あらすじ
近年、モンゴル帝国に関する研究が文献、考古学ともに長足の進歩を遂げ、従来の「野蛮、残虐」といったイメージは大きく修正が迫られています。とくに遊牧民によってユーラシア世界が統一された結果、情報の伝達と交易が飛躍的拡大、それによってはじめて「世界史」が生まれたとみる考えかたは常識となりつつあります。
また、遊牧民の世界は定住農耕とはまったく別の論理に基づく社会システムであって、そこに優劣はありえないことを多くの人が理解しはじめており、なかでも女性の役割がきわめて大きかったことが注目されています。たとえば2010年に刊行されたアメリカの文化人類学者ジャック・ウェザフォードによるThe Secret History of the Mongol Queensは欧米人のモンゴルやユーラシアの遊牧民に対する偏見、ヨーロッパ中心主義を打破するために書かれ、ベストセラーとなりました。。
本書も同様にチンギス・ハーンの征服とその子どもたちによる勢力拡大がどのようになされていったか、武力だけに頼らない婚姻政策の実態、また権力闘争の舞台裏を描き出します。
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Posted by ブクログ
モンゴル人オイラト万戸出身で杉山正明に師事した著者がモンゴル語、日本語、中国語、英語の文献を駆使し、モンゴル帝国の政治は后妃とりわけコンギラート部の后妃が牛耳っていたことを物語風に解き明かす。
かねて遊牧民では女性の地位が高いことは言われていたが、后妃の権力基盤の掘り下げはなく、物語に過ぎないのは今一つ物足りない。
Posted by ブクログ
モンゴル帝国の版図は空前絶後の広がりを見せた。その原動力は騎馬軍団の強さだけでなく遊牧民特有の柔軟な世界観にあった。
遊牧民独特の世界観とは定住民とは異なる価値観や社会構造を持つ移動を前提とした柔軟な思考や生き方を指します。具体的には、
流動的な領土観
実力主義と柔軟な統治
女性の高い地位
多神教的な宗教観と寛容さ
交易ネットワークと情報の重視
こうした遊牧民の世界観は、モンゴル帝国の急速な拡大と柔軟な統治の背景にあり、定住文明とは異なるダイナミズムを生み出していた。
カギを握った一つとして実は女たちである。遊牧社会では男たちが戦場に赴く間、女性が家族や経済を支え政治的な調整役を担った。チンギス・ハンの死後も有力な后妃や母后が後継者争いを裁き帝国の安定に寄与した。
拡大した領土は統治の難しさを伴う。やがて内部の対立が激化し帝国は分裂の道をたどった。遊牧的な機動力が生んだ繁栄は同時に定住社会との摩擦を生み衰退を早めた。
モンゴル帝国の栄枯盛衰をひもとけば戦場だけでなく幕の裏で動いた女性たちの存在が浮かび上がる。歴史を動かしたのは剣を握る者だけではなかった。
やはり騎馬民族ということか躍動感を感じた。
第二弾を希望します。
この本を読めば天幕のジャードゥーガルをより楽しめます。天幕のジャードゥーガルファンにもおすすめできるノンフィクションです。第十章高麗の虹は、廃帝綺譚(宇月原晴明著)を読めばさらに面白く感じます。廃帝綺譚は4つの独立した短編が収録されている小説ですが、元の第十一代皇帝である順帝を主役にした北帰茫茫という短編もあるからです。この書籍の売り上げが好調ならばぜひとも第二弾を出版して欲しいです。
その時は、モンゴル帝国草原のダイナミズムと女たちでは取り上げなかったチンギス・ハーンの5人目の皇后岐国公主(金の第七代皇帝衛紹王の娘)・ひいては彼女の実家の金朝の皇帝たち、蒙金戦争で活躍したモンゴル・金朝双方の名将たちを取り上げてください。岐国公主に関する記録・伝説は少ないでしょうが、岐国公主の実家はチンギス・ハーンの人生に大きな影響を及ぼしました。また岐国公主の一族は蒙金戦争の名将完顔陳和尚を輩出しています。
日本では私の知る限り蒙金戦争について詳しく語られた歴史ノンフィクションはドーソンのモンゴル帝国史という19世紀に出版された古典しかありません。しかもこの古典は難く私には理解できない記述が多数あり、今では否定された学説なども採用されているようです。蒙金戦争は当時世界最強の軍団だったモンゴル軽騎兵が動員されました。それに対して金朝は忠孝軍という重装騎兵に最新の火器を持たせた多民族からなる精鋭部隊を編成して抵抗したそうです。
日本のモンゴル帝国関連書籍の空白部分を産める歴史ノンフィクションを講談社現代新書から出版して欲しいです。
金朝はモンゴル系の契丹族が建国した遼を滅ぼして成立した王朝ですが、遼の皇族耶律大石は西遼を建国。西遼は金を滅ぼして東帰するのを国是としており、モンゴル高原は金と西遼の代理戦争の地と化し、チンギス・ハーンは金朝派の武将として西遼派の諸部族と戦っていたことが近年証明されつつあるそうです。
岐国公主の実家や蒙金戦争について詳しく説明したノンフィクションの出版はチンギス・ハーンの生涯と勃興期のモンゴル帝国の解像度を上げる事にもなりますし、天幕のジャードゥーガル以外のモンゴル歴史漫画・小説の参考文献にもなり、新たなモンゴル歴史漫画や小説の誕生を促進させるでしょう。蒙金戦争で活躍したムカリや耶律禿花についても詳しく知りたいです。
Posted by ブクログ
北方謙三チンギス紀も残り3巻となり、より深く物語を理解するために、ここらでひとつモンゴル史についておさらいしておこうと思い立ったわけです
モンゴル史については、近年再研究が進み、新たな発見や学説などが登場していることはなんとなく聞いていたので、なるべく最近のものをと思い、本書を手に取りました
偶然にもなかなか良い選書だったみたい
というのは北方謙三『チンギス紀』のまさに対極に位置するような一冊だったからなんよね
『チンギス紀』…日本人(外の人)が書いた歴史を元にしたフィクションで男性を中心に描かれている
本書…モンゴル人(内の人)が書いた歴史を研究した新書(学術書に近い)で女性を中心に歴史を紐解いている
いやー、ほんとびっくりよ
北方謙三『チンギス紀』はほんと女性は添え物の扱いなんだけど、実際にはこの遊牧民の国家ではむしろ女性たちは政治の中心にいたようなんよね
もちろん『チンギス紀』でも強い女性がたくさん描かれていたんだけど、史実のほうはもっとエグい
いわゆる権謀術数の世界を生きる女たちよ
自分があるいは、自分の夫や子どもが権力を握るために、多数派工作はもちろん暗殺だってしちゃう
モンゴル帝国って女たちの帝国でもあったんよ
うん『チンギス紀』の裏側を感じつつ、残り3巻突っ走るぜ!
Posted by ブクログ
空前絶後の大版図はどう生まれた?カギを握っていたのは実は女たちだった…。
モンゴルといえば、昔読んだ井上靖の『蒼き狼』を思い出す。この小説ではテムジンが全蒙古を統一するまでの他民族との激しい闘争、掠奪したあくなき征服欲が描かれている。
しかしながら、そのイメージは、近年のモンゴル帝国に関する研究により、大きく変貌した。特に、遊牧民によりユーラシア大陸が統一され、情報の伝達と交易が飛躍的に拡大、それによってはじめてユーラシア最東端の中国人がヨーロッパ文明の存在を知り、西洋もまた東方文明と接触でき、ユーラシアは初めてひとつになり、相互に連動しあうかたちで前へと進む「世界史」が誕生したとみる考え方に代わりつつある。
また、遊牧民の世界は定住農耕とは異なる別の論理に基づく社会システムであって、そこに優劣はありえない。中でも、女性の役割が極めて大きかったことが注目されている。この本は、チンギスハーンの征服とその子孫たちによる勢力拡大、世界帝国の形成がどのようになされていったか、武力だけに頼らない婚姻政策の実態、激しい権力闘争が描かれており、自分のモンゴル帝国の理解がこれで大きく変換した本であった。
それにしてもモンゴルという大帝国にどうしてこれほどの魅力を感じるのか不思議でならない。
この本の著者、楊海英氏はモンゴル生まれ。モンゴルの世界を表すのにその空気を感じるなど日本人学者とは一風違ったところがあるせいなのか。