あらすじ
22年前、美しい女子大生を殺したのは誰だったのか──ソウル警察庁凶悪捜査チームは再捜査を決定するがそこで見えてきた真実とは
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Posted by ブクログ
この本を手に取ったきっかけは、正直に言えば軽いものだった。タイトルがドストエフスキーの『罪と罰』を思わせ、ページをぱらぱらとめくると、作中にもドストエフスキー作品への言及が散りばめられている。殺人事件とドストエフスキー。少しひねったエンタメミステリーとして楽しめそうだ、という期待があった。
けど、読み進めるにつれて、その期待は良い意味で裏切られる。これは、気軽に消費できるタイプのエンタメじゃない!むしろ「ちゃんと本と向き合え」と要求してくる、負荷の高い読書…。
物語は、22年前に起きた未解決の女子学生殺害事件を軸に進む。現在パートでは、女性警察官ジヘが、被害者の同級生たちに話を聞きながら事件を再調査していく。一方で章を交互に挟み込む形で、犯人と思しき人物の内面、やれ啓蒙主義だ、新啓蒙主義だ、功利主義やら、トロッコ問題といった哲学的思考が、執拗なまでに語られる。
犯人側の思考は正直、小難しい。でも、読んでいて苦痛かというと、そうでもない。
だってそれらの思想が、真理の探究なんかじゃなく、自分が刑務所に行きたくない、その一点のための自己正当化として積み上げられていることが、あまりに透けて見えるんだもん。どれほど高尚な言葉を使っても、どれほど複雑な倫理を持ち出しても、所詮はへりくつ。その必死さが、かえって滑稽。
現実世界でも、失敗した人間ほど理屈をこね、言葉を難解にし、思想を盾にする。そう思いながら読むと、この哲学パートは「難しい」のではなく、「人間観察」として読めてしまう。
対照的なのが、捜査側のジヘ。彼女は冷めている。しかし、仕事への誇りがないわけではない。感情を排した職業的距離を保ちつつ、現実の中で生きている人物として描かれている。
印象的なのは、被害者の同級生たちとの会話だ。彼らは延世大学に進学できるだけの学力を持ったエリートだったが、夢を追い続け、40代になっても独身のまま過去を引きずっている。一方のジヘは、特別な成功者ではないかもしれないが、現実に地に足をつけて生きている。
この対比は、単なる世代間ギャップじゃない。能力と人生の着地点のズレ。理想を手放せなかった人間と、現実と折り合いをつけた人間の差が、静かに浮かび上がっているかのよう。だからなのか、物語は私にとって一段階深い場所に踏み込んできたように感じた。
正直に言えば、私はどちらかというと、被害者の同級生たちに近い人生を歩んできた側だ。だから読み進めるうちに、血を流しているような感覚になる。一歩引いて俯瞰すれば、その姿が滑稽であることも分かる。だがそれは、自虐ネタとしてヘラヘラ笑えるラインをとうに超えている。この小説は、容赦なく、しかし冷静に、人生の処理しきれなかった部分を突きつけてくる。
上巻を読み終えた今、はっきり言えるのは、これは期待していたエンタメではなかった、ということ。そして同時に、しんどくても、読んでよかったとしか言えない本だった、ということ。
下巻で何が明かされ、何が回収されるのかは分からない。この抉られた感覚を抱えたまま読み続けてみたい。