責任だと突き放してくる社会)は日本社会でも類似していると思います。
いちばん印象に残ったインタビューは、子供が自分の肌の色をお風呂で無邪気に落とそうとした場面で、母親が幼少期から差別されてきたトラウマを想起してしまうシーン。
これまで生きてきた人生を、社会を愛せない人生だった人にとって、出産は苦痛の再生産であり、背負わせてしまう悲しさが胸にせまりました。
私自身の話をしますが、
両親ともに障がいのある夫婦から生まれる私の子供は、悪い言葉をあえて使えば親ガチャの大外れで、なんらかを背負わせる可能性が通常の出産より相対的に高いです。悩みました。
しかし、私はそれでも夫が人の親になれる社会がいいと思ったし、不便ではあるけれど不幸だとは思わずに今は生きていられます。
今の私には後悔はありません。
色んな境遇の方にぜひ読んでほしいと思います。
後悔したっていい。
しそうだからやめたっていい。
しなかったとしても、色んな人生に思いを馳せて、自分とは違う人に石を投げるような人にはなりたくないよね。
Posted by ブクログ
自分は子どもを持ちたくないとはっきり自覚していて、実際に子どもを産んだ女性たちはどういうところに後悔するのか知りたくて読んだ。
まず思ったのは母になる社会からの圧力とか、母親になったことへの後悔に対する世間の反応とかどこの国でも同じなんだな...ということ。
また母になったことの後悔に関して、子育てによって自分の人生を生きられないからっていう社会的な要因ももちろんあるけど、そもそも子どもを持ちたくないっていう要因もはっきり書かれていて良かった。
正直この本を自分が読んだ後は「ほらね!やっぱり子どもは産まない方が良い!」ってすっきり回答を得た気持ちになるかと思ったけど、回答した女性たちのインタビューから、社会的圧力の凄まじさ、ずっと自分の人生のリソースをとてつもなく割いていること、そして子どもがある程度大きな方も今でも後悔していることなどを読んで、本当にこういう方たちが少しでも楽になって欲しいなという、何というかやるせない気持ちになった。
そしてやっぱり子どもが欲しいっていう欲求が無い自分は、子どもを産んだらこの方たち以上に大後悔しそうだ...と思った。
(あと全く本筋ではないけど、序盤注釈でトランスジェンダーへの配慮がしきりになされていて、イスラエルってやっぱり西洋側のイデオロギーなんだな〜)
Posted by ブクログ
子どもをつくるか/つくらないかで悩んでおり、「親になるとはどういうことか」を少しでも理解するために読んだ。
心がヒリヒリする内容だった。
親になる大変さは頭では分かっているつもりだったけど、終わりが見えない不安、耐え難い苦痛、重すぎる責任を訴える母親たちの声と残酷な現実が刺さって抜けない。
でも私がこの本をどれだけ読み返そうと、子なしである限りは本書で紹介される母親たちの後悔を、真に理解できることはないだろう。
「後悔してるけど、子どもを産んだことでこんなにいいことがあった!」という声や、「反対に、子育てをこんなに楽しんでいる人もいます!」といった事例は書かれていないので、これから子どもを育てたいと考えている人は自信を無くしてしまうかもしれない。
他のレビューにもあるように学術書のような文章で少し読みづらいが、多少読み飛ばしても大枠は理解できると思う。子なしを(昔よりは多少)選択できる社会、少子化社会だからこそ多くの人に読んでほしい。
絶対にこの本は夫にも読んでもらい、親になるとはどういうことなのか、二人で育児という戦場に立ち向かっていけるのか、真剣に話し合って考えたい。
Posted by ブクログ
「母親になって後悔してる」その裏に何が隠されているのか、というような内容かと思って手にとったが、ひたすらに「母親になって後悔してる」という内容を丹念に並べた本だった。その背景に愛着の問題があるとか、生育歴がどうとか、子との関係性がとか、そういうことは、あったとしても全部付属的なことなのだ。重要なのは「母親になって後悔してる」という一点であり、それ以上でもそれ以下でもないただそのことを「ある」ものとしてこの社会で語ることが、いかに難しくチャレンジングなことであったか、ということを思い知らされた。
もちろんイスラエルは徴兵制があり多産が当然とされる社会であるとのこと、日本とでは状況が違う。それでも日本でも通ずる議論がこの本の中にはある。私自身も、「母親になって後悔してる」ことと「子供を愛している」ことが共存することに対する認識が希薄だった。子供を愛しているならば後悔してはいけないと、無意識にそう思わされていた。そう感じて薄氷を踏みながら立っている女性に、踏みしめていい大地を与えるかのようにこの本はある。女性も人として、あらゆる感情を感じていいのだと。
このような動きがあることを知れただけでも幸いだった。しかしこの本の読者は圧倒的に女性が多いのではないか…という懸念もある。そこは更に先の課題だ。
Posted by ブクログ
イスラエルでの研究報告的な本。まず生んだ子供が憎いとかそういう事は言ってない。ただ『母』になった事を後悔している。多くが育ってきた社会の自然の流れで特に何も考えず母になる選択をしてしまった結果…という印象を受けた。
自分も『母』には多くを求めるけれど、それは生まれてこのかた刷り込まれた『母』の理想像があったから。
しかし私にとって必要だったのは『母』じゃなくて『温かみ』『穏やかさ』『安心感』『信頼』そういうものを与えてくれる人間だったんだろうと思う。
そういうものを与えてくれるなら誰でもよかったと思う。
もし社会から『母』が消えて一人の子供に産んだ人、育てた人、教育してくれた人がつき、子供の必要に応じてそれぞれと過ごせたらいいのに、子供の選択権が増えたらどれだけいいか…
そんな事を考えながら読み終えた。
Posted by ブクログ
読み終え何とも言えない気持ち。母かどうかに関わらず、女性は皆社会からの変な圧みたいなのに晒されてるんだよなぁ。まだまだこの世界は女性が生きづらい。それを変えるために、私でも何か出来ることはあるんだろうか。。
Posted by ブクログ
誰の母でもないことを選択するのは困難であるという著者の見方に同意するし(自分自身もひどい言葉をかけられたことがある)、著者の指摘する通り、子供を持っている人もその結果を考慮せずになんとなく持つことになった人も多いだろうし、後悔してると言える人は多くないだろうと思う。訳者の指摘する通りキーワードは「主体」で、女性の主体的な生き方をいかに実現するか、が著者の問題意識と思う。方向感覚を見失った時程、当たり前以外の、新しい選択肢が見えてくる、という著者の言葉に励まされた。
Posted by ブクログ
<感想>
読んでいて胸の奥がざわつくような、しんどさを持った本だった。私にとって「読む」というよりも、自分の価値観や人生観と向き合わされるような体験に近かった。
第一に、子どもへの愛情と「母親という役割」への後悔は両立するということ。登場する女性たちは子どもを深く愛しているのに、それでも「母親という経験そのものを後悔している」と語る。この二つの感情が同時に存在し得るという事実は、これまで社会が許してこなかったものであり、だからこそ読者の心を強く揺さぶる。
第二に、社会的規範が「選択の自由」を奪っているという点だ。「産むのが当たり前」「母になってこそ一人前」という価値観が、女性たちの選択肢を静かに、しかし確実に狭めていく。自由に見えて自由ではない選択の構造が、女性を追い詰めていることが浮き彫りになる。
第三に、完璧な母親像という果てしない重圧がある。母親になった瞬間から、社会は女性に自己犠牲・子ども最優先・常時の幸福感といった理想像を求める。人生が自分のものではなくなるような感覚は、イスラエルだけでなく日本にも深く根づいている。
第四に、「後悔」は語ることすら許されないタブーであるという現実だ。「母親になったことを後悔する」と言うだけで、冷酷・異常・子どもがかわいそうと非難される。著者はこの感情を病気として片付けるのではなく、一人の人間としての正直な認知として受け止めるべきだと主張する。
この本がイスラエルで生まれたことには深い意味がある。イスラエルは先進国の中でも突出して出生率が高く、宗教的・歴史的背景から「子どもを産むことは義務」という価値観が強く根づいている。子どもを持たない女性は「かわいそう」あるいは「利己的」と見なされることもあり、母親になることはほとんど“避けられない道”として扱われる。この強烈な同調圧力の中で語られる「後悔」は、イスラエル特有の濃度を持ちながらも、同時に日本を含む多くの国の女性たちの現実と響き合っている。
また、読み手のメンタルによって感想が大きく揺れる本だと感じた。「後悔」という言葉が全面に出てくるため、母親であるかどうかに関わらず、読者自身の人生の選択にまで思いが及んでしまう。「自分の選択は正しかったのか」「もし別の道を選んでいたら」と、心の奥を静かに揺さぶられる。性別を問わず、人生の岐路を経験した人なら誰でも、この本の言葉に刺される部分があると思う。
読み進めるうちに、母親の後悔は社会の根幹を揺さぶるが、父親の後悔は構造的に揺さぶりにならないと感じた。『父親になって後悔してる』というタイトルの本であれば、そもそも社会的なインパクトを生み出すことは難しかっただろう。その理由は、男性が後悔しないからではない。むしろ、社会の仕組みそのものが、母親と父親に課している重さが根本的に違うからだ。女性は生物学的に命を生み出す存在であり、妊娠・出産という命がけのプロセスを経る。さらに社会は、母親に対して「無償のケア」「自己犠牲」「完璧さ」を当然のように求め続ける。
一方で父親は、育児の中心に立たなくても「手伝っている」と評価され、社会的な逃げ場も確保されている。この非対称性がある限り、「父親になって後悔してる」という言葉は、母親ほどの重みを持ち得ないのだと痛感した。この構造は、最近の大谷翔平選手の第2子誕生をめぐる「産まされた」批判や、“年子は母体に負担が大きいのに”という年子論争にもそのまま表れている。事情も知らないまま、母親の身体や選択を外側から勝手に評価し、道徳化し、被害者ムーブをする人々の姿は、母親の人生を公共の所有物のように扱う社会のまなざしそのものだ。母親の負担を本当に理解しているわけではなく、むしろ母親の主体性を奪う形で語られているように思う。
日本社会に目を向けると、育児が終われば孫育て、そして介護へと続く「終わりなきケアの連鎖」が女性の人生を囲い込む。母親という役割が、人生のどこかで終わるものではなく、半ば永続的に続いていくような感覚。それは、日常の中でふと感じるのではないか。「いつまで女性は“母”としての役割を求められるのだろう」と。
本書は、救いや解決策を提示するカウンセリング本ではない。むしろ、社会の歪みをそのまま解剖して見せる告発書に近い。そのため読後に前向きな気持ちになるのは難しく、「読まなければよかった」「暗澹たる気持ちになった」と感じる読者が多いのも理解できる。けれど、本が投げかける問いは重く、深く、逃げられない。女性の人生にのしかかる構造的な重さを見つめ直すきっかけとなる一冊だとは思う。それでも、この本は全体としてしんどかった。読み進めるほど、自分の中の古い痛みや、見ないふりをしてきた現実に触れさせられるような感覚があった。「必要な問いを突きつけられた」という意味では大切な読書体験だった。しかし、その重さは最後まで消えなかった。結局のところ、母親の人生は社会によって常に「語られすぎている」。 その一方で、母親自身が自分の人生を語ることは、いまだに許されていない。 この歪みこそが、私がこの本を読んでしんどさを感じた理由の一つなのだと思う。
<本文より>
◆(デブラ)子どもがいれば、たとえ他の面ではみ出していたり少数派であったとしても・・・人生が楽になるのです…[母になれば〕義務を果たしたため、もう最前線で戦う必要がなくなります57
◆彼女たちの言葉は、母になりたくないという主観的な願望が・・・・社会的示によれば、誰の母でもないことは、壊滅的な損失であり、生涯にわたって女性を悩ま続はることなのだ。66
◆「子どもは、・・・・・母から離れた一個人であるという感覚を増大し続けるが、女性は見という機の中でアイテンティティを進化させる・・・・・・」(フェミニスト作家ロジカ・パーカー)78
◆「良い母」親にはん見である喜びと満足を感じることが期待される90
→→→満足を感じない母は「悪い」母
◆母になったことを後悔する女性は・・・・・それについて話す機会が事実上ない。年は後悔という感情とは無縁とされているからだ。98
◆「母性愛」は今や、社会的・政治的・財政的な力によって形作られているだけでなく、社会的秩序を維持するたぬに利用されている。198
・無意識のうちに社会の期待(子を産むこと、良い母親になること)に応えようとしている。(心底、子を産みたいと願っているのではなく )
社会の期待に応えることを無意識のうちに自分の選択だと思い込んでしまう
(母親になること、成功すること、出世すること、草敬されること・・・実に様々なこと!)
「後悔」とは
責任感の表れと認識されるため、謝罪と同質のものだと捉えられる→「価値あるもの」一方、価値観に違反する反抗的な行為→「憎い敵や病気のようなもの」
Posted by ブクログ
研究論文のような形で少し読みづらかった。比喩もわかりにくい部分が結構あった。
この本で大切なことは「母親になったことを後悔すること」と「子供を愛していること」には何も関係ないということと、「母親」であっても一人の人間として後悔を語る場を持っても良いということなんじゃないかと自分はとらえた。
たしかに「母親になったことを後悔している」といわれると「子供はどうなるの?」と反射的に思ってしまう。でもたしかに自分に当てはめた時、その気持ちもわかる。逆に親から「あなたのことは大切だけど親になったことは後悔している」といわれたら難しい気持ちになるだろうなぁ…。出てくる親が子供たちに知られないことを望んでいるところも印象的でした。
「母親になることの後悔」がある人が必ずしも子供を憎んだり手放したりしたいわけではない、と社会の方が理解する必要があるのかもしれない。その一歩として、社会がより良くなるために、必要な本だと感じました。
Posted by ブクログ
世間が、社会が、習わしが、
「母親になったことを後悔していること=子供を愛していない」と直結してしまうから問題なのであり、
両者は分けて考えなければならない。
後悔の中身は複雑で様々だから、必ずしも悪いこととは限らない。
現代社会においては、
それは思っていても口に出すことはタブーである。
それを聞いてしまった子供の心を守るためでもあるし、世間から自分自身を守るためでもある。
けれど、後悔しているという思考は
そこまで批判されなければならないことだろうか。
実際後悔した母親の全員は、「駄目な母親」ではなく、母親としてきちんと子供と向き合っていた。
もちろん、子供を持ちたかった人にとっては
聞きたくない言葉であるから
むやみに公言することは避けたほうがいい。
しかし、将来家族を持ちたくないと考えている特に女性にとっては、
「そういう考えを持っていてもいいんだ」という希望になるのではないか。