【感想・ネタバレ】文化の脱走兵のレビュー

あらすじ

本を片手に、戦う勇気ではなく逃げる勇気を。
言葉を愛する仲間たちに贈る、待望のエッセイ集。

「国でいちばんの脱走兵」になった100年前のロシアの詩人、ゲーム内チャットで心通わせる戦火のなかの人々、悪い人間たちを化かす狸のような祖父母たち──あたたかい記憶と非暴力への希求を、文学がつないでゆく。

「もし本が好きになったら──私たちがその人たちを見つけて、めいっぱい大切にしよう。世界中のたくさんの本を翻訳して、朗読して、笑ったり泣いたりしよう。」(「クルミ世界の住人」より)

紫式部文学賞を受賞したロングセラー『夕暮れに夜明けの歌を』の著者による、最新エッセイ集。

【もくじ】
クルミ世界の住人
秋をかぞえる
渡り鳥のうた
動員
ほんとうはあのとき……
猫にゆだねる
悲しみのゆくえ
土のなか
道を訊かれる
つながっていく
雨をながめて
君の顔だけ思いだせない
こうして夏が過ぎた
巣穴の会話
かわいいおばあちゃん
年の暮れ、冬のあけぼの
猫背の翼
あの町への切符
柏崎の狸になる
あとがき 文化は脱走する

【装幀】
名久井直子

【装画】
さかたきよこ

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Posted by ブクログ

ネタバレ

2022年から2024年にかけて、「群像」に連載したエッセイをまとめたもの。戦時だからこそ、源氏物語をロシア語に訳したデリューシナ先生と文学の話をしたり、オンラインゲーム上のチャットでロシアやウクライナやカザフスタンのさまざまな年代の人たちと他愛ない話をしたり、そういう営みが尊いのだと思う。たくさん引用されているロシアの詩や、白秋など日本の詩からもまた、文化すなわち人々の暮らしや日常の気持ちが読み取れる。
子ども時代に帰りたいけれど、子ども時代への切符はないのだという詩もあったけれど、奈倉さんの子ども時代や祖父母のいる新潟県巻町、留学時代の追憶もたくさんあった。住民投票で原発を食い止めた町、巻町に対し、原発を防げなかった柏崎=もう一つの、ありえたはずの巻町に、奈倉さんが移住したところで終わる。
留学した時に、いろんな国の人からその母国語で声をかけられたエピソードが好きだ。はっきりと進路が決まっているわけでもなく異国で生きている様が、そうした他国の人と通じ合っていたのではないか、というのが。仲間かと思って親近感を持たれるのはきっと嬉しいだろう。
「文化とは、根本的なことをいえば人と人がわかりあうために紡ぎだされてきた様式のことです。戦争は、この「文化」を一瞬にして崩壊させてしまいます。のみならず、それまで人と人をつなぐ役割を担ってきた文化が、凶悪にパロディ化されて戦争の宣伝に使われるようにもなります。そんなときに文化の担い手ができることはただ、「ロシアいちばんの脱走兵になった」と誇り、「僕は詩でしか闘わない」と表明したエセーニンのように、武器を捨て、文化の本来の役割を大切に抱えたまま、どこまでも逃げることだけです。」

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2025年07月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

「僕は国でいちばんの脱走兵になった」は、

1916年、19歳のセルゲイ・エセーニンが兵役を経験し、戦争について『アンナ・スネーギナ』で語った言葉のひとつ。

ロシアの政治学者エカテリーナ・シュリマンは自身の政治番組で、ロシア人視聴者に、今日の戦争が終わった後に、「脱走兵」は賞賛の対象となるのか、それをふまえて「脱走兵」になるように呼び掛けることはできないか、と問われる。その際、「脱走兵の記念碑」に触れ、脱走兵は評価されるべきだと論じられたそうです。



ロシアの大学で文学を学ばれ、ロシアに6年間暮らされていた、奈倉有里さん。

これまで読んだことがなかったので、今回が初めてでした。

ロシアの作家さんの詩が多く引用されていました。

ロシアに生きる人々季節や自然がどのように体験されているのか、普段はあまり考えないし、知っている有名な作家さんは少しはいても、そこまで実は知らない。

著者が、ロシアで生まれた詩を通して、また、著者自身のロシアでのエピソードを通して、ロシアを少し短く感じる旅に、誘ってくれるようでした。

ロシアの印象が強かったのですが、著者の日本国内でのエピソードもあります。埼玉県所沢市で育ち、新潟県に祖母の実家があり、最近に柏崎に、築百年に近づきつつある家を買って住まれているとのことです。

どのエッセイにも共通して感じられるのが、人間について話していること。読んでいて心地いいのは、著者がかかわる人々を、まず一人一人の人間として、感じ、描写されているということ。

そして、一人一人の人間を人間としてではなく、他の抽象的な概念の下で扱っている世界に対する違和感、意義を伝える。文学の世界から、人間として意を共にし、非人間的な人間の行為に対抗する強い可能性みたいなもの、希望かな、を感じました。

いや、「道を訊かれる」を読んで、やっぱ著者はすごい共感力があふれ出ているんだろうと分かりました。どの国の人にとっても、同じ出身の仲間だという印象を与える、最強の人間力が備わっていそうですね。そういう人もいるんだなー、ととても興味深いし、勝手ながらなにか人間の可能性も感じてしまう。

また読み返したい文章がたくさんありました。

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2024年12月24日

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