あらすじ
《すべての性欲を解き放て!》
第三帝国が企てた「快楽」と「生殖」をめぐる大衆動員の実態とは?
ナチズム研究をリードする著者による衝撃的論考の増補文庫化!
産めよ殖やせよ。強きゲルマン人の子らを━ナチスは人間の欲望、とりわけ性欲を解放させることで、人々を生殖に駆り立て、社会を支配せんとした。
「厳格で抑圧的なナチズム」という通説のイメージを、膨大な同時代資料を渉猟することによって覆し、性と権力、快楽と大衆操作が絡み合い展開した「欲望の動員」の実態に光を当てる、決定的研究!
【本書「はじめに」より】
本書はこのような観点から、第三帝国下の「性-政治」の実態を描き出そうとするものである。そこでの性と権力の複雑なからみ合いを、体制側の狙いと個々人の実践との齟齬や矛盾にも留意しつつ、性教育、同性愛、裸体文化、婚外交渉などの争点ごとに検証していきたい。その際とくに、従来の一般的な見方とは異なって、ナチズムが市民道徳への反発から性的欲求の充足を奨励し、ある種の「性の解放」を促進したプロセスに注目する。ダグマー・ヘルツォークの研究が明らかにしているように、彼らにとって性は生殖のためだけのものではなく、快楽や喜びをもたらす一種の刺激剤でもあったのであり、それを徹底的に活用した点にこそ、この運動の動員力を説明する手がかりがあると考えられる。その意味で本書は何よりも、生殖と快楽の問題にとりつかれた体制の「欲望の動員」のメカニズムを解明することをめざしている。
【本書の内容】
はじめに
第一章 市民道徳への反発
第二章 健全な性生活
1 性的啓蒙の展開
2 性生活の効用
第三章 男たちの慎み
1 男性国家の悪疫
2 結婚を超えて
第四章 美しく純粋な裸体
1 裸体への意志
2 ヌードの氾濫
3 女性の魅力
第五章 欲望の動員
1 新しい社交
2 悪徳の奨励
3 道徳の解体
おわりに
補章
注
図版出典
あとがき
学術文庫版あとがき
索引
*本書の原本は、2012年に講談社選書メチエより刊行されました。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
あるニュースに、ドイツという国への興味を抱くことがありました
それは、国民背番号制に、DNAの親子関係を絡めて制度設計をしようと調査を始めたら、
ドイツの父子間の親子関係は、四人に一人は他人であった、というニュースでした
アメリカの占領は過酷なものですから、そのことと結びつけて考えてみたのですが、
四人に一人となると、小中高の学生から、すべての中学生が該当するぐらいの高確率です
ちょっと占領だけが原因とは思えないから、デマではないのかと何度も読んだのですが、離婚率の高さを述べる時の嘆きを帯びていて、少なくともエスプリは利いていなかったのです
そういうモヤモヤを感じていたのですが、本書を通じて、もしかしたら、これが原因なのではないのか、というドイツ特有の事情を見出すことできました
本書で語られる当時のドイツの農村の結婚事情やナチスの時代の水商売の扱いは特に面白い内容でした
掲げた理論を正しいものとして、理論的な整合性のもとナチスは正しい行いをしようとしていたのでしょうが、なんとも行き当たりばったりで無茶苦茶でした、それが今でもナチズムへの関心を保たせる色気のようなものを感じさせるのでしょうけれども
面白い内容の本なので、オススメです!
本書の内容を覚えておくだけで、ナチズム通もドイツ通も気取れると思います
Posted by ブクログ
作家の菅野完氏はよく彼のYoutube番組で日本の右派は他人の生殖に口を出すことしかしていない(少し上品な表現にした)と語っているが、本書の前半ではナチスドイツの研究者である田野大輔氏によりナチスドイツのナチ党による他人の生殖について口を出すことについて語られている。本書を読むことでドイツと日本、戦前・大戦中と戦後80年近いという違いがあるものの、国家主義者がどんな考え方や意図を持ってどのように他人の生殖、性生活に口を挟むのかが良くわかると思うし、大戦時のナチスが言っていることと、現代の我が国の日本会議を始めとする宗教右派が言っている事は非常に似通っている事がわかると思う。共通するのは極めて頑迷な家父長制的な男性中心主義に基づき、女性を労働力・兵力としての人間の生産手段としか見なさない考え方であり、また、国家による生殖の管理を主張する点にも違いがない。本書の中にも当時のナチスドイツ政府による官制婚活パーティーが出てくるが、今の日本で行われている行政主催の婚活パーティーや官制出会い系サイトなど全く同じである。ナチスドイツに違いがあるとすれば、婚外子に関しても国の子宝として認めていたぐらいであり、ナチスの方が日本の宗教右派より寛容である(皮肉です)。国家主義とは他人の生殖に干渉したい欲望だと言っても良いぐらいである。
本書の後半は戦争と性の問題である。我が国では「従軍慰安婦」問題とされている戦地での官制売春宿の問題であるが、ドイツでも無縁ではなく、多くの占領地で(ドイツの場合には軍と親衛隊・警察により)官制売春宿が設営され、占領地の女性達が「雇用」された。ここでの雇用ではどの程度自発的なのか強制性があったのかはドイツでもはっきり全体がわかっていないようだが、かなり強制性があったのは疑いがない。もっとも兵士の性欲処理の問題はどの時代の国家においても共通した問題ではあり、それは我が国であれば在日米軍兵士による性犯罪など現代にまで続いている問題である。
ということで、雑にまとめてしまうが、性生活や生殖という切り口でも国家主義の害悪が良くわかる良書であった。