あらすじ
精神科病棟の看護師たちは、夜な夜な患者をもてあそび、笑っていた。
彼らはごく普通の「いい子」たち......のはずだった。
2020年3月、兵庫件神戸市西区の精神科病院「神出病院」の看護師や看護助手ら6人の男が患者への虐待容疑で一斉に逮捕された。看護の道を志して集まった彼らは、なぜ卑劣な犯行に手を染めたのか。閉ざされた病棟ではいったい何が起きていたのか。全国で相次ぐ同様の事件の背景には何があるのか? 地元紙神戸新聞の取材班が事件とその背景に迫る!
感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
タイトルがもうただ事ではないですね。本書の病院だけでなく患者を虐待していた病院というのがたびたびニュースになりますが、本書の舞台になった病院や本書の中に出てくる病院・施設の他にもまだあるんではないか、発覚してないだけなのではないかと思えてならないです。まさに本書の章タイトル「精神科病院に日本の病理が凝縮」という言葉に集約されると言いますか…
虐待した人たちが特別に悪い人間だったわけでなく、同調圧力が生んだ行いであるということに暗澹たる気持ちになります。また、絶対的権力を振りかざした人間に逆らうことを諦めたことで蔓延しエスカレートしていく所業の悪辣さに怒りを通り越して震撼する思いでした。
本書でも書いていましたがいじめの構造そのものですね。恐ろしい。
そしてそんなところへ身内や肉親を預けなくてはならない家族の事情のやりきれなさ。「絶対に退院させないでほしい」「退院されても引き受けることはできない」という辛さは当事者家族になってみないと確かに分からないし、そういう立場にない人には理解してもらい難いでしょう。
法律は障害者の人権を守るために当事者の意思を一番に尊重するように改正されました。その事自体は当たり前で重要なことですが、その意思を尊重するあまり家族の負担がさらに重くなってしまう場合もあるということも中々その立場にない人には理解してもらいにくいです。
しかし本書のように事件にならないと制度や法改正が進んでいかない、現状を変えるきっかけが得られないという現実は確かにあるので、とにかく読んでいてずっとやりきれない思いでいっぱいになりました。
ここに出てくるA院長のような人間はゴマンといるし山崎という人のように圧をかけてくるたった一握りの人間によって、変わるべきことも変えられず正すべきことも見逃されることがまだまだ今もこれからもあるでしょう。
声も上げられない立場にいる人に声を上げなくては変わらないと言うしかない現実があまりに酷過ぎるといつも思います。
そして正そうとして疲れ果てて追い込まれていく医師や関係者がいるということも(p220)ほぼ知られないことなのでしょう。最初から最後までやりきれなさでいっぱい。
医療や福祉に利権やお金が絡むのが本当に腹立たしい。今障害者施設に投資することが流行りだしていますが「施設が足りない」をいいことに入所する人たちへの福祉がおざなりにされないのか、新しい黴の菌床とならないかと密かに懸念しています。
Posted by ブクログ
2020年3月にこんな事件が発覚していたことを知らなかった。
この事件は条件さえ揃えば多くの人が神出病院の看護師や職員と同じ状態になる可能性があるってことが恐ろしい。
人として超えてはならぬ一線を超え、それが常態化していた神出病院。事件発覚のきっかけとなった神出病院の看護師によるわいせつ事件も病院内での虐待の延長のようなものだったんじゃないかと思ってしまう。
この事件である意味お咎めなしで逃げ切った院長が別の施設で平然と働いているのもある意味恐ろしいかもしれない
Posted by ブクログ
黴の生えた病棟で
ルポ 神出病院虐待事件
著者:神戸新聞取材班
発行:2024年6月25日
毎日新聞出版
初出:「神戸新聞」2023年6月29日~7月12日掲載「黴の生えた病棟で―神出病院虐待事件3年」、大幅書き下ろしを加えて再構成
2020年3月、神戸市西区にある精神科病院「神出(かんで)病院」の看護師5人と看護助手1人(全員男性)が、準強制わいせつなどの疑いで逮捕された。性的なものを含め、入院患者に対して虐待を繰り返していた。逮捕されたのは6人だが、そうした虐待に加担した職員は他にもいたし、多くの者が虐待の事実を知っていたり、聞いていたりした。しかし、諸悪の根源はその時の病院長Aであり、運営法人の理事長をしていた籔本雅巳だった。なお、後者は日大板橋病院建て替えに絡む背任容疑で逮捕されている。日大理事だった田中英寿とワンセットで報じられていた記憶が甦る。
のちに最も重い罪が下った看護助手のスマホには、約30点の動画があった。逆さまにひっくり返された柵つきベッド。重さは100キロ近く、柵が檻のようになっている中に、長時間にわたり閉じこめられた患者。食べ物への関心が極度に高い症状があったため、柵の隙間からポテトチップスの袋を見せると、体をばたつかせて顔を歪めてばたついた。尖ったもので外から体をつつくことも。
男性患者同士でキスをさせる、陰部にジャムを塗って別の患者に舐めさせる、粘着テープで頭をぐるぐる巻きにする・・・それを見て笑い声が。一体、何が面白いのだろう、読んでいる方としては、そちらの方が理解できない。警察は、七つの暴力行為と三つの性的虐待と特定している。
本を読み進めると、そういうことをした彼らもまた被害者なのである、というようなニュアンスが見えてくる。それはこの病院や運営している法人が〝儲ける〟ためにやらされたり、自然とやってしまったりした結果ということになる。独裁体制を取る院長は、経営成績を上げるため、患者の転院や退院を抑制し、人員体制のキャパを考えない無理な転院を受け入れる。死ぬまで入院の噂が立っていた。精神科、心療内科、内科を備えているが、入院用の465床はすべて精神病棟で、兵庫県内では3番目の大規模病院。
独裁者だったA院長。
施錠できない多床室のドアを、内側から患者が開けられないように外側から粘着テープで貼る。インフルエンザに感染した患者4人を、2週間にわたって閉じこめる違法行為だった。これを指定医たちは全員「知らなかった」と答えているが、アンケートに答えた職員122人のうち71人が指定医は「知っていた」「知っていたはず」と回答。院長もしっていたはず、と回答した職員も多い。
2021年3月、院長AをBに交代させたが、2021年5月には新たに2度目の看護師による患者への暴行事件が発生し、患者が負傷した。再度、院長を交代させて幕引きを図る。
2021年9月に第三者委員会がようやく発足。委員達は病棟に足を踏み入れて血の気が失せた。黴やクモの巣があちこち。古びた絵禍根は弱々しい風のみで、まとわりつくような湿気が籠もっていた。とくに浴室は酷く、壁一面、天井にまでびっしりと黒カビ。A院長は「これくらええわ」と取り合わなかったという。エアコン取り替え2億円を出したくなかった。
虐待は公判で認められた6人による10件どころではなく、第三者委員会が調べた限り、少なくとも84件、関与した看護師らは6人とその上司である山田を含めて計27人に上っている。2009年3月から確認されている。事件の中心人物とされた山田は公表も懲戒処分も逃れている。理由は、唯一の物証であるスマホ動画に出てこなかったから。
同じB4病棟で働く看護師の中には、自身も虐待に加わっていたとうち明け、警察に出頭すべきかどうか悩んでいる職員がいた。水や湯、アルコール消毒液をシリンジ(注射器)に入れ、水鉄砲のようにして患者にかける行為を繰り返していた。出頭を引き留めたのはA院長だった。
A院長は部長や師長たちに「(証拠となるような)動画や写真があったら消しとけよ」とも指示している。
A院長は20代後半で医師免許取得、1993年に30代で精神科医の指定を受ける。内科医としても臨床経験が13年ある。神出病院に赴任したのは2007年。院長になってからは10年間。牧歌的だった院内の雰囲気が一変した、と多くの職員が言う。「死亡退院」が概ね年30人以下だったのが、着任約10年後の2019年には99人に。退院患者全体の4割。
院内の医師が「他院で治療すべき」と判断して退院させようとすると、「俺は内科的疾患も診られる」と叱責。病気が寛解しても退院させられない。やがて悪化して最期を看取る。看護師達の業務負担は増え、モチベーションが下がる。患者は治療の対象ではなく、在院患者数を維持するための道具でしかなかった。
もう一人の悪の根源は理事長。
運営法人である兵庫錦秀会(当時)の交際費は、8年間で1億円を優に超えていた。そのほぼ全額を、当時の理事長である籔本雅巳が1人で使っていた。籔本は神出病院を訪れたことが殆どないのに、兵庫錦秀会は毎年2億円前後の役員報酬を支払い、理事長専用の高級車のリースや購入費用を負担。報酬や保証料名目で8年間に約18億円。上部組織には大阪を拠点に3000床を擁する西日本最大級の医療法人「錦秀会」グループがあり、籔本はそのCEO。政財界に華やかな人脈を持ち、元首相の安倍晋三に近く、ゴルフや会食をともにしていた。
********
精神医療界では今も「お布施」という業界の慣習が残っている病院がある。盆暮れになると、診察室には患者の家族から大量の贈り物が積み上げられる。数百万円になるケースもあり、「絶対に退院させないでほしい」とのメッセージが込められている。
日本精神科病院協会は自民党の支持母体。会長の山崎學は、安倍晋三とゴルフ仲間で交友が深く、精神医療界のドンと呼ばれている。精神保健福祉法の改正に関して東京新聞の取材に、地域移行を目指すべきではないかと問われると、「変わんねえよ!医者になって60年、社会は何も変わんねえんだよ。みんな精神障害者に偏見もって、しょせんキチガイだと思ってんだよ、内心は」。
社会心理学者で犯罪心理に精通する新潟青陵大学教授の碓井真史(まふみ)によると・・・
集団において虐待が起きる5つの心理的要因は、
①匿名性
②組織性
③リスキーシフト
④服従欲求
⑤原因帰属理論
逮捕された1人の看護師は「面倒見のいい看護師」と定評だった。よく患者たちと屋上で遊んでいて、粘着テープをまるめてキャッチボールをして喜ばせていたが、看護助手から「ちょっとぶつけてみろ」と言われ、それに従った。患者の顔に当たって怯えた。周囲が盛り上がり、何度もぶつけた。1時間後にその患者が便を失禁すると、今度はシャワーと洗面器で患者の顔に水やお湯をかけた。悲鳴を上げて嫌がる患者の様子を看護助手がスマホで撮影・・・こういう「組織性」から始まっていった。
2023年の「犯罪白書」をみると、精神障害者や精神障害の疑いがある人が、刑法を犯して検挙されたのは1344人で、検挙人員総数(16万9409人)の0.8%にすぎない。精神障害の疑いがある人も含めていることを考慮すれば、精神障害者が罪を犯す割合は健常者よりもずっと低い。
1983年の宇都宮病院事件:陰惨な連続リンチ殺人。事件発覚前の3年強の間に計222人の入院患者が死亡し、このうち19人は明らかに不自然な死だった(124)
1993年の大和川病院事件:入院患者26人の不審死。診療報酬の詐欺容疑で逮捕。(125)
一般科よりも少ない医療者での運営を認める「精神科特例」(127)
1978年、イタリアは国を挙げて精神科病院の廃絶が実現。その改革は、スペイン、カナダ、アメリカへと広がっていった。(128)