あらすじ
夢枕獏、恩田陸両氏推薦! 新たな山岳小説!
緑里はアラスカに向かっていた。旧友シーラと北米最高峰デナリに登るためだ。
シーラの幼馴染、リタ・ウルラクは新鋭の女性登山家として名を馳せていた。二人の故郷、サウニケは北極海の小さな島だが、地球温暖化の影響で海に浸食されている。このままでは島は海に沈む――故郷の危機を世界に知らしめるため、リタは登山家として有名になるべく冬季デナリ単独行を計画した。写真家としての先行きに悩んでいた緑里はリタの果敢な言葉や行動に励まされ、彼女がそれを成しえたら真っ先にポートレートを撮ることを約束した。だがデナリの下山中、リタは消息を絶ってしまう。山頂から“完全なる白銀”を見た――という言葉を残して。
リタの登頂を疑うマスコミは彼女を〈冬の女王〉ではなく〈詐称の女王〉と書き立てた。緑里とシーラは、デナリに挑み、リタの登頂を証明することを決意。しかし、世界最難関への登攀は一筋縄にはいかない。ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害……二人の信頼関係も揺らぐ。困難を乗り越え北米大陸で最も高い地へ手を伸ばす緑里。その先に見えたものとは。
極限の地だけでなく、社会でも闘う女性たちを描きだす、気鋭の著者の新境地。
※この作品は過去に単行本として配信されていた『完全なる白銀』 の文庫版となります。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
2023年発表。北米大陸最高峰デナリ(マッキンリー)冬季登頂に挑んだ三人の女性の物語。登山が題材なのですが山岳小説というよりは、夢を追うということが実際にどのくらいの痛いのかということについて、静かに丁寧に書かれている小説なのだと思いました。栗城史多さんの『デスノート』を思い出したりしましたが、巻末の参考文献に出ていました。
Posted by ブクログ
わたしのまわりには登山を愛してやまない人が数人いるのだけど、その人たちはみんな趣味程度にとどまることなく、常に次を求めている。
なぜそんな気持ちになるのかな、と思っていたのだけど、この小説の引き込まれるような描写で登山を疑似体験した気になり、限界を突破することの中毒性みたいなものを感じ、少し腑に落ちた。
わたしがもし登山家なら、きっと下山をしながら、気を緩めてはいけないとわかっていながらも、すでに次のアタックのことを考えているかもしれない。
岩井圭也という人は、イマジネーションのなかにリアリティがある稀有な小説家だと思う。
さらに、物語が過去と現在を行き来していても、その手法が必然だと思わせるほどすんなり入ってくる。
ほかの作品もはやく読みたい。
(これも中毒性…)
Posted by ブクログ
一時期、新田次郎や夢枕獏、笹本稜平にハマっていて、しばらくぶりに山岳小説を手にとる。
山のみならずセクシャリティ、写真の本髄などの要素が絡まって、一気読み。驚くことに登山経験がないのに、その描写は澱みなく、リアル。
一つ気になるのは、女性の感情が男から見たものに思えること。非常にわかりやすいが、女性作家の表現や感情の流れを思いおこすと、実際の性別は超えらず仕方ないか。女性と思しきみなさんの評価ではそれほど違和感を感じていないようです。気にし過ぎかな。
初読ですが、幅広いジャンルを手掛けているみたいですね。
印象的なフレーズもいくつか。
人間の目とカメラの違い。人間は物を見る時前後の出来事と関連付けるくせがある。でもカメラは違う。一瞬を永遠人間記録する。
きみが記録したい一瞬はどこにあ?
そこまでしてどうして登りたいのか?
それはどうして生きているのかと同じ。
Posted by ブクログ
アラスカにも登山にも写真にも縁はないのだけれど、あらゆるシーンが目の前に現れ、臨場感がすごかった。
高山病に緑里がなったときには、自分の頭でが痛いわけではないのに、こめかみ押さえてた。
Posted by ブクログ
三人の女性達の雪山登山
一人は、新鋭の女性登山家として、活動していたリタ 彼女は地球温暖化により故郷の島が海に沈む事に心痛めていた
故郷の惨状を世界に知らしめるためデナリ単独登頂に挑んだ
しかし「完全なる白銀」を見たという言葉を最後に消息を断つ
一人は、プロカメラマンとなった日本人女性
リタとは旧知の仲
一人は、リタの幼馴染で登山家のシーラ
リタの登頂を証明すべく、残された二人は冬山に挑んでいく
山岳小説であり友情の物語であり
そして、地球温暖化、人種性別の差別問題にも抵抗して社会派の面も読ませてくれる
それにしても岩井さんは、短期間に幅広いテーマに挑んでいますね
Posted by ブクログ
この作者さんをもう少し嗜んでみる、の3冊目。
舞台になるのは、北米最高峰のデナリ。私の世代にはマッキンリーのほうが通りが良い。
某大統領が就任直後にこの山の名前を変えるように命令していたが、本当にまた昔の名前に戻ったのかしらん?(レビューは、本の通りに「デナリ」で書いておく)
冬季デナリ単独登頂に挑み下山途中に消息を絶ったリタの足跡を追って、二人でデナリに登る緑里とシーラ。
アラスカの小さな島での彼女らの出会いからの日々と、そこから15年後の二人の登攀の経過が交互に語られる話は軽い中身でスイスイと読める。
地球温暖化、人種差別、女性差別などを塗しながら進む話は巧く構成されていると思うが、掘り下げは浅く、共感は薄い。
数多の冒険家が命を落とした山に多少経験がある程度の二人が挑むのがお話として無理があり、何回もの幸運に救われながら山頂に近づく姿には“無謀”という言葉しか浮かばず、素直にクライマックスに入り込めなかった。
Googleマップを開いてみれば、「デナリ」はもはや「マッキンリー山」となっており、「メキシコ湾」も「メキシコ湾(アメリカ湾)」になっていたのに、のけぞった。
Posted by ブクログ
作品毎に全く異なるテーマと趣で驚かされる
岩井圭也さん。
今回の作品は、なんと山岳小説!
いやぁ、岩井さん、守備範囲が広いですねぇ。
さては、もと山岳部?登山愛好家とか?
・・・って、岩井さん、
本格的な登山経験は全くないという衝撃の事実。
えぇ〜っっ!!マジか??
巻末の解説でビックリさせられる作品だと思う。
さてさて、本作は過去と現代の切り返しをしながら
進む構成だが、正直な所、少し中弛みしてしまった。
それでも、メインとなる冬季デナリへの登攀シーンは手に汗握りながら、夢中になって読み進めた。
ただ、個人的には主人公達が、女性であることを殊更に強調した展開が何度も出てくることに辟易してしまった。繰り返される割に、出口が見えない・・・
数ある山岳小説の中で、特徴を出すためだとは思うが、フェミニズムの扱い方が中途半端で、どっちつかずの印象を受けた。
アラスカ先住民族に対する人種差別も然りで、個人的には手を広げすぎた感が否めなかった。
とはいえ、非日常体験を味わうには、
もってこいの一冊。
読後に表紙を見ると、リタの単独登頂が頭を掠めて
なかなかグッとくるものがあった。
Posted by ブクログ
写真家の藤谷緑里は、冬季デナリ単独登攀で消息を絶った親友・リタの登頂を証明すべく、親友の幼馴染みシーラとともに、デナリへの登頂を目指す。
登攀行動と、彼女たちの過去の出来事が交互に綴られる。
著者に本格的な登山経験がないのに、登攀シーンに違和感などがないと、登山家が解説で書いている。
人間の生理として当然ある山での排泄行為の記述もあり、他の山岳小説にはないリアル感がある。
リタの冬季デナリ単独登攀の根底にも環境問題があり、同時に地球温暖化の問題を考えさせる小説となっている。
Posted by ブクログ
山小説好きなんですが、んー、難しいです。読みやすいんですけど、山岳小説独特の私の好きなゴリゴリ感がちょっと薄いんですよねー。小説としてはすごいうまいですけど、偉そうですが。
Posted by ブクログ
岩井圭也『完全なる白銀』小学館文庫。
初読み作家。以前から名前は知っていたが、気になりながらも、なかなか手が出なかった。この小説が山岳小説と知り、読んでみることにした。
率直に言って、期待外れだった。山岳小説としても安っぽいし、ドラマとしても随分と安っぽい。地球温暖化問題だとか少数民族とかをテーマにしたようだが、それらを小説に消化出来ず、ただテーマを並べただけのように思った。
フリーカメラマンの藤谷緑里は旧友のシーラ・エトゥアンガと北米大陸の最高峰デナリに冬季登頂を果たすために、アラスカの地に降り立つ。2人がデナリに挑むのは、冬季デナリ単独行で下山中に消息を経ったシーラの幼馴染で緑里の知人であるリタ・ウルラクの登頂を証明するためだった。
かつて、シーラの幼馴染のリタは故郷である北極海の小島サウニケが地球温暖化の影響で海に侵食されていることを世界に知らしめるため、冬季のデナリに単独行を計画する。しかし、リタは山頂で『完全なる白銀を見た』という言葉を残し、下山中に消息を経つ。
そして、リタの登頂を疑うマスコミは彼女を『冬の女王』ではなく『詐称の女王』と書き立てたのだ。
緑里とシーラは、デナリに挑むが、世界最難関への登攀は一筋縄にはいかず、ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害と次々と障害が立ちはたがり、2人の信頼関係も揺らぎ出す。果たして……
本体価格790円
★★★