あらすじ
対米戦争を決した男は何を考えていたのか?
田中は陸軍の中でも最も強硬に日米開戦を主張した人物です。参謀本部作戦部長という重要なポジションにあって、作戦立案の中心を担った田中は、国策決定上、大きな発言力を持ちました。
なぜ圧倒的な国力差のある米国と戦わなければならないか。実はかなり開戦のギリギリまで、日本は、なんとか米国とは戦わない方法はないか、と検討を重ねています。しかし、田中は早くから米国との戦争を決意していました。
現代の眼からは田中が唱えた「日米開戦すべし(そしてソ連も)」との主張は理解しがたいでしょう。しかも田中は同時にソ連とも戦うべきだ、と主張します。無理に決まっています(実際、陸軍も無理だと判断しました)。しかし田中は陸軍の頭脳ともいうべき参謀本部の、しかも作戦担当のトップだったのです。彼の対米開戦論は、参謀本部に結集した情報に基づき、彼なりのロジックで組み立てられたものでした。その論理とは何だったのか。
参謀は、いかに勝利への答えが出ない状況でも、何か無理やりにでも、「これなら勝てる(可能性がないわけではないかも)」みたいなプランを出し続けなくてはなりません。田中はその仕事にきわめて精力的に取り組みました(その結果、日本を敗戦に導きます)。
戦争の途中で、田中は軍務局長をぶん殴り、東条英機首相に「馬鹿者共」を罵声を投げつけて、ビルマに飛ばされてしまいますが、田中がいなくなると陸軍にはもう、「これなら勝てる(以下略)」を絞り出せる人はいなくなってしまいます。そのあと2年半くらい、日本はずるずると犠牲を出し続けて、負けます。そういう本です。是非ご一読を。
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Posted by ブクログ
WW2中の日本陸軍参謀本部作戦部長に就き、対米開戦に少なからぬ影響を与えた田中新一の評伝。本書にも書かれているが、知名度が高い人ではなく、私もこの本を手に取るまで名前も知らなかったが、WW2に於けるキーパーソンである。
評伝と言っても、生い立ちや人柄にはほとんど触れられておらず、あくまでWW2(日中戦争を含む)における田中の思想・世界観を詳らかにする内容で読み応えがある。
写真や地図が一切ないので、やや玄人向けではある。軍人名や中国の地名などもほとんど知らないので読むのに苦労した。
Posted by ブクログ
今年2025年は太平洋戦争終結から80年を迎える。何故国力で圧倒的に劣り、敵うはずもないアメリカとの戦争に突入したのか、当時の軍部や政治が何を基準に判断したのか、現在に於いても様々な研究が行われている。GDPでは10倍以上の差があり、重化学工業の製造力や資源の量も全く日本は及ばない。とは言え日清日露戦争の勝利、第一次大戦でも戦勝国として名を連ね、世界の列強のうちの一国としてのプライドも自信も持っていた事は間違い無いだろう。中国に進出し満州に多くの兵士、民間人を送り込むなど日本国内から飛び出して、アジアへ進出する日本。長期化する中国との戦争、北からはソ連の脅威、そして太平洋を挟んで睨みを利かすアメリカと、日本は四方を敵に囲まれ、どこへ向かうにしても一国の力だけでは限界がある。そうした中でナチス・ヒトラー率いるドイツが欧州で周辺諸国を次々と攻略し、大国ソ連と事を構える段階に至る。イギリスさえも飲み込まんばかりの圧倒的な強さを見せ、第三帝国が世界を支配せんとばかりの勢いで、イタリア・日本を加えた三国同盟を成立させる。アメリカを相手にするか、米英に服従しドイツを敵に回すか、長期化泥沼化する中国との戦争をどの様に処理していくか。そして何にしても資源の枯渇にどうやって対処すべきか。それぞれの課題・問題の関係性は複雑で、自国以外の出方の予測も確実性に欠けるものばかりである。アメリカから突きつけられたハル・ノートは実質的な日本への宣戦布告と言わんばかりの内容であり、それまでの日本が中国から得たものと失った代償を考えれば容易に受け入れざる内容だ。
こうした状況はどの書籍でも語られるものであるが、軍部に於いては石原莞爾、武藤章、佐藤賢了、そして東條英機など、書籍に散々取り上げられて、よくなを知る者も多い中、個人的には田中新一にフォーカスした書籍を見かけた事はそれ程多くなく、また一つ違った視点で考えるきっかけとなった。勿論、前述したような人物が登場し、そことのやり取りも面白い。石原莞爾と考え方を共有する部分、先見性などは、少し時間軸を短くし、より正確に間近に迫る危機を読み解く点はある意味、石原を上回る部分もあったのでは無いか。更には武藤章に近い思想や考え方も持ち合わせ、太平洋戦争開始時の作戦部長でありながら、戦後に武藤がA級戦犯で処刑されるのと対象的に、戦犯からも外れるという、全く異なる運命を辿る。何が2人の人生を分けたのか。確固とした自身の考えを持ち、誰を相手にしても怯まず意見をぶつけ合う姿は、現代の空気ばかりを読んでいるビジネスパーソンから見ると憧れかもしれない。
何にせよ、田中新一の作戦部長の立場から太平洋戦争開始に至る経緯をもう一度じっくり見てみたい方にお勧めする。そして組織の中での立ち位置から、その相応しい振る舞い方を学び、自身と照らし合わせ反省する良い材料となる。読む人によっては、読んでなお馬鹿げた戦争に導いた人物と捉える方もいるかもしれない。だが当時の不鮮明で不正確な情報に満ち溢れた状況に於いて、貴方がもしその立場に置かれたなら(後世にあって歴史を学んでいる圧倒的に情報を持った事を忘れて)、果たして戦争を回避出来たか。回避する方法を今一度考えてみても良い。きっとその判断情報を当時の立場に於いて、本当にかき集めて整理判断出来たか、シミュレーションしてみては如何だろうか。