あらすじ
長い年月をかけて対象となる社会に深く入り込み,そこで暮らす人びとの人生や生活を描くフィールドワーカーたちは,自分たちの人生もまた調査に費やしている.生活史調査で知られる著者が,打越正行,齋藤直子,丸山里美,石岡丈昇,上間陽子,朴沙羅の卓越した6人のフィールドワーカーたちと「調査する人生」を語り合う.
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Posted by ブクログ
岸先生が6人の社会学者に「質的調査」をしている。それを傍らで聞きながら読み手が社会学あるいはその研究者を一般化・代表化する、という感じで、なるほどなといろいろ納得できる話が多かった。
というのも、20~30人の声を拾ってそれが学問になるというのがちょっと胡散臭い(ごめんなさい)と疑っていたので。しっかりとした社会学の理論や先行研究を勉強して押さえていけば、そこから普遍性や社会の構造的な問題点が見えてくるということかな?
対談を読んでいると、つくづく社会や他者に対する自分の解像度が粗いと感じる。ある行為がそれをした人の意志に還元されるものではない、もっと偶発的に決まっているものなのだから、他者が自己責任論を振りかざしてはいけない(p.132)とか、社会学は自由な個人ではなく制約だらけの個人をみる、その制約を受けながら人は自分の人生を作り直そうとしているのだ(pp.179-180)とか、ちょっと泣きそうになるくらい人へのまなざしが優しい人の言葉だなあと思った。
まだまだ誤読している部分も多いと思うので、再読して正しく理解できるようにしたい。その時、私は今より少し優しくなれるかもしれない。
Posted by ブクログ
この本を読んで社会学の本質の一つは、『NARUTO』の名セリフ「逆だったかもしれねェ…」だと思った。この本には著者岸政彦さんが6人のフィールドワーカーとして活躍する社会学者との対談が収録されている。6人の社会学者との対談で頻繁に出てくる話題が「当事者性」。調査対象者と深く言葉をかわし合い、中には調査対象者と生活をともにするフィールドワークという手法は複数の事象に当たって法則性を探す帰納的なアプローチや膨大なデータを集めて解析を行う統計的なアプローチに比べ普遍的・合理的な解を導くにはコストパフィーマンスが悪いように思える。 しかし、調査対象の行動の一挙手一投足を生活の状況、社会構造などそこに至る文脈をしっかりと表現することで読み手に「当事者性」が生まれてくる。この本を読んでいると、調査対象の人生にどこまで調査者が介入していいのかなど、フィールドワーカーならではの悩みが様々出てくる。そのような対談を読んでいくうちに読者の私にも「自分がフィールドワーカーだったらどうするか」「自分が調査対象者と同じ立場だったらどうするか」という「当事者性」が生まれてくる。 統計的・帰納的なアプローチはある意味合理的で正しい結論が得られる。しかし、こと人間においては正しいけれど適していない場合があると思う。この本の中では沖縄戦の集団自決の生き残りの男性の話が出てくる。彼は集団自決で一人だけ生き残るという経験がありながら、米軍基地には賛成という立場を取っている。人間の思想・行動は規範的な議論には落ち着かない。だからこそ、自分と相容れない思想・行動をする他人に出会ったとき、根底に流れる生活、社会構造などに目を向けながら「逆だったかもしれねェ」と考えることが大事なのだと感じた。
Posted by ブクログ
岸政彦がフィールドワークを行っている研究者にインタビューをして、その研究での聞き取りの苦労を明らかにしていくものである。岩波は面白くないのが普通であるが、これは他の本と違いとてもおもしろいので、学生がフィールドワークを行う時に気休めに読んでみるのもいいと思える本である。