あらすじ
アジア・太平洋戦争を戦った兵士たちは敗戦後,市民として社会の中に戻っていった.戦友会に集う者,黙して往時を語らない者……戦場での不条理な経験は,彼らのその後の人生をどのように規定していったのか.「民主国家」「平和国家」日本の政治文化を底辺からささえた人びとの意識のありようを「兵士たちの戦後」の中にさぐる.
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
序章 一つの時代の終わり
著者が本書を上梓したのは2011年。2000年代後半は戦争体験者が続々と鬼籍に入り、軍人恩給本人受給者数や戦友会が一挙に減少した時代の節目にあたる。
著者は「戦無派」世代の研究者として、「あの戦争に直接のかかわりを持たなかったという『特権者』の高みから、彼らの戦後史を裁断」しないよう、丹念に資料を読み漁り、あの戦争に対峙していく。
彼と同世代の東京新聞社会部長、菅沼堅吾の書いた「(我々は)戦争体験の風化を許した最初の世代になるかもしれない」という言葉に励まされる思いがしたと記す著者の心情に、平成生まれの私が共感を覚えるなどというのはいささかおこがましい気もするが、やはり、どうにも心揺さぶられるものがある。
第一章 敗戦と占領
本章では兵士たちの経験した戦争と復員の実状を追っていく。その惨状については、先日読んだ同著者の『日本軍兵士 アジア・太平洋戦争の現実』にかなり詳しく記載されていたが、とにかく、餓死者の数が尋常でない。
第二章 講和条約の発効
1951年調印(52年発効)のサンフランシスコ講和条約により連合国の占領は終了、日本はまがりなりにも国際社会への復帰を実現する。冷戦への移行という時代背景の元、日本の経済復興を重視したアメリカは対日無賠償政策をとり、主要交戦国に賠償請求権を放棄するよう圧力をかけた。また、それに加えて朝鮮特需が巻き起こったことにより、50年代前半、日本経済は急速な復興を果たすこととなる。時期を同じくして「逆コース(公職を追放されていた大物政治家のカムバック)」が開始。戦犯や靖国神社も復権し、旧軍人団体が相次いで結成されたのもこの頃である。世間の潮流としても、戦記ものがブームになったりしている。
第三章 高度成長と戦争体験者の風化
50年代の後半は、数量景気、神武景気、岩戸景気と長期の繁栄を謳歌し、高度成長が本格的な軌道に乗った時期である。この頃には日本国憲法を支持する人が多数となり、戦後民主主義がしだいに社会の中に定着していくようになる。それと同時に、戦争時代に対するノスタルジアが広がりをみせ、慰霊碑・記念碑が相次いで建立される。それに伴い戦友会もその規模を拡大していく。
第四章 高揚の中の対立と分化(1970年代ー1980年代)
1970年代に入りオイルショックに見舞われた日本は高度経済成長に終わりを告げ、減量経営の時代に突入する。この時期、外交面においては「米中和解」による影響の元、日本政府も日中共同声明に調印して国交正常化が実現。これにより、戦争責任の問題が浮上するようになる。さらに80年代に入ると民主化への動きを見せ始めたアジア諸国からの対日批判が激化。日本国内でも加害問題についての議論が活発化する。
また、この時期には高度成長、戦後日本の復興を担っていた「戦中派」世代が定年を迎えだしたこともあり、元兵士たちによる戦争体験の記録化が進む。
実は戦友会・旧軍人団体の活動が最盛期を迎えたのも70年代から80年代で、その背景には「遺骨収集事業の推進」と「軍恩連と自民党の癒着」が絡んでいるとのこと。
第五章 終焉の時代へ
1990年代には、村山内閣がかつての戦争の侵略性を認める方向に軌道修正を行ったが、それに対する反発は少なくなく、侵略戦争をめぐる論争が噴出するようになる。この時期には元兵士たちの語りもさらに増加。戦争体験者が鬼籍に入ることも多くなり、その証言は「遺言」的性質を帯びるようになっていく。
戦争や殺戮に関する証言が比較的容易に出現する一方で、性暴力に関するものがほとんど見受けられないという指摘が興味深い。
終章 経験を引き受けるということ
「何百万人もの男たちが、それも階級や階層、学歴や経歴、ライフスタイルなどが全く異なる男たちが、軍隊という場で遭遇し、彼らの人生が交差したという経験が戦後の日本社会に何をもたらしたのか」p345-346