あらすじ
感染症と戦う北里と鷗外、その栄光と蹉跌!
民の命を守るため「医療の軍隊」を夢見た北里と鷗外は、なぜ道を違えて対立したか。医師でもある海堂尊が描くライバル物語!
明治時代のニッポンに、感染症との終わりなき闘いに挑んだ男たちがいた。「細菌学の父」北里柴三郎と、陸軍の軍医総監にして文豪の森鷗外。ふたりは同時期にドイツで学び、「感染症から国民の命を守る」という同じ目標に突き進んだ。それなのになぜ道を違え、対立したのか。誰も描かなかったライバル物語。解説・本郷和人
※この電子書籍は2022年2月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本とし、「作品相関図」などの電子版特典を付したものです。
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Posted by ブクログ
鷗外研究者の端くれとしては、読まねばならぬ作品だと思い、読んだ。北里も新1000円札の顔ではあるし。
どこまでが資料に基づいていて、どこからが作者の想像なのか、とは思うけれど、作品としては面白くはあった。
皆、人なんだなぁ。
Posted by ブクログ
北里柴三郎と森林太郎(鷗外)は「感染症から国民の命を守る」という同じ志を抱き、共にドイツへ留学し、世界的権威ロベルト・コッホの秘蔵っ子となる北里。その縁で森もコッホの下で学びます。帰国後、理想を掲げる二人は次第に道を違えていき、北里が民間の立場から実学としての細菌学を追及する一方、森は陸軍という組織の中で官僚的な衛生行政を担っていく。
結核菌やコレラ菌を発見したコッホ。その秘蔵っ子の北里もペスト菌や破傷風菌の発見、また破傷風菌の血清療法の開発等、世界的な学術成果を挙げた。
だが、北里は政府の官僚的な体質を批判したのが祟って、帰国後は冷遇され宙ぶらりんの状態であった。そこへ福沢諭吉が救いの手を差し伸べて私立の研究所を設立し、北里も活動の場を得るが・・・
一方の森は順調に軍隊での出世と作家としての才能を開花させるが、脚気(かっけ)問題では、後世に大きな汚点を残している。
当時は、脚気(かっけ)での死亡が深刻な社会問題となっていた。
陸軍では、脚気は細菌感染という考え方が主流であったのを配慮した森は、栄養学の観点から陸軍の白米食を理論的にバックアップし、海軍が採用した洋食+麦飯(麦と米の混合食)への切り替えを認めず、白米食を維持する立場を取り続けた。
その結果、日露戦争では、戦死者よりも脚気での死者が多い事態(28,000人以上)となるが、陸軍はその事実をひた隠しにし、陸軍軍医としての森の立場は揺るぎなかった。
陸軍軍医としては最高位の陸軍軍医総監(中将相当)まで登り詰めた森だが、北里の大鷲のような強靭さと、目標に対して一直線に翔けて行く意志に対し、森は常にコンプレックスを抱いていたと思われる。また森家の家長としての期待、組織人としてのしがらみに常に悩まされていたので、そのはけ口として文学の道へもひた走るが・・・
そういう事象が淡々と書かれているのですが、森林太郎(鷗外)の苦悩の掘り下げ方が今一つ心に響かないという感じです。
全体として面白く読み通せたのですが、読後感となると、いまひとつ物足りないという感じになったのは残念です。
山崎正和氏の「鷗外 戦う家長」という優れた評論があります。そこでは明治という国家の期待を背負いながら、家というものを必死に守り抜こうとした一人の男の「闘い」と「孤独」を浮き彫りにしています。
「挫折しないことへの不安」に怯えながら、最後まで社会的役割を演じ続けた森が、死の床ですべての社会的肩書きを拒否し、「森林太郎」として死んでいく事実。そこから逆に遡って考えれば、もっと哀れな、悲劇的な人間として森を描けたのでは・・・読者の身勝手な思いですが・・・
Posted by ブクログ
明治時代のニッポンに、感染症との終わりなき闘いに挑んだ男たちがいた。「細菌学の父」北里柴三郎と、陸軍の軍医総監にして文豪の森鷗外。民の命を護るため「医療の軍隊」を夢見た北里と鴎外は、なぜ道を違えて対立したのか。医師でもある作家が描くライバル物語!
Posted by ブクログ
井沢元彦さんの逆説の日本史: 明治激闘編 日露戦争と日比谷焼打の謎 (26)にかなり厳しい森林太郎(鴎外)批判がある。海軍は麦飯で脚気発症を抑えている事実を無視し、米食を続け、日露戦争では戦争での死傷者以上の軍人を死に至らしめている。陸軍の医療衛生の責任者の要職にあったのに、非難に対し検討会を立ち上げ問題を棚上げして逃げまくったと。
北里柴三郎と森鴎外を主人公にした物語。
鴎外については、「ぼく」と1人称で語られる。津和野の森家の坊ちゃんはプライドはあるが、中身が無いような印象。
北里は豪放磊落。若きに明治天皇に面会する。明治帝「そちの言は正しい。たとえ朕が不快に思っても、自由に話せと申したのは朕である。だがそちの言は無礼であり、これでは気が晴れぬ。なので角力を取って、勝った方が言い分を通す、というのはどうか。」こういう外連味のある海堂節が心地よい。
登場人物たちが自分を誇りながら言い合う場面は、桜宮サーガの火喰い鶏、白鳥が頭に浮かぶ。階上からそれらの騒動を眺めている石黒忠直と長居専斎。石黒は北里と鴎外の行く道に影響を与えるしぶとい妖怪のよう。
後藤新平って医学出身の人だったんだ。根っからの行政の人と思って思っていた。後藤と北里の貶しあいながらも、どちらが上か判らない関係。良いパートナーだと思う。
後藤の検疫対応は早期に立ち上げてきっちり徹底している。新型コロナ騒動のときには後藤のような人がいなかったということだな。
最終的に鴎外は敗者だけど北里が褒めたたえられているわけでもない。偉業も沢山あるが、間違いもあり、効果のないツベルクリンを売りまくったり、伝研は乱脈経営でその金は北里の女遊びに消えている。
あとがきに鴎外と北里の心情的な交流の記録はないとある。解説にも歴史と歴史小説に触れている。しかし、こういう確執はあったんじゃないかなと信じてしまいたくなった。