あらすじ
激化する独ソ戦のさなか、赤軍の女性狙撃兵セラフィマが目にした真の敵とは──デビュー作で本屋大賞受賞のベストセラーを文庫化
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Posted by ブクログ
圧巻だった。この物語を男性が書いたことが私には衝撃だった。
物語としての展開が面白いのはもちろんのことだが、女性を守るために戦うセラフィマの姿が胸に突き刺さる。
女性であるというだけで受ける屈辱は自分にも覚えがある。その究極の体験とも言える出来事が戦争中には当たり前となってしまうことに絶望が湧き上がる。しかし、セラフィマは幼なじみではなく女性に連帯した。
男性の機嫌をとり、迎合して生きることは楽だと思う。その方が幸せなのかもしれない。しかしその生き方を私は選びたくない、そうはっきりと思わされた。
自分のこれからを考えるうえで、女性として生まれた意味を考えることを忘れないでいようと思える、その理由になった一冊。
Posted by ブクログ
セラフィマの故郷は、ドイツ軍によって壊滅した。
母や村人は惨殺された。赤軍兵士・イリーナに拾われたセラフィマは、復讐のために狙撃兵になることを決意する。立派な狙撃兵となって、独ソ戦の最前線へと華々しく赴く。その先に見えたものとは…。2022年本屋大賞受賞作。
狙撃かっけぇえぇぇぇ。
涼やかにクレバーに、サイレントな一撃必殺。イリーナ教官の過酷な訓練で一人前の狙撃兵となった同志少女たちの熟練感がエグい。雄々しく野卑な歩兵集団の喧騒の中で、魔女たちは凛として気品があった。命中の一瞬に全てをかけるので、戦闘描写はとても短い。塹壕や銃眼の影で待って待って待つ。忍耐と静寂の戦いの中で光る職人技に思わず嘆息。
セラフィマはどこまでも気高く高潔であった。
彼女は、「女性を守るために」戦った。赤軍に暴行されるドイツ人女性を救うために味方に発砲したシーンは、特に印象的だった。ロシア人女性という枠にとらわれず、女性全部を守ることにしたのだな、と。
女性を冒涜する行為に眉をひそめるだけに留まらず、実際に立ち上がってのしあがり、悪しき因習に終止符を打ちに行く。その行動力と覚悟は、おいそれと共感できるものではない。しかし、セラフィマのような勇敢な女性たちの自己犠牲的な行動の上に、この令和の世の女性の地位はあるのだろう。そんな行動力のある女性たちの戦果を口を開けて待っているだけの私のような者は、「まあ、そんなもんか」という精神で、社会の中を揺蕩っているしかないのも当然だ。
エピローグの余韻が良い。
戦終わればただの人。鬼神の如くドイツ兵を屠ったセラフィマもイリーナも、村外れ住む魔女と畏怖されている。近所の老人にも当然若い頃があり、案外みんな波乱万丈なのだろう。美しくも落ち着いたセラフィマとイリーナの老後に、戦争と地続きの日常を垣間見られて、切なくも穏やかな気持ちになった。
Posted by ブクログ
女性が戦場で兵士として戦う話は初めて読んだので、とても勉強になった。
面白いという表現は良くないのだと思うけれど、後半は一気読みだった。
人を殺すことについて、家族のため、女性のため、子どものため、と大義名分はそれぞれつけられるけれど、絶対に人を殺さない、助けたいと揺らがないターニャのような人が本当に強い人だと思う。
最後に、オリガが亡くなった時にセラフィマが泣くことができて良かった。
私はシャルロッタのように生きたい。
Posted by ブクログ
『同志少女よ、敵を撃て』は、「戦争は人間を悪魔にする」という主題を、第二次世界大戦の独ソ戦を舞台に真正面から描いた物語である。
主人公セラフィマは、16歳のときに戦争によってすべてを失う。地元の村はドイツ軍に襲撃され、母親を含む村人は皆殺しにされ、女性たちは凌辱された。セラフィマ自身も殺されかけたその瞬間、赤軍兵士イリーナに救われる。その体験の中で、母を撃ち殺したドイツ軍狙撃兵イェーガーの存在が、彼女の中に強烈な「生きる理由」として刻み込まれる。復讐のためだけに生きる少女は、やがてイリーナに導かれ、女性狙撃兵専門の訓練学校へと身を投じていく。
本作が鋭いのは、戦争を単なる「悲劇」や「狂気」として描くだけでなく、それがいかに人間の倫理を組み替えてしまうのかを、登場人物の言葉を通して明確に示している点にある。セラフィマの幼馴染ミハイルの語りは象徴的だ。
兵士たちは恐怖も喜びも共有することで「仲間」になる。集団での性暴力は、戦争犯罪であるどころか、体験の共有によって同志的結束を強める行為として機能してしまう。そこに異を唱える者は、上官にも部下にも疎まれ、共同体から排除される。ミハイルは、倫理とは絶対的なものではなく、その時々の「社会」が合意によって作り上げたものに過ぎないと語る。そして戦争こそが、その事実を最も露骨に表す場なのだと。
しかし彼自身は、あくまで「性的暴行はしない」と言い切る。その結果、彼はどこへ行っても嫌われ者となる。戦争終盤、イェーガーと対峙する場面でも、同じ構造が繰り返される。村を焼き、女を犯し、戦利品を得ることで団結しようとする兵士たち。その輪に加わらなかった者が排除されるという現実。戦争は、倫理的であろうとする者ほど孤立させる。
やがて戦争が終わり、ドイツ軍が降伏した後、セラフィマはミハイルがドイツ人女性を凌辱している現場を目撃し、彼を射殺する。この瞬間、読者は問いを突きつけられる。
セラフィマにとって「敵」とは誰だったのか。ドイツ兵イェーガーか。戦争という状況か。それとも、戦争によって倫理を失い、かつての幼馴染でさえも変えてしまった人間そのものなのか。
Posted by ブクログ
独ソ戦争のソ連少女狙撃兵視点の物語
話題作だったので読破
戦争の兵士はいつだって男性だが、女性主人公で斬新
著者デビュー作とは思えないくらい、とても面白かった
女性が兵士として戦うこと、そして戦争が終わった後どう過ごすべきなのか、というテーマが素晴らしい
自分を追い込み厳しい訓練を重ね勝ち取った勝利のほんのご褒美として敵国女性を凌辱する兵士、味方だがこれを撃ち抜き「女性を守るため」に戦う主人公
クライマックスとして熱くなる展開、タイトルの「敵を撃て」の敵とは
結局戦争は子供の喧嘩の延長に過ぎない、「侵略」は許されない
Posted by ブクログ
エピローグの手前まで読んで「戦争は女の顔をしていない」と思った。
帯に書いてあった三浦しをんの文章が、正しく的を射ている。
”戦争は女の顔はもちろんのこと、男を含めたあらゆる性別の顔もしておらず、つまり人間の顔をしていないのだという事実を物語ろうとする、その志の高さに感服した”
目の前でドイツ軍に村を侵略され、母をはじめとした村人たちを殺され、たった一人生き残ったセラフィマ。
彼女は母の、村人たちの敵を討つためにソ連赤軍の狙撃兵となる。
前線に女性兵士を送り出したのは、世界広しといえこの赤軍だけらしい。
ドイツでは、女性は銃後を守るもの、男女平等を謳ったアメリカでは、女性兵士はの役割はチアリーダーだったと。
つまり外側から、性的魅力をもってして男性を鼓舞する存在と。
伝説の女性狙撃手が同盟国アメリカのことを評していた言葉は、、現在の日本にも突き刺さると思う。
”人種差別がひどいし、労働者は抑圧されている。それでいて選挙があるので自分たちは自由だと思い込んでいるから進展もない。ある意味で貴族制度以上の欺瞞と搾取だ”
それでも、戦後に英雄として検証されたのは男性兵士ばかりだし、女性たちは支援部隊に移された。
同志少女の敵は、ドイツではない。
”戦争を生き抜いた兵士たちは、自らの精神が強靭になったのではなく、戦場という歪んだ空間に最適化されたのだということに、より平和であるはずの日常へ回帰できない事実に直面することで気づいた。”
もちろんそれは、男女を問わない。
肉体も精神もボロボロになりながら、彼らは何を得て何を喪ったのか。
セラフィマが最後に撃ったのは。
正直言って、細かすぎる描写に多少うんざりした。
狙撃手としての訓練のディテール、戦場となった市街の様子、戦術、作戦。
詳しく書かれたところで、あまりピンとこないのは私の勉強不足故ではあるけれど、それにしても…。
だからと言って、簡潔明瞭に書いてしまってはリアリティが失せてしまうし、難しいバランスではあると思う。
そしてタイトルと表紙。
「わぁ~、読んでみた~い」とは決してならないだろう。
多くの賞を受賞して注目をされていたから、私も手に取った。
本屋で見かけただけなら、決して手に取ることはなかったと思う。
損してると思う。